森林破壊ゼロを目指すとは?

「木を使えなくなるのか?」という質問をセミナーで受けたことがあります。「森林破壊ゼロ」に関しての質問でしたが、何をもって森林を破壊したことになるのか、その解釈が人によってまちまちであることに気づかされました。今回は、陸域の生物多様性にとって最大の脅威である森林破壊への対応について、木材を事例に整理します。

 木が使えなくなるのかと言われれば、それはもちろん杞憂と言えます。森林破壊ゼロ(Zero Deforestation)は木を使わないことを推奨しているわけではありません。木材自体は再生可能な資源であり、枯渇しないように使えばサステナブル経済に大きく貢献する素材です。木材を使わずにサステナブルな経済を作る方が難しいかもしれません。

 森林破壊ゼロの中核は「自然林を減らさない」こと。「減る」とは、自然林が別の土地利用に転換されることを意味しています。農地開発などを目的とした森林伐採は減少傾向にありますが、今でも世界全体で約1000万haの森林が毎年減り続けています(2015年から2020年までの平均)。これは4年弱で日本の国土から森がなくなるほどのスピードです。森林には陸域の生物種の約8割が暮らすといわれ、その破壊は生物多様性を減少させる大きな要因です。また森林の樹木や土壌中には、炭素が大量に蓄積されています。森林破壊はその炭素の放出につながり、気候変動にとってもマイナスです。昨年11月に開催された気候変動枠組条約COP26で、2030年までに森林の減少を止め、状況を好転させることを世界のリーダーが確約しましたが、このことからも気候変動対策と生物多様性保全の両者において森林破壊ゼロが重視されていることがわかります。

 森が減った分だけ植えて増やせばよい、という考えもあります。これは森林破壊ゼロに対し、正味での森林破壊ゼロ(Zero Net Deforestation)と言われます。植えて増やせば、確かに森林の面積は変わりません。しかし人間が植えて作った人工林は、どうしても動植物の種類や構造が単調になります。そうした林が自然林に近づくには、数十年あるいは数百年といった長い時間を要します。Brown & Zarin(2013)は、科学雑誌Scienceに掲載した論文で「正味の森林破壊に関する目標は本質的に誤りで、自然林を保護する価値と新規植林の価値とを同一のものと捉えている」と指摘しています。植林による森づくりは確かに生物多様性の保全や気候変動対策の一つではありますが、自然林を破壊する免罪符にはならない、このことはしっかりと意識すべきポイントです。

 以上を踏まえると、木材を使うことが問題なのではなく、自然林の破壊につながる木材を使うことが問題だということがわかります。EUでの森林破壊防止を目的としたデューデリジェンス義務化に関する規則案が準備され、森林破壊ゼロ宣言を出す企業も増えるなど、サステナブルでない木材をしめ出す動きは加速しています。森林破壊につながる木材を使っていては市場に入る事すらできず、投資家からも評価されない状況がすぐそこまで迫っています。

 森林破壊に関わらない木材をどう見分ければよいのでしょうか。その方法は、いくつかあります。一つはすでに様々な製品などで利用されていますが、FSCやPEFCといった森林認証の利用です。近年では、持続可能な方法で生産されたことの認証だけでなく、その生産方法による動植物や生態系サービスの保全・再生効果を見える化した認証もあります。例えばインドネシアのRatah Timber社では、付加価値の高い樹種のマッピング、土壌流出などを抑えた計画的林道建設、地上植生の撹乱を最小限にする集材方法など、自然へのインパクトを徹底して抑えた木材生産が行われています。その結果、対策を行わなかった場合と比べて森の動植物や炭素蓄積の減少がどれくらい抑えられたのかを客観的に示すことで、通常のFSC認証に加えて「生態系サービス認証」も取得しています(詳しくは北山・澤田, 2021 )。この認証はまだあまり馴染みはありませんが、ネイチャーポジティブに向けてビジネスと生物多様性の関係について定量評価を進めるうえで、メリットのある制度になりそうです。

 また、自社でデューデリジェンスを行うのも方法の一つです。例えば先ほどのEUの規則案では、合法性の確認とともに、2020年末日以降に森林の伐採や劣化が生じた場所で作られたものではないことを示すよう求められます。それを示すにはトレーサビリティを確立し、生産された場所の地理情報、さらには土地の履歴などを把握しなければなりません。またこれらの情報を把握した後は、そのデータをリスク評価と対応に活かして森林破壊に寄与しないサプライチェーンを構築すべく、企業には配慮が求められています。

 森林破壊ゼロに関しては、HCSやFPICのように、炭素や人権面といった課題への配慮も求められます。ESGの様々な課題に対して統合的な取り組みが求められる現在、中長期目標を再設定する企業も増えています。木材という持続可能な資源を巧みに使い、サステナブルな社会に貢献する企業となるためにも、森林破壊ゼロにコミットし、ビジネスの変革を進めていただければと思います。

(北澤 哲弥)