開催報告 「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」

9月26日(日)、港区エコプラザで開催された「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」セミナーにて、伝統芸能の道具ラボ主宰の田村民子さんとともに、弊社北澤が講師を務めました。

歌舞伎や能を見ていると、さまざまな場面で自然と文化のかかわりを感じることがあります。今日注目したのは、役者が舞台で身にまとう小道具の一つ「蓑」と、草地の自然でした。かつての日本人は身の回りにある草地を手入れし、そこから道具の素材や家畜の餌を得るだけでなく、絵画や歌のインスピレーションも得ていました。身近な草地は、人々の生活を潤す存在だったのです。しかしいまや、草地の草を使い、身の回りの道具を作る人はまずいません。このような草地と人とのつながりの希薄化が草地を減少させ、草を利用する知恵も失われつつあります。その結果、蓑のような伝統芸能の小道具が存続の危機にさらされてしまったのです。

いま、これを再生させようと、伝統芸能の道具ラボや藤浪小道具の皆さんが精力的に再生への活動を進めています(詳細はこちら)。自然を守ること、失われた自然と人とのつながりを結び直すこと、自然を利用する知恵を継承すること。直接は関係がないように見えますが、こうした自然と文化のつながりを全体として守ることが、伝統芸能を未来へとつなげる手助けになることを、今回のセミナーでは再認識することができました。参加者の皆様、またセミナーを開催頂いた港区立エコプラザの皆様、どうもありがとうございました。

日本社会を支える多様な文化と自然は、互いに切っても切れない関係にあります。そのような関係は「生物文化多様性」と呼ばれます。私たちの社会が物質的にも精神的にもゆたかであり続けるために、生物文化多様性を大切にする活動を、これからも続けたいと思います。

9/26 伝統芸能と自然の関わり講座のお知らせ

9月26日(日)14:00から、港区エコプラザで開催される講座【伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~】にて、弊社北澤が登壇いたします。

講座の詳細・お申込みはコチラ

能や狂言、歌舞伎といった日本の伝統芸能の舞台道具には植物や動物を材料にした物が多くあり、伝統芸能と自然は深くつながっています。この講座では、歌舞伎で使われている「蓑(みの)」について取り上げ、入手困難になっている状況や原因について、伝統芸能の小道具保全に取り組む「伝統芸能の道具ラボ」主宰の田村民子さんとともに、講演と対話を通してお伝えいたします。

関心のある方のご参加をお待ちしております。

生物多様性保全に重要な統合的視点とは ~伝統芸能と生物多様性の事例に学ぶ~

生物多様性の減少を食い止めるには統合的な取り組みが不可欠、ということを先日のブログでご紹介しました。統合的アプローチには、トレードオフの回避やシナジー効果の創出など、複数分野の社会課題に対する横断的な貢献が期待されます。しかしその実現のためには、特定の課題を引き起こす要因を理解したうえで、その課題解決のための取り組みが他分野にどう影響するかを見極めることが重要です。SDGsで各ゴールが相互に関係すると指摘されているのがまさにこのことで、お互いのツボを押さえた対応方法をとることによって、一つの活動が大きな広がりを生むようになります。今回は、伝統芸能と生物多様性とのかかわりを事例に、統合的アプローチについて考えてみます。

日本の代表的な伝統芸能の一つ、歌舞伎。舞台の上では和傘やキセルなど、かつて日常生活の中で利用された様々な小道具が使われます。しかし近年、こうした小道具の入手が困難になっています。その理由は大きく分けて2つ「原材料調達」と「製作技術」だと、「伝統芸能の道具ラボ」主宰の田村民子さんは指摘します。

チガヤを用いて復元した百姓蓑

「原材料調達」に課題を抱える例を見てみましょう。歌舞伎の女形の髪を飾るために必要な道具であるかんざしには、タイマイというウミガメの甲羅(べっこう)が使われたものがあります。また三味線では、コウキというマメ科の樹木が棹の材に、ゾウのキバ(象牙)がバチに使われることがあります。これらの生物はいずれもワシントン条約で取引が規制される希少生物。その利用は年々規制が厳しくなる一方で、このままでは文化的な利用と生物多様性の保全との間のトレードオフが解消されません。その回避のために伝統芸能の道具ラボを中心に、代替素材によるかんざし保全プロジェクトが始まりました。アセテート樹脂を代替素材に使い、その加工に鯖江の眼鏡製作技術を取り入れて、新しいかんざしの製作についに成功しました。今ではこのかんざしが歌舞伎の舞台で活躍しています。素材開発は企業が生物多様性保全に本業のビジネスとして貢献できる一つの方法です。このかんざし保全プロジェクトは、伝統芸能の道具を保全しつつ、生物多様性へのインパクトをゼロにし、さらに新たな仕事を生み出すという、3分野の課題を統合した好事例と言えるでしょう。<詳しくは、伝統芸能の道具ラボ「プロジェクトk-2フェイク・ベッコウ」>

次に「製作技術」の課題ですが、歌舞伎の人気演目「仮名手本忠臣蔵」で使われる重要な小道具に、百姓蓑があります。しかし自然素材をそのまま利用する蓑は、いまや日常で利用する人はいなくなり、素材や製作技術が継承されず、入手困難になっていました。その復元プロジェクトに道具ラボが取り組み、弊社もそれをサポートしました。そもそも素材が何かというところからプロジェクトがスタートしましたが、これはチガヤというありふれた野草の葉の芯を取り除き、乾燥させてから、蓑として編みこんでいるということがわかりました。硬いチガヤの葉を使いやすく加工する里山の知恵が蓑には詰まっていたわけです。こうした地域の自然資源をうまく利活用する郷土の知識を「伝統知」といいます。蓑に関する伝統知を受け継いでいた博物館、チガヤを栽培する地域の方の協力を得て、蓑を再び作ることができました。伝統知は、自然が荒れて素材が入手できなくなることでも、またその道具が利用されなくなることでも失われてしまいます。蓑だけでなく、竹を使った和傘やキセルなど、伝統芸能は様々な伝統知で支えられています。小道具の保全は、伝統知を守り活かしていくこと。里山の自然、郷土の文化や歴史に横串をさし、つないでいく統合的なアプローチの活動に他なりません。<詳しくは、伝統芸能の道具ラボ「百姓蓑(復元)MINO」>

道具ラボの活動をSDGsの視点で見ると、郷土の文化や歴史の継承(目標4)、文化遺産である歌舞伎や能楽など伝統芸能の小道具再生の技術革新(目標8)、希少生物や里山の自然素材の保全(目標15)、多くのステークホルダーをつなぐパートナーシップ(目標17)など、多くのSDGsを有機的に結びつけた統合的アプローチの見本と言えます。

生物多様性と文化は相互に影響を与えあい、伝統知がお互いをつないでいる。こうした関係は「生物文化多様性」とも呼ばれ、保全のために統合的アプローチが必要な分野として国際的にも注目されています。その成功には、様々な分野の課題を広く理解すること、各分野における協力者を得ることが欠かせません。道具ラボが多くの人をつなげたように、他分野を理解している協力者のパートナーシップがポイントです。統合的アプローチを成功させるためにも、広い視野を育てるとともに、異分野との交流を進めていただければと思います。

(北澤 哲弥)