天然ゴムにおける生物多様性保全の動き

 天然ゴムにおいて、2018年10月に持続可能な生産と調達を実現すべくGPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)が設立されました。それ以降コロナ禍で活動が停滞することなく現在まで着実にその歩みを進めています。今回は、その持続可能な原材料調達の最前線について紹介します。

 現在、GPSNRの正会員はすでに60社に達し、その構成は、バリューチェーンの上流から下流までの当事者である主要な企業・団体・組織が含まれます。その結果、天然ゴムに係る当事者の中で圧倒的多数を占める零細な小規模生産者の代表が、下流のカーメーカーやタイヤメーカーなどの大手企業と対等な立場で議論ができる組織構成になっているといえます。
【構成メンバーの分野】
 ・天然ゴム生産者、加工会社、販売会社
 ・タイヤメーカー、他の天然ゴム製品メーカー
 ・カーメーカー、最終ユーザー、金融機関
 ・NGO
 ・小規模天然ゴム生産者

 GPSNRは、持続可能な天然ゴムの生産・調達を実現するために、2020年9月にGPSNR Policy Frameworkを制定しました。その序文で「森林と生態系の転換、生物多様性の喪失、人権と労働権の侵害、天然ゴムのサプライチェーンにおける不平等に対処することにより、世界市場での持続可能な天然ゴムの普及を促進することに取り組む。」ことを明言し、8つの方針を掲げました。その2番目の方針に「健康で機能する生態系への取り組み」を掲げ、以下のような生物多様性に関する7つの具体的な行動を示しています。

  1. 森林破壊やHCV1)の低下に寄与しない天然ゴムの生産及び調達を行わない。2019年4月1日以降の森林破壊またはHCV/HCSA2)の劣化した場所でのゴムは認めない。
  2. 自然林及びその他の生態系の長期的な保護活動の支援と森林破壊で劣化したゴム園の景観回復
  3. 土地利用の過程で野焼き禁止
  4. 希少種や絶滅危惧種を含む野生生物の密猟禁止
  5. 水質保全と浸食・堆積を防止
  6. 土壌保全
  7. 泥炭上での天然ゴム園の防止
    1)HCV: High Conservation Value高い保護価値の保護
    2)HCSA:High Carbon Stock Aproach高炭素蓄積地の保護             

 また方針の中でそれぞれの行動についての進捗状況を報告することを謳い、それに基づきメンバーの大規模生産者、加工業者及び販売会社、タイヤメーカー、カーメーカー及び製品の最終ユーザーに対し、2021年の活動について2022年6月30日までにGPSNRに提出することを義務付けました。個々の報告内容については、かなり詳細な情報開示を求めており、農園の所在地・規模とHCV、HCSAとの関連、泥炭地上での栽培有無の特定などから、最終製品のトレーサビリティの確立を進め、持続可能な天然ゴムの生産と調達の実現を目指そうとするもので、GPSNRの本気度がうかがえます。この報告は毎年更新することが求められています。今後集まった情報を集約し、何らかの形で報告書が開示されることが期待されます。

 今回報告をする上で恐らく最大の障害になると思われるのが、産地におけるHCV/HCSA及び泥炭地の特定です。ユーザーサイドと異なり生産者サイドは企業規模や資金力が桁違いに少なく、生産者サイドが自身でHCV/HCSA及び泥炭地の特定は事実上不可能で、国家レベルのデーターベース確立ないしはユーザー側のサポートが不可欠です。生産者サイドのメンバーの多くは、国の指定する国立公園や自然保護地区と農園所在地の関係把握が精一杯で、HCV/HCSAの知見を持っていない状態に置かれており、泥炭地については国の情報が利用できる可能性が多少はあるが、これらを把握して正しく特定するのには時間を要するものと思われます。
 いずれにせよ天然ゴムにおける持続可能な生産と調達の第1歩がいよいよ始まりました。これにより無秩序な生産と消費にブレーキがかかり、産地における森林保全や生態系保全に大きくドライブがかかることを期待したいと思います。

(金澤 厚)

OECMと企業との関係とは?

 TNFDの話題が多い昨今ですが、今年に入ってから「OECMに取り組んだ方がよいか?そのためには、どうすればよいのか?」そんな質問を耳にする機会が増えています。まだ設計中の制度ですが、企業にとって利用価値のある制度になりそうに感じます。そんなOECMのポイントについて、今回は考えてみたいと思います。

 OECMは30by30と深く関係しています。30by30は「陸域と海域の30%ずつを2030年までに保護区にする」という国際目標です。日本は昨年のG7サミットで、この目標の達成を約束しました。目標とする30%に対し現状はどうかというと、日本の陸域の20.5%、海域の13.3%が保護地域となっています。陸域ではあと9.5%必要ですが、これは関東地方より若干広い面積に相当します。国立公園など公的な保護区の拡充をこれから進めるようですが、すでに指定しやすい場所は保護区になっていますので、これだけの面積の保護区を拡大することは、かなり難しいと思われます。

 ではどうするか。その解決策の一つとして期待されているのがOECMです。OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)とは、公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域のことです。里地里山や社有林、社寺林など、企業や団体によって生物多様性の保全が図られている土地が対象となります。その土地は、必ずしも生物多様性の保全が主目的である必要はありません。例えば人工林は木材生産を主目的とした土地ですが、環境に配慮した森林管理を行うことにより、結果的に生物多様性も守られているのであれば、OECMの対象になりうるということです。他にも市街地や郊外にある企業の工場などでも、生物多様性に配慮した緑地管理が行われていれば対象となりえます。

 OECMに認定されると、世界の保護区データベースにその場所が登録されます。つまり企業にとっては自社の生物多様性活動が、30by30という国際目標に直接的に貢献するものである、というお墨付きを得られるわけです。わかりにくい指標が多い生物多様性の取組にあって、OECMは一つの明確な指標となります。4月に発足した30by30アライアンスにはすでに多くの企業が参加していることからも、その関心の高さがわかります。弊社もその一員として30by30の達成に向けて協力していく所存です。

 ではどうすればOECMとして認められるのでしょうか。じつは認定の基準やプロセスは設計中で、来年度から国による認定が開始される予定です。環境省の検討会資料によれば、4つの認定基準があり、大まかに言えば以下のような内容です。

  1. 境界(範囲が明確など)
  2. ガバナンス(管理の目的や体制などが明記されていること)
  3. 生物多様性の価値(保全に値する動植物や生態系サービスを対象地が保有していること、その価値が資料としてまとまっていることなど)
  4. 管理による保全効果(管理の目的や内容が生物多様性の価値の保全に貢献すること、生物多様性への脅威への対策が取られていること、モニタリングを実施していることなど)

 なお環境省では、OECMに認定された土地の生物多様性の価値を切り出し、市場ベースでやり取りするスキーム、いわば生物多様性版のJ-クレジット制度を検討するとしています。こうした経済的インセンティブなども含め、環境省ではOECMを民間参画の一つの柱として活用していこうと動いているようです。

 OECMに関心はあるけれど、まだ決まっていないから来年まで待っていればよいかと言えば、そうではありません。上記1や2は比較的簡単に準備ができそうですが、3はその土地の動植物や生態系サービスの価値を示すための資料がなければならず、そのための調査が必要となるでしょう。また4では、生物多様性にどのような脅威があるのかを調べる必要がありますし、専門的知識を持った人材を含めたモニタリング体制をつくる必要もあります。申請しようと思っても一朝一夕にはできない取り組みですので、こうした準備を早めに開始しておくことが大切です。

参考URL
https://www.env.go.jp/press/110887.html
https://www.env.go.jp/nature/oecm.html

(北澤哲弥)

TNFDβ版ならびにCDPの生物多様性取り扱い 解説ウェビナー

 いま、企業の生物多様性対応は、大きな転換期を迎えています。特にESGでは、ネイチャーポジティブの達成に向けて、企業に生物多様性・自然関連の取り組みを促す動きが進んでいます。

 本セミナーではTNFDとCDPを取り上げ、これからの企業が生物多様性をどのように取り扱えばよいか、その概要とポイントを考えていきます。

→お申込みはコチラ

【日時】2022年6月28日(火)15時~16時00分

【開催方法】ウェビナー(Zoom) ※お申込みいただいた方には参加用URLをお送りいたします。

【主催】株式会社エコロジーパス、国際航業株式会社

【参加費】無料

【開催概要】

 1.TNFD β版 にみる生物多様性対応のポイント(エコロジーパス)

 2.CDP質問書における生物多様性の取り扱い解説(国際航業)

 3.質疑応答

 4.生物多様性チャレンジ企業ネットワークの紹介

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日本版リジェネレーション ~里山の知恵とサステナビリティ~

近年、リジェネレーションという概念が欧米で注目を集めています。リジェレーションとは、現在の状態で地球環境を持続させるのではなく、生態系を現状よりも再生/復元させ、その恵みを高めることで様々な社会課題の解決に結びつけるという考え方です。「また新しい言葉が出てきた」と感じてしまいますが、日本では自然を活かすリジェネレーションの知恵が受け継がれてきました。里山の知恵です。今回は、里山を事例にリジェネレーションを考えます。

里山は、地域によってさまざまな異なる景観を見せますが、特徴はいずれも、畑や水田、屋敷地、鎮守の杜など、人の手が加わった自然がモザイクのように入り組んだ景観になっていることです。里山の農地で行われてきた伝統的農業は、化学肥料や農薬を使う慣行農業と異なり、土壌など自然の力を活かして土地の生産力を再生させ、農業を営んできました。
低地の里山として、江戸時代に作られた三富新田(さんとめしんでん)を取り上げましょう。この新田は、現在の埼玉県入間郡三芳町の上富(かみとめ)地区、所沢市の中富(なかとみ)・下富(しもとみ)地区に位置し、それぞれ共通する富の文字をとって三富(さんとめ)と呼ばれました。三富新田の開拓では、藪状になっていた荒地を、ヤマと呼ばれた農用林(平地林)、耕作地、屋敷地の三か所の合計面積が5町歩(約5ha)ずつ区分できるように均等に分与されました。今でいう環境設計のゾーニングです。そのうち、屋敷地は作業場や母屋として5反(約0.5ha)、畑は一軒あたり2町5反(約2.5ha)、痩せた土地を落ち葉の堆肥で補うために農用林も2町5反(約2.5ha)が確保されました。

三富新田では、貧栄養に強く、萌芽再生力が強いコナラやクヌギ、シデ類、エゴノキ、アオハダなどの落葉広葉樹が農用林として植栽され、管理されています。農家は、ケヤキやアカマツで構成される屋敷林で家屋の立て直し材料を、農用林の間伐材からは薪などの燃料やシイタケのほだ木を得ています。そして農用林から集められた落ち葉は、家畜や家禽の糞が混ぜられて堆肥とされ、そこに薪の灰も加えることで、土づくりが今でも行われています。その畑では、地域特産の富のイモ(サツマイモ)やサトイモ、ホウレンソウなどの野菜が生産されます。出荷した残りの野菜くずも廃棄物にはしません。家畜や家禽の餌としたり、畑の肥料として使われます。
このように三富新田の里山には、農家が自然の恵みを高めるために、自然資源を循環利用し、廃棄物を出さない知恵が見られます。これはサーキュラーエコノミーを実現したシステムであり、里山は循環型社会のロールモデルといえます。また有機物を利用した土づくりは土中の炭素貯留量を高めます。米国で盛んになりつつあるリジェネラティブ農業は、里山の伝統的農業では当たり前のように行われていたものです。

この三富新田には、農家の営みとかかわりを持つ特有の生態系が存在しています。毎年の下草刈りや落ち葉掃きにより、微生物が活発になった土壌では、春にはイチリンソウやスミレの花が咲き、秋にはリンドウや野ギクの花が咲きます。花に訪れるハナバチも多様な種がいて、野菜の受粉を担っています。農用林では、鳥類やタヌキ、野ネズミなどの小動物が生息し、樹林の果実を食べて種子を運び、木々の発芽の機会を生み出しています。露地栽培のサツマイモ畑では、昼間はヒバリやハクセキレイなどの鳥が畑の害虫を捕らえ、夜には、屋敷林にすむアブラコウモリの群れが畑地に飛来し、野菜害虫となる蛾類を捕らえ、天敵としての役割を果たしています。
在来種を利用した受粉媒介や統合的な害虫管理(IPM)といった、農業生物多様性を活用する持続的な農業システムが里山に見られます。

三富新田中富地区の雑木林

次は、山形県鶴岡市の温海(あつみ)地区を例に、山地の里山で行われる「焼き畑農法」を紹介します。温海地区は、江戸時代から杉の伐採地を利用して、焼き畑で赤かぶの栽培を行ってきた集落です。赤かぶの焼き畑では、山に火を入れることで地中の病害虫発生を抑制するとともに、杉を伐採した際に出た枝葉の灰が天然肥料になります。赤かぶ栽培で土の栄養が減った翌年には、やせ地でも育つ蕎麦や豆を育て、最後には若い杉を植林します。次に同じ場所で焼き畑をするのは、杉が樹齢約50年に育ってからで、材を収穫できるとともに、その頃には土の栄養も回復しています。
このように温海地区の焼き畑農業は、農業と林業を組み合わせ、自然の力を活かした土づくりを設計に組み込んだ、持続的な農林業システムといえます。

なお温海地区では、赤かぶ栽培のほかに、シナノキという樹木の樹皮をはぎ、灰汁で煮て乾燥させたものから糸を紡いだ「しな織り」、灰汁であく抜きして日持ち良くした「笹巻き」など、焼き畑により発生した灰を利用した農産物や加工品も販売されています。間伐材は日々の暮らしの薪としても利用されます。このように焼き畑農法に基づく生活の知恵は、地域の産業を支え、自然環境を維持し、そして文化的価値までも生み出しています。

日本各地の里山は、数十年ほど前から、管理が放棄されて藪になってしまうことが問題視されてきました。里山の荒廃は農林業の衰退だけでなく、土砂流出や洪水制御といった災害の発生にもつながることが危惧されています。このような、里山の自然が持つ国土保全の機能は「グリーンインフラ」と称され、新たな価値として注目されはじめています。水田を活用して地下水の涵養や雨水流の流出制御を促進する、森林管理によって生態系を健全に保ちCO2吸収や土砂崩壊防止機能を高めるなど、緑のインフラを活かした防災・減災の場として、里山の自然が見直されています。

これからの企業の生物多様性活動にはネイチャーポジティブの視点が求められます。里山の知恵にならい、たとえばサプライチェーンでの農業や林業といった生産システムをリジェネラティブに変革する事は、ポジティブを拡大するための重要な手法の一つです。自社事業をネイチャーポジティブに変革するために、温故知新の視点をもって里山の知恵に学び、日本版リジェネレーションを考えてみてはいかがでしょうか。

(永石文明)

見逃しやすい、事業と外来生物との関わり

 今月、外来生物法の改正案が閣議決定されました。「アメリカザリガニとアカミミガメが特定外来生物に!」といったニュースをご覧になった方も多いかもしれません。外来生物は生物多様性を減少させる直接要因の一つです。しかし土地利用や資源搾取といった他の直接要因と比べ、自社事業と外来生物との関係性を把握できている企業は少ないように思います。TNFD(β版)は、自社と自然との接点の発見・依存と影響の診断を求めています。外来生物と自社事業はどう関係するか?今回はこの視点から企業が取り組む生物多様性について考えます。

 「入れない、捨てない、拡げない」外来生物対策の三原則に沿って、整理したいと思います。まず「入れない」という原則ですが、そもそも外来種を国内に侵入させなければ、外来生物問題は発生しません。
 数年前、日本でも侵略的外来種であるヒアリの発見が大ニュースになりました。その後も主要港湾でヒアリ発見の報告が続き、中には1000匹を超える大型の巣も見つかっています。いままさに日本はヒアリが定着するかどうか瀬戸際の状態で、今回の法改正にもヒアリ対策を目的とした水際対策が盛り込まれました。
 こうした水際対策の強化は、企業活動にも関連します。南米原産のヒアリは、いまや米国や豪州、中国の浙江省以南などで定着しています。もし輸入した物資のコンテナにヒアリの疑いのある虫がみつかれば、特定されるまでの間、荷物を移動できなくなったり、通関後でも検査や消毒、廃棄の命令を受けたりする可能性があります。言い換えれば、ヒアリが定着している地域から物資を輸入する場合、サプライチェーンにおける外来生物リスクが高まる、ということです。とくに中国ではヒアリが急拡大しており、日本で確認されたヒアリの多くが中国から運ばれたものです。
 ヒアリのような侵略的外来生物の分布拡大は、海外であっても対岸の火事ではなく、サプライチェーンを通して日本企業にもリスクが及びます。TNFDは事業における生物多様性リスクの評価を求めていますが、ヒアリのような規制対象となる外来種は、考慮すべき1つのポイントかもしれません。

 次いで「捨てない」についてです。外来生物が日本に持ち込まれても、適正に管理していれば野外に拡がることはありません。しかし外来生物は、今も野外で増え続けています。たとえば空港や港湾を抱える千葉県では、2012年から2020年の8年で、93種の新しい外来種の定着が確認されています。
 では、外来生物はどういうルートで侵入・定着するのでしょうか。千葉県の場合、外来植物では、農林業や造園業に使われた種が野外に拡散する、あるいは土やタネに紛れて非意図的に侵入した種が拡散する、というルートが多いようです。また外来動物では、農林水産業に関わる飼育や放流、ペット・飼育動物の逃げ出し、さらには放流される魚貝類に紛れこんで広がる、などのケースが多いようです。
 すなわち、農林水産業や造園業、ペット産業など、外来生物を生物資源として利用している企業は、直接あるいは間接的に外来生物問題に加担してしまうリスクがあります。TNFDは自社の直接操業だけでなくバリューチェーン全体について、生物多様性に及ぼす影響を評価するよう求めています。特に侵略的な外来生物が関わる場合、その影響は大きいと言えます。自社で直接扱っていなくとも、バリューチェーンを通じた外来生物との関りを評価すること、さらにはその影響を低減させるために、野外へ「捨てない(拡げない)」ためのアクションを実施することが重要です。

 最後の「拡げない」は、野外に定着してしまった外来生物の更なる拡大を防ぐ取組です。会社が管理する拠点や農林地などがある企業は、土地管理を通して関わりがでてきます。
 もし自社工場の敷地内に侵略的な外来生物が定着していると、自社が発生源となり周辺に拡がり、被害を大きくしまう可能性があります。すでに外来生物の防除に取り組んでいる企業もいらっしゃいますが、自社が管理する土地に侵略的な外来生物をみかけたら、責任をもって駆除することが望まれます。
 ただ、一度蔓延してしまった外来生物を減らすには、大変な労力が必要です。外来生物による被害を抑えるためにも、また対策の労力を抑えるためにも、早期発見・早期対応の取組が重要です。たとえば自社の敷地では未確認ですが周辺地域では確認されている(侵入リスクの高い)侵略的な外来生物の写真リストをつくり、侵入したら従業員が気が付ける体制にする、といった取組です。こうした早期対策は、外来生物被害の発生が避けがたい場合に、被害を低く抑えるためのリスクヘッジとして有効です。

 このように、サプライチェーン、生物資源、土地の管理などを通して、事業活動と外来生物との間には関連があります。これまでは意識せず、見落としてきた点もあったのではないでしょうか。TNFDをはじめ、ネイチャーポジティブを目指すESGが主流化する直前だからこそ、外来生物という切り口で自社事業を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。

 ※最後に余談です。上述したアメリカザリガニとミシシッピアカミミガメは、特例措置のついた特定外来生物に指定される予定です。特定外来生物に指定されると、輸入、飼養・栽培、保管、運搬、譲渡、野外への放出が禁止されますが、この2種は特別に、輸入、野外への放出、そして営利目的の飼養や譲渡のみ規制される見通しです。
 つまり、ザリガニを釣って、それを持ち帰って家で飼育することは、規制対象にはなりません。ただし、一度野外から持ち帰ると、だれかに(非営利で)譲渡するか、あるいは死ぬまで飼い続けなければなりません。野外に放した時点で、外来生物法違反(個人で最大300万円の罰金!)になります。(詳しくは改正案をご覧ください)
 外来生物も在来生物も、どちらも等しく生命を持った存在です。いま動植物を飼育栽培している方は、嫌われ者の外来生物として命を奪われる生きものがこれ以上増えないよう、最後まで面倒を見てあげてください。

 

(北澤 哲弥)

いまなぜTNFDが求められるのか?

 今年は生物多様性条約で2030年に向けた国際目標が決まるなど、生物多様性に関連した大きな動きがあります。その中でも、生物多様性版のTCFDといわれるTNFDが注目を集めています。2023年公開に向けてまだ詳細は見えませんが、生物多様性に関する背景をもとに、いまなぜTNFDが求められるのかを考えてみます。

 世界経済フォーラムでは毎年グローバルリスクレポートを公表しています。2022年のレポートによると、生物多様性の損失は、気候対策の失敗及び異常気象に続き、今後10年間で最も深刻なリスクとなりうる3番目の項目に位置付けられています。なぜ生物多様性がこれほど深刻なリスクとして認識されるようになったのでしょうか。

 その背景には、ビジネスと生物多様性との関係がハッキリしてきたことがあります。SDGsのウェディングケーキモデルが示すように、経済・社会・環境の各分野は相互に結びつき、環境が社会を支え、社会が経済を支え、経済は環境に影響を及ぼします。世界の総GDPの半分以上(44兆ドル)が、自然とそのサービスに依存しているといわれ、私たちの暮らしや経済にとって生物多様性は欠かせないという認識が広がっています。

 しかし私たちの社会や経済を支える生物多様性は、いま、急速に失われています。生物多様性を減少させる直接的な要因は、土地利用や過剰採取といった人間活動です。そしてこれらの要因は、生産/消費パターンや人口増等といった経済社会システムのあり方が根本的な要因であることもわかってきました。このまま生物多様性が減り続ければ、今後数十年で100万種もの生物が絶滅の危機に瀕すると言われています。その影響は私たちの社会や経済に跳ね返り、このまま減少が続けば、2030年には年間2.7兆ドルもの経済損失を被ると試算されています。つまり、生物多様性の減少は単に自然がなくなるということではなく、社会経済の持続可能な発展を妨げる大きな社会課題であるわけです。企業にとっては、ビジネスリスク以外の何物でもありません。

 上述した生物多様性を減らす要因は、企業活動と深くかかわっています。世界で絶滅が危惧される種のうち、じつに79%が食料・土地利用・海洋利用、インフラ建設、そしてエネルギーと鉱業という3つの社会経済システムによって影響を受けているとされています。農林業に伴う土地利用変化や水へのインパクト、都市や工業地域の開発、ダム建設や資源採掘など、さまざまな経済活動が、生物多様性に影響を及ぼす要因となっているのです。

 一方、従来の経済社会システムから移行する動きも始まりつつあります。リジェネラティブ農業や植物性たんぱく質、森林再生、グリーンインフラ、サーキュラーエコノミーなど、様々な取り組みがあります。こうした流れは今後加速し、2030年までに3億9500万人の雇用、年間10兆ドル相当のビジネス機会を創出すると世界経済フォーラムは試算しています。

 これまでにも多くの企業が、環境負荷を減らしたり、絶滅危惧種をまもったりする活動などを行ってきました。これからの企業には、こうした保護や負荷低減に加え、生物多様性に関する変化がどう事業に影響を及ぼすかを理解してリスクを減らす取り組みを進め、さらには社会経済システムの移行をチャンスと捉えて自然再生型ビジネスを展開すること等が求められます。すなわち、生物多様性という物差しを使ってサステナブルな企業であるかどうかが判断される時代になる、だからこそTNFDというESG情報開示のフレームが求められていると言えます。

 社会貢献としての生物多様性の取組では、「地域のため、社会のために良いことをしているか」が分かっていれば十分でした。しかしESGの文脈においては「事業との結びつきの視点」が欠かせません。TNFDはその視点を与えてくれるツールになると思いますが、ハードルが高く、いきなりでは社内の理解が得られない企業もあるかもしれません。そのような場合には、個別に動いていた既存の生物多様性活動を事業と結びついた活動へと発展させていくことから始め、事業全体へと対象を広げていってはいかがでしょうか。

(北澤哲弥)

SDGs達成に向けて高まる統合的アプローチの重要性

 昨年11月の気候変動枠組条約COP26では、気温上昇を1.5℃までに抑える決意が示され、パリ協定の仕組みも成立しました。一方、2030年までに森林破壊を終わらせることや、森林破壊に関連する投資を停止するなど、生物多様性の分野で扱うようなテーマが気候変動とセットで語られる機会が多くありました。今回は、生物多様性と他分野の課題への対応とのつながりに注目し、両者の同時解決を図る統合的アプローチの重要性について考えます。

 COP26で森林がトピックとなった背景には、SDGs対応が進む中で、異分野間のトレードオフが顕在化してきたことがあります。例えば、バイオマスエネルギー利用が促進され気候変動対応が進む一方、バイオマス原料として木材チップを生産するために天然林が伐採され、生物多様性の減少が進むといったことです。環境問題は外部不経済により引き起こされてきた側面がありますが、経済との結びつきが強まった気候変動対策により、未だその価値が内部化されていない生物多様性の減少が進むという状況を見ると、これまでの歴史に何を学んできたのか、と残念な気持ちになります。こうしたことに多くの人達が気づき、統合的な視点を持って分野横断的に同時解決をはかる対策の重要性が認識されるようになってきました。世界的な認識を高めるきっかけとなったのが、2021年6月にIPCCとIPBESが協働で作成したレポート「Biodiversity and Climate Change」です。その中では「これまでの政策は、生物多様性の保全と気候変動対策を独立に扱うことが多かった」、「生物多様性と気候変動の両者を同時に考えることで、取り組みの効果を最大化し、グローバルな世界目標(SDGs、パリ協定、生物多様性目標)を達成しやすくなる」ことなどが、指摘されています。

出典:IGES 生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書:IGESによる翻訳と解説

 それぞれを独立に扱ってきたことで、どのような問題があったのでしょうか?レポートでは、それをわかりやすく図に整理しています。上図の左側には気候変動対策の取り組みが、そして右側には生物多様性対策の取り組みが並んでいます。ここで、左側の森林や海洋の炭素吸収源の保全や再生、持続的な農林業の推進やフードロス対策などからは、右側に向かって青い線が伸びています。この青い線は、気候対策を行うことで生物多様性保全にもプラスの影響があることを示しています。

 しかし中には、赤い線が伸びているケースもあります。こちらはトレードオフ、つまり気候変動対策にはプラスでも生物多様性にはマイナスになることを示しています。例えばバイオエネルギーの場合、燃料作物を大規模プランテーションで生産すれば、農地の開発圧を高め、生態系破壊につながります。他にも植林はCO2吸収という面ではプラスですが、もともと森林が成立するはずのない環境に植林をすれば本来の生態系の破壊につながりますし、CO2吸収の効率が良いからと外来樹種を植えれば、それは外来生物問題にもつながります。このようなトレードオフを生み出していてはSDGs達成は困難であり改善が必要、とこのレポートは指摘しています。

 トレードオフを生み出さないためには、統合的アプローチが重要です。生物多様性を減少させることなく、サステナブルに作られた燃料を用いたバイオマス発電ならば、トレードオフを生じることなく気候変動対策を進められます。また郷土の森の再生を目指した再植林であれば、気候変動対策だけでなく、生物多様性を改善させる対策としても有効で、コベネフィットを生み出します。対策に充てられる資源や労力は有限です。相乗効果によって取り組みの効率を上げるためにも、統合的アプローチが大切です。

 統合的な視点は、なにも生物多様性と気候変動の関係に限った話ではありません。社会インフラでは、防災・減災やいやし効果といった自然の持つ多面的機能を活かした「グリーンインフラ」が注目されています。健康保健の分野でも、コロナ禍からのグリーン復興において、未知のウイルスと人類との接触を減らしてパンデミックを予防し、健康的な食を確保するためにも森林などの自然生態系を保全・再生することに注目が集まっています。

 こうした統合的視点を持った取り組みには、資金の流れが集まりつつあります。例えば、カナダやイギリスでは、泥炭地や森林などの生態系を回復させることで、炭素を捕らえて貯留し、GHGガスの削減を狙う取り組みに資金を出すことを表明しています。ESG投資の拡大により、今後、資金面での後押しはさらに強まることが予想されます。

 企業がいま現在行っている取り組みについても、統合的視点を持ち、見直しを進めることで活動効果を改善できます。たとえば森づくり活動では、炭素吸収と林業の視点から、単一の樹種を植栽している事例もあります。しかし統合的な視点を持ち、多様な樹種を植え、郷土由来の株を植栽するといった工夫をすることで、炭素吸収だけでなく、生物多様性や水源涵養、保全・レクリエーションなど、森の多面的な価値をさらに高める活動に発展させることが期待できます。 今年は4月に生物多様性条約COP15が開催され、世界の生物多様性への注目はさらに高まります。これを機に、統合性を意識して、生物多様性の取り組みを再考してみてはいかがでしょうか。

(北澤哲弥)

開催報告 「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」

9月26日(日)、港区エコプラザで開催された「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」セミナーにて、伝統芸能の道具ラボ主宰の田村民子さんとともに、弊社北澤が講師を務めました。

歌舞伎や能を見ていると、さまざまな場面で自然と文化のかかわりを感じることがあります。今日注目したのは、役者が舞台で身にまとう小道具の一つ「蓑」と、草地の自然でした。かつての日本人は身の回りにある草地を手入れし、そこから道具の素材や家畜の餌を得るだけでなく、絵画や歌のインスピレーションも得ていました。身近な草地は、人々の生活を潤す存在だったのです。しかしいまや、草地の草を使い、身の回りの道具を作る人はまずいません。このような草地と人とのつながりの希薄化が草地を減少させ、草を利用する知恵も失われつつあります。その結果、蓑のような伝統芸能の小道具が存続の危機にさらされてしまったのです。

いま、これを再生させようと、伝統芸能の道具ラボや藤浪小道具の皆さんが精力的に再生への活動を進めています(詳細はこちら)。自然を守ること、失われた自然と人とのつながりを結び直すこと、自然を利用する知恵を継承すること。直接は関係がないように見えますが、こうした自然と文化のつながりを全体として守ることが、伝統芸能を未来へとつなげる手助けになることを、今回のセミナーでは再認識することができました。参加者の皆様、またセミナーを開催頂いた港区立エコプラザの皆様、どうもありがとうございました。

日本社会を支える多様な文化と自然は、互いに切っても切れない関係にあります。そのような関係は「生物文化多様性」と呼ばれます。私たちの社会が物質的にも精神的にもゆたかであり続けるために、生物文化多様性を大切にする活動を、これからも続けたいと思います。

ネイチャー・ポジティブとは?

最近、「ネイチャー・ポジティブ」という言葉を耳にする機会が多くなってきました。ネイチャー・ポジティブは気候変動の「カーボン・ニュートラル」に相当する、生物多様性の大方針です。TNFDやSBT-Nなども、ネイチャー・ポジティブの達成を最大の目標とし、その評価基準となるべく開発が進められています。今回は、これからの生物多様性の大方針となるであろう、ネイチャー・ポジティブについて取り上げます。

ネイチャー・ポジティブの考え方そのものは、新しいものではありません。愛知目標が採択された2010年に策定された日本の生物多様性国家戦略2010には、同じ道筋が「我が国の生物多様性の回復イメージ」として図示されています。しかし、愛知目標は十分に達成されず、残念ながら生物多様性の劣化は止まっていません。どこまでやれば十分な成果を得られるのか、その科学的根拠は何かといった、活動の拠り所となる情報を示せなかったことが、未達成に終わった原因の一つと言われます。

そうした反省を踏まえ、盛んになってきたのがネイチャー・ポジティブを軸としたさまざまな動きです。経済団体や環境NGOが合同で発表した「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」では、3つの測定可能な時限目標によって、ネイチャー・ポジティブを目指すと示しています。その3つとは、2020年をベースラインとし、① Zero Net Loss of Nature from 2020(事業によるマイナスの影響を保全活動などによって相殺し、プラスマイナスゼロを目指す活動を2020年から始める)、② Net Positive by 2030(2030年までにプラスの影響がマイナスを上回る状態にする)、③ Full Recovery by 2050(2050年までには持続可能な状態に自然を回復させる)です。

ここで気になるのは、どのような指標でプラスマイナスを評価するのかです。企業の生物多様性評価ツールでも指標が使われるわけですが、まだ標準化されたものはありません。これまで作られた評価ツールで、指標として用いられることの多い「平均生物種豊富度:MSA(Mean Species Abundance)」を事例に、プラスマイナスの評価イメージを見てみます。MSAは、ある土地の自然にもともと暮らしていた動植物について、人間の影響を受ける前のそれぞれの種の個体数(量)を100%とし、その何%が生き残っているかを種ごとに評価して、その平均を示したものです。土地本来の在来種が、より多く残っている場所ほど、この数値が高くなるわけです。こうした指標を利用するためには、自社有地で殺虫剤や除草剤の利用を減らし動植物への影響を減らす、ビオトープをつくり在来種の生息環境を増やすといった活動を進めるだけでなく、指標とする生物を特定し、モニタリングすることが不可欠となります。

今後、どのような指標がスタンダードになるかはわかりませんが、企業がそれぞれの現場においてやるべきことに変わりはありません。自社の活動と生物多様性の関係を明確にし、自社の拠点およびサプライチェーン全体を通して、環境負荷をなくし、自然の再生に地道に取り組み、そしてその評価のためのモニタリング調査に取り組むことが重要です。新型コロナの影響もあって国際的な枠組みがなかなか決まりませんが、基準が決まるまで待つのではなく、先んじて一歩一歩、生物多様性保全を進めていただければと思います。

11/11オンラインセミナー 「生物多様性活動の効果的なフレームワーク ~アウトカムに注目~」

ESGが主流化した現在、企業の生物多様性活動に求められる内容は様変わりしています。企業内の事だけでなく、企業を取り巻く社会のサステナビリティにどう貢献するのか、活動の在り方が求められているのです。
生物多様性は自然資本として企業を支えるだけでなく、地域社会をも支える存在。だからこそ、自社の活動は社内だけの問題ではなく、地域社会の課題を改善するための活動として捉えることが大切です。ESGの情報開示で求められる視点は、まさにこの社会への貢献という視点です。

本オンライン・セミナーでは、活動の「アウトカム」に注目することで、内向きになりがちな生物多様性活動を、社会課題の解決と結びついた活動とするための考え方について紹介します。

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【日時】2021年11月11日(木)15時~16時30分

【開催方法】Zoom ※お申込みいただいた方には参加用URLをお送りいたします。

【主催】株式会社エコロジーパス

【対象】生物多様性活動の進め方を見直したい、効果的に始めたいと思っている企業の方

【参加費】無料

【プログラム】

15:00-15:05            挨拶、趣旨説明

15:05-15:35            講演1「生物多様性活動の効果的なフレームワーク アウトプットからアウトカムへ」    演者:金澤厚

15:35-16:20            講演2「アウトカムに注目した活動事例」    演者:永石文明

16:20-16:30            質疑応答、アンケート

【お申込み】 11月10日〆切 申込フォーム