TNFDを踏まえ、企業が次に行うべき行動は?(後編)

 前編ではTNFDの全体像について説明しましたが、今回はLEAPアプローチに焦点をあて、④地域にもとづいた情報の集め方「LEAPアプローチ」、⑤優先地域はどこか?、⑥つながりを整理しリスクをマネジメントする、⑦LEAPをサイトレベルで活かす、の4項目をとおして「LEAPをサイトレベルで活かす」という視点をご紹介したいと思います。

(この記事は、2023年11月に開催した弊社セミナー及び2024年2月のグローバルコンパクト環境経営分科会での講演内容をもとに作成しました)


4) 地域にもとづいた情報の集め方「LEAPアプローチ」

 TNFDならではの地域と結びついた情報をどう集めればよいのか?気候変動のGHGプロトコルのような標準ガイドラインがないため、 TNFDが提案したのがLEAPアプローチです(図5)。

 まずスコーピング段階では、評価範囲、期間など評価の大枠を検討し体制を整えます。そして自社事業と自然との接点を探って優先地域を特定し(Locate)、優先地域で行われる事業が自然にどう依存し、インパクトを与えているかを明らかにし(Evaluate)、その依存とインパクトから生じるビジネスにとってのリスクと機会を把握し(Assess)、ここまでの評価に基づいて対策を進め情報を開示する(Prepare)というプロセスがLEAPアプローチです。これに沿うことで、開示提言と関連した情報を集めることができるとされています。

図5 LEAPアプローチの全体像(TNFD ”Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures”をもとにエコロジーパス作成)

5) 優先地域はどこか?

 LEAPアプローチではまず、企業活動が行われる地域の概況を調べ、リスクや機会につながる可能性の高い場所を「優先地域」として絞り込みます。この工程は「Locate」フェーズと呼ばれます。

 まずは自社事業を考えると、環境負荷の大きな事業を営んでいる地域、自然に強く依存する事業活動が行われる地域などは、リスクや機会につながる可能性が高いと言えます。例えば水を大量に使う生産拠点、重要な原材料の一大生産地などです。事業の側面から優先度が高いと評価されたこれらの地域は、「マテリアルな地域」と呼ばれます(図6)。

 一方、自然環境の側面からも優先地域を特定することが求められます。例えば保護地域など生物多様性にとって重要な地域、原生的な自然が残されている(生態系の完全性が高い)地域などは、健全な環境資産が残り生態系サービスの持続性も高い(自然関連リスクが低い)地域なのですが、そのような地域の自然は事業活動によるインパクトを受けやすい地域と言えます。また生態系の劣化が急速に進んでいる地域や水リスクが高い地域は生態系のバランスが崩れやすく、些細なことで依存していた生態系サービスが得られないリスクが高い地域と言えます。さらには、先住民や地域コミュニティにとって重要な自然で企業が活動する際も、自然を変化させたときのリスクは高まります。こうした地域は「センシティブな地域」と呼ばれます。

 センシティブな地域とマテリアルな地域をあわせ、優先地域が絞り込まれます。

図6 優先地域のとらえ方(TNFD (2023) Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approachをもとにエコロジーパス作成)

6) つながりを整理しリスクをマネジメントする 

 優先地域を絞り込んだら、次はインパクトの程度、自然の状態、生態系サービスを把握します。リスクや機会を考える上で欠かせないプロセスです。自社事業やその他のインパクトによって自然が変化すると、自社や地域社会が依存する生態系サービスにどんな影響が及ぶ可能性があるのか、これらのことがわからなければ自社へのリスクや機会を考えることもできないためです。

 それゆえ、Evaluateフェーズでインパクト・自然の状態・生態系サービスの状態を把握してそれらの関連性を整理し、Assessフェーズで自然や生態系サービスの変化から生じるリスクや機会を検討するという二段階のプロセスがLEAPアプローチには組み込まれています。

 図7は事業活動や外部要因に由来するインパクトドライバーが自社や地域社会の資産である生態系の状態を変化させ、それによって生態系サービスが影響を受けてリスクや機会が生じる、という要素間のつながり(因果関係)を示しています。要素間のつながりを理解することができれば、リスク原因となる自社事業の在り方を変革してインパクトを低減したり、劣化した自然の状態改善を通した生態系サービス回復のアクションなど、要点を押さえた対応を進められます。こうした対応策を検討・実践し、情報を開示するのがPrepareフェーズです。

図7 依存経路とインパクト経路を通した事業活動と自然のつながり(TNFD (2023) Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approachをもとにエコロジーパス作成)

7) LEAPを地域(サイト)レベルで活かす

 これまでの環境マネジメントシステムに慣れていると、各サイトから指標情報を集めて全サイト一律で「●●を✕✕%削減する」のようにリスク管理を進める、そんなイメージをTNFDにも持つのではないでしょうか。しかしこのやり方は、地域性が重視される自然関連課題に対して必ずしも効果的とは言えません。土地利用の改変が課題になる地域もあれば、地下水に関わる問題を抱える場所もあるなど、地域ごとに抱える課題と必要とされる対応策が違うためです。

 そんな地域に適した解決策を考えるうえでも、LEAPアプローチは有効なツールになると弊社は考えています。そのためにはLEAPアプローチを企業全体ではなく、一つのサイトごとにLEAPのサイクルをまわすことが重要です。ここでは優先地域となった工場にLEAPを適用するイメージを考えてみます。

 LEAPのEvaluateフェーズとAssessフェーズでは、各サイトにおけるインパクト、自然の状態、生態系サービスの把握とそのつながりを考えることが最も重要です(図8)。これらを把握するための調査だけでも大変だと思いますが、工場では環境マネジメントシステムを通してすでに多くの項目を把握しています。例えば排水量や廃棄物量、CO2排出量、また敷地内の緑地面積やその管理方法についても情報を持っているのではないでしょうか。TNFDでは①土地利用、②資源利用、③気候変動、④汚染、⑤外来生物に分けてインパクトを整理していますが、①~④についてすでに多くの情報が揃っているといえます。

図8 サイトにおけるインパクト、自然の状態、生態系サービスの整理

 また生態系サービスについても、一部の情報はすでに把握しているケースがあります。用水や原材料といった自然資源(供給サービス)の使用量などです。調整サービスや文化的サービスの情報は少ないと思いますが、水源地域の情報や環境教育イベントの開催など、生態系サービスと意識せずに持っている情報もあると思います。

 すでに把握している情報を足掛かりにすることで、まだ把握していない自然の情報なども集めやすくなります。インパクトを把握することで事業活動と関連のある場所をピンポイントに絞り込めるため、動植物の調査範囲も限定して効率的に実施できます。

 このように現状把握を進めると、自社事業とのつながりがあり場所で希少種が見つかったり、自社が依存する地域の自然や地域の方が重視する自然の状態が変化していること、さらにはその状態変化を引き起こすインパクトドライバーに自社活動がどうかかわっているかといった点が見えてきます。それが見えてくれば、自然と自社にポジティブな影響を生み出すアクションを検討するPrepareフェーズを進めることができるでしょう。そしてアクションの効果をモニタリングし、次のLEAPをまわしていきます。

 こうした情報を各サイトから集めて統合し、企業全体の開示情報へとつなげられるような仕組みをつくっていくことが、ESG部門の仕事になるのではないでしょうか。

さいごに)

 自然関連情報の開示が企業に義務付けられるのは、まだ数年は先になるでしょう。森づくりのように、自然に関する取組は時間がかかるものです。全てのサイトで効果的な紋切り型の活動はあり得ません。サイトごとにLEAPを使って効果的なアクションを進め、各サイトがネイチャーポジティブになることで企業全体がネイチャーポジティブになる。ボトムアップで地道に変革を進めることこそが、ネイチャーポジティブへの一番の近道になると考えます。

(北澤 哲弥)

TNFDを踏まえ、企業が次に行うべき行動は? (前編)

TNFDの情報開示について理解を深めていくと、LEAPに沿った評価をバリューチェーン全体で進めることにハードルの高さを感じ、そこで二の足を踏んだしまう方も多いようです。しかし評価が大変だから取り組みが進まないとなっては本末転倒で、企業にも自然にもメリットがありません。

 生物多様性の課題はTNFDが示しているように、地域によって異なります。全体の評価が全て終わってから企業全体としての共通アクションを考えるのではなく、地域の状況に応じた効果的なアクションを一つずつ積み重ね、それらを束ねて企業全体の開示につなげる。そんなボトムアップの取り組みこそが効果的な情報開示につながるのではないでしょうか。

 このブログ前編では弊社が重視する「地域レベルでTNFDを活かす」という視点を2回に分けてご紹介します。第1回では、①ビジネスと自然の関係をどう捉えるか、②TNFDが推奨する開示項目、③開示をはじめる際の注意点、の3項目を取り上げ、TNFDの全体概要についてお伝えいたします。
(この記事は、2023年11月に開催した弊社セミナー及び2024年2月のグローバルコンパクト環境経営分科会での講演内容をもとに作成しました)


1) ビジネスと自然の関係をどう捉えるか?

 TNFDの情報開示の根本は、自然とビジネスのつながりをしっかり理解することにあります。図1はそのつながりを可視化したものです。TNFDでは自然に存在する生態系、水や土などを「環境資産」として捉え、そこからのフローとして自然の恵みである「生態系サービス」が生み出されます。

 食品関連事業を事例にすれば花粉媒介や土壌保全、病害虫防除といった恵みを受けて農作物という価値が生み出され、事業が成り立っています。資産である生態系を支えているのが「生物多様性」です。例えば花粉を運んでいた特定のハチ1種がいなくなったとしても、生物多様性が保たれていれば他の種が代わりに花粉を運んでくれるので花粉媒介サービスが低下することはありません。

 つまり企業が安定して価値を生み出し続けるには、依存する生態系サービスを生み出す資産である生態系が健全に保たれる必要があり、そのために生物多様性が重要だということです。これがビジネスの自然への依存です。

 図1 自然とビジネスの関係( 出典:The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Frameworkをもとにエコロジーパス作成)

しかしビジネスが依存する生物多様性は、いま急激に減少しています。土地開発や資源の過剰利用、汚染といった人間活動による「インパクト」が原因です。インパクトを受けて動植物が減ると、生態系が劣化してその機能が低下するため、ビジネスや社会は生態系サービスをこれまでと同じように得られないリスクにさらされます。

 逆に言えば、生物多様性にポジティブなインパクトを増やすことができれば、生態系サービスが改善され、ビジネスの持続性を高める(リスクマネジメント、機会)ことにもつながります(図2)。

 これが自然関連のリスクと機会です。

図2 生物多様性の減少が招く自然とビジネスの関係の変化(出典: The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Frameworkをもとにエコロジーパス作成)

2) TNFDが推奨する開示項目

 このような考えに基づき、事業が依存する生態系サービスの低下リスクをどうマネジメントしようとしているのか、生物多様性に直接影響する事業インパクトをどう制御しようとしているのか、それぞれの企業の対応を可視化するフレームとして示されたのがTNFDです。

 TNFDではどのような情報開示が求められるのでしょうか。図3がTNFDの求める開示提言です。ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲットの4つの柱に沿った開示が推奨されています。この4本柱および開示が推奨される14項目のうち11項目はTCFDと共通の構造で、気候と自然とを統合的に開示しやすいつくりになっています。

残る3項目(図3の赤枠内)はTNFD固有の項目で、人権とエンゲージメント、優先地域の特定、バリューチェーンの評価です。このうち優先地域の項目については、自然関連課題が場所によって大きく異なるという特徴があるために、追加された項目です。例えば新たに工場をつくる場合、すでに自然が開発された人工的な場所に建設する場合と、森や農地を新たに造成して建設する場合とでは、自然に及ぼすインパクトやその結果として生じる影響も違ってきます。こうした違いをとらえるために、TNFDでは地域性に注目をしています。後述するLEAPアプローチは、地域性を踏まえた自然関連情報の集め方を示すガイダンスになっています。

図3 TNFDの開示推奨項目(出典:TNFD ”Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures”をもとにエコロジーパス作成)

3) 開示をはじめる際の注意点

 こう見ると、TNFDでは求められる開示内容が幅広いことに驚きます。バリューチェーン全体を通して自然とビジネスの関係を把握して対応することは、とても一度にできることではありません。そのためTNFDも、一部の事業や項目から段階的に取り組めばよいと言っています。

 ただし「TNFDに沿った開示をしています」と言いつつも一部だけの開示にとどまり続けると、グリーンウォッシュと言われかねません。そうでないことを示すため、TNFDでは図4に示した7つのステップを踏まえることを推奨しています(図の下の7項目が各項目の日本語訳)。

図4 TNFD開示を始めるための7つのカギとなるステップ(出典:Getting started with adoption of the TNFD Recommendations

1.        自然についての理解を深める
2.        自然関連の取組の妥当性・投資価値を整理し、取締役会と経営陣の賛同を得る
3.        今あるものから開示を開始する(他の仕事を活用)
4.        長期計画を立て、計画とアプローチを伝える
5.        エンゲージメントを通して、集団的進歩を促す
6.        進捗状況をモニタリングし、評価する
7.        TNFD採用の意思を登録する(TNFDのウェブサイトで公開される)

 いくつかポイントを抜き出すと、項目2には、取締役会から賛同を得て組織として取り組む体制を確保すること、が挙げられています。

 情報は全部出揃うのを待つことなく、いま揃っているものから開示を始めればよい(項目3)のですが、グリーンウォッシュと指摘されないように、今後の開示範囲の拡大についての計画もあわせて示すことが重要です(項目4)。

 また情報収集の際には、サプライヤーや地域コミュニティなどの協力が欠かせません。協力いただく相手も自然やTNFDへの理解が求められますので、項目5ではエンゲージメントを通して皆で理解を深め、取り組む体制づくりが求められています。

最後の項目7では、TNFDのウェブサイトへの登録を挙げています。1月のダボス会議でTNFDのearly adapterが発表されましたが、TNFDを採用している企業をリスト化する取組はこれからも継続されるようです。

 TNFDに沿った開示を進める企業は、これらのポイントを踏まえることで、効果的な開示への準備を進めることができます。ただし企業がTNFDに取り組む本質は情報を開示する事ではなく、ネイチャーポジティブな企業として投資家に評価されることにあります。開示をいそぐ前に、ネイチャーポジティブな事業への変革に向けた取組を着実に進めなければ、開示した時に外部から評価される情報を集めることはできません。開示に焦ることなく、地道な活動を積み重ねることこそが、効果的な開示につながる早道なのではないでしょうか。

(北澤 哲弥)

生物多様性を取り巻く動向

 2023年11月に開催した「TNFDを踏まえた拠点の生物多様性の取組について考える 2023」の講演内容を順次まとめ、公開いたします。
初回は、弊社金澤厚の講演「生物多様性を取り巻く最近の動向」について、お届けいたします。

1)サステナビリティにおける世界の潮流

 1992年にリオで開催された地球サミットを契機に、1993年に生物多様性条約、1994年に気候変動枠組条約の二つの条約が発効され、大きな潮流がスタートしました。その後も深刻さを増す地球環境問題や貧困といった社会課題に対し、MDGsやSDGsといったサステナビリティの流れが今日まで続いています。
 気候変動については、「京都議定書」等を通じて目標設定が進み、その後2015年のパリで開催された気候変動枠組条約COP21で、今世紀末における温暖化に関する定量目標(2℃目標)が掲げられ、脱炭素に向けた本格的な動きがスタートしたと言えます。同じ年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とSBT(Science-based Targets)が設立されました。TCFDでは2年後にファイナルリポートがリリースされ、2021年に一部改訂して現在に至っています(図‐1参照)。

 生物多様性については、2010年の「愛知目標」の中で、2050年までに「自然と共生する世界を実現する」というビジョンとともに、各国が数値目標を含む個別目標の達成をめざす世界目標が合意され、あわせて「名古屋議定書」にて、遺伝資源の利用と利益の配分(ABS)に関する国際的ルールが定められるなどの進捗がみられました。ただし民間を巻き込む動きが不十分なことなどから、気候変動対応と比べて実質的な歩みが遅い状況が続いたと言えます。しかしここ数年、生物多様性に係る動きが急速に進み始めています。
 2020年に世界経済フォーラムが「自然環境は経済に非常に大きな影響を持っており、その自然が今、著しい速度で失われている」ことに警鐘を鳴らしました。翌年2021年には自然資本と経済の関係を説明した「ダスグプタ・レビュー」が公開され、自然に対する人間社会の需要が自然の供給力を上回っており持続可能性が危ぶまれること、自然資源の持続的利用のために制度設計や経済の評価指標に自然資本を加える重要性が示されました。
 こうした背景を受けて2021年、企業の自然情報開示を推進するためにTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が設立されました。これはTCFDをベースに構築されたフレームワークで、2023年9月にv1.0がリリースされ、自然関連情報の開示を通して企業による生物多様性の取組が今後、急速に進むと考えられます。
 また2021年にIPBESとIPCCが、気候変動と生物多様性の取組を連携しながら進めることの重要性を科学的に示す報告書を公開するなど、気候変動と生物多様性を統合する取組も進み始めています。この報告書では、気候変動対策と生物多様性対策は互いに強い連関性があるため、相互にマイナス影響を生じさせるトレードオフを招かず、両者にとって有効なシナジーを生み出す手法をとる重要性が示されています。

2)気候変動と自然・生物多様性に関する情報開示

 生物多様性の取組は先行する気候変動を追う形で進められてきたため、その取組の全体像には類似性があります。図-2は気候変動と生物多様性の取組を比較したもので、「評価・計測」、「目標設定」、「フレームワーク」、「企業情報開示基準」、「企業評価」の各カテゴリーに対応する制度・ルールが両者にあります。たとえば自然関連情報の開示フレームワークであるTNFDはTCFDに準拠し、基本的な4本柱(①ガバナンス、②戦略、③リスクと影響、④指標と目標)は同じです。一方、TNFDでは企業や組織による自然への影響の開示が加えられ、また地域性に基づいた評価が重視されるなど、自然特有の項目もあります。
 企業情報開示基準については、気候変動ではISSBの制度で1本化するべく動きが進みつつあり、すでにTCFD準拠のスタンダードが2023年に開示されました。今後生物多様性に関しても、TNFDに合わせた対応が進むと想定されます。 企業評価については、CDPが2023年9月にTNFDとの連携を発表し、脱炭素中心から範囲を拡大し、生物多様性および水といった自然領域を広く統合する内容になってきています。EcoVadisも同様の流れに方向が進みつつあります

            図-2 気候変動と自然・生物多様性に関する情報開示

3)昆明・モントリオール生物多様性枠組

 生物多様性に焦点を絞ると、2021~2022年にかけて開催された生物多様性条約COP15で採択された「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組(以下、GBF)」が世界目標となります。GBFでは、生物多様性の損失を止めることにとどまらずプラスに転換を図る「ネイチャーポジティブ」の方向性が示され、気候変動の「カーボンニュートラル」に相当する世界のスローガンとなっています。
 GBFには23のターゲットが設けられていますが、中でもターゲット8(自然に基づく解決策による気候変動対策)、15(企業の自然への依存と影響等の評価と開示)、16(正確な情報・教育と持続可能な消費行動)、19(あらゆる資金源からの動員)が企業にとって重要なターゲットとなると思われます。
 各締約国には国家戦略の策定または改定が求められ、日本でもGBFを反映した「生物多様性国家戦略 2023-2030」がつくられました。国家戦略には5つの基本戦略が示されていますが、その一つが「ネイチャーポジティブ経済の実現」であり、その中心的な施策が企業による自然情報開示となっています。こうした動きは今後具体化されるに従い、企業による自然情報の開示はますます重要性を増すことになると考えられます。

4)企業の取り組むべき課題

 図‐3はSDGsの17課題を環境、社会、経済の3つに分けて示したウエディングケーキモデル、図‐4はダスグプタが示した自然と社会、経済の関連性の図です。これらの図で重要なことは、経済が社会に支えられ、それらは生物圏によって支えられていることで、健全な自然なくして経済は成立し得ないことを示しています。

図-3 SDGsの課題と経済・社会・環境の関連性
< SDGsウエディングケーキモデル>
(出展:Stockholm Resillience Center
http://www.stockholmresilience.org)

図‐4 経済と社会の関係性(出展:Dasgupta, P. (2021), The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review. (London: HM Treasury) http://www.The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review

 今まで企業の成長は自然への影響をあまり考慮せずに推し進められてきた面が否めず、生物多様性の損失や生態系サービスの劣化が生じ、結果として自然の生産性や回復力、適応力が大きく損なわれて経済や社会の持続可能性が脅かされる事態に至っています。経済や社会活動による自然への依存と、自然に及ぼす影響との両方をセットで捉えることが、持続可能な成長への道筋を描くために重要であることをこの図は教えてくれます。
 では今後、企業はどのように生物多様性に取り組むべきでしょうか。まずは企業活動が直接的あるいは間接的に自然にどう「依存」するか、同時に自然に対しどのような「影響」を及ぼしているかを把握することが重要です。自然への悪影響は、生態系サービスの持続的利用を低下させ、企業が持続的に成長する上でのリスクとなる事を意味しています。そして企業がその現実を認識した後は、自社とステークホルダーの持続性を高めるために経営課題として生物多様性の減少を止め、プラスに転じる取組を進めることが求められます。具体的には、土地利用の転換、資源搾取、汚染、気候変動、外来生物といった生物多様性の主要な減少要因を招かず、逆にプラスの影響を生み出す事業へと変革することが求められています。
 なおその際、気候変動と生物多様性のトレードオフには注意が必要です。気候変動は生物多様性を減少させる主要因の一つでもあり、カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを両輪で進め同時解決する取組は、両者にとって必須といえます。その過程での様々な活動がTNFD等のフレームワークに基づいて情報開示されることになります。TNFDは情報開示の枠組にすぎませんので、ESG評価を高めるためにはネイチャーポジティブな企業に向けたロードマップを描き、上記のような具体的な取組を着実に進めることが求められています。

5)いつTNFDに取り組むのか

 今後日本でも、生物多様性国家戦略(2023~2030)に基づいて様々な制度や規制が出されてくるでしょう。特に情報開示についてはハードルが高まっていくと思われます。東証プライム上場企業ではTCFDに準拠した開示が必須になりつつあり、人権等を含めたサステナビリティ情報の開示が強く求められるようになっています。
 気候変動については2021年のガバナンス・コード改定にて、サステナビリティへの対応の一環として関連情報の開示が加えられました。日本では2017年のTCFD最終報告書の公表から6年でここまで至ったわけですが、海外でも同様の動きが進んでいます。自然・生物多様性に関しても、TNFDにもとづく情報開示が間違いなく求められるようになると考えられます。気候変動と同じく実質的な義務化まで6年と仮定すると、あと5年以内にネイチャーポジティブな事業への変革を進める必要があるでしょう。
 森づくりに時間がかかるように、生物多様性関連の取組は簡単に完成するものではありません。情報開示の義務化を待たず、今から取り組んでおくことで、生物多様性保全の具体的な成果を伴った情報開示ができるようになります。
 すでに自然・生物多様性の取組を行っている企業の方も、自社ビジネスと生物多様性の関係を再評価されてください。その活動はチャリティーの一環としてではなく、自社の事業として主流化されているでしょうか。自然への理解を進め、影響や依存の視点から事業を見直し、再構築しているでしょうか。まだ取り組んでいない企業の方は、まずはスタートさせることです。TNFDの評価範囲は幅広く、一朝一夕というわけにはいきません。まずは重要な拠点など一カ所でもよいのでネイチャーポジティブに向けた活動を開始し、それを全社的な取組へと拡大していくことも一つの方法です。
 GBFでは、2030年までにネイチャーポジティブを目指すことを目標としています。この国際目標が一つの基準になることは間違いありません。自社がネイチャーポジティブな企業となるための取組は待ったなしです。

(金澤 厚)

OECMを事業のサステナビリティ向上にどう活かす?

 生物多様性と企業をとりまく環境が、いま大きく動いています。TNFDが求めるように、企業は自社事業のサステナビリティ向上のために生物多様性に取り組む時代へと変わりつつあります。対応が求められる課題はいくつもありますが、今回は生物多様性減少の最大要因である「土地利用」のリスクマネジメントについて、最近注目されている「OECM」および「自然共生サイト」を通して考えてみたいと思います。

1)「OECM」と「自然共生サイト」とは?

 OECM(Other Effective area based Conservation Measures)は、国立公園等の公的に保護されている地域ではないものの、「生物多様性の効果的かつ長期的な保全に貢献している地域」を指す用語です。
 愛知目標の後継となる「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」では、2030年までにネイチャーポジティブへの転換、すなわち生物多様性の損失を止めるだけでなくプラスに反転させることが目標となりました。GBFに示された23の個別目標のうち、中心的な目標の一つが「30by30」です。この目標では、2030年までに、各国の陸域と海域の30%を保全エリアにすることが目指されています。現在の日本では陸域の場合、約20%が保護区となっていますが、30%を達成するにはまだ関東地方1都6県よりも広い3.8万㎢が不足しています。また、現在の保護区は原生自然に偏って配置されており、日本の生物多様性を特徴づける里山の豊かな自然などが含まれていないなど、質的な課題もあります。
 そこで30by30達成に向け、日本では「自然共生サイト」というOECM推進のための制度が始まりました。農作物がつくられる農地、林業が営まれる森林、工場緑地や公園など、人が社会経済活動を営みながらも結果的に豊かな自然が育まれてきた地域を、保護区相当のエリアとして認定する制度となっています。自然共生サイトになれば世界のOECMデータベースにも登録され、登録地域は世界の保護区として認められることになります。

2) 企業にとってのメリットは? 

 では企業にとってどんなメリットがあるのでしょうか?いくつかある中で最も大きなメリットは、自社が関わる土地利用についての情報収集とリスクマネジメント対応が進む、という点にあると考えています。
 自然共生サイトに登録するには、事業と関連する土地の生物多様性の価値を明確にすること、その価値を保全するための管理計画を立てることが必要です。このプロセスはTNFDのLEAPアプローチで行う、地域の自然とビジネスの依存・影響の分析、それに基づいたリスク対応と共通しています。たとえば林業を営む森林であれば、森林の動植物および木材生産や地域社会が依存する生態系サービスを把握し、林業施業が影響を及ぼす動植物や生態系サービスについて認識したうえで、森林の生物多様性の価値を減らさずに増やす持続可能な林業へと改善することにより、事業リスクをマネジメントする。こうした取組が自然共生サイトでもTNFDでも求められているということです。LEAPは評価方法の自由度が高いため、具体的にどうすればよいかわからないと悩んでいる方も多いと思いますが、少なくとも土地利用という切り口では、自然共生サイトのプロセスは企業がLEAPを進める上で大いに参考になりそうです。
 2つ目のメリットは世界目標への貢献というわかりやすい成果です。自社の関わる土地が自然共生サイトに登録されれば、その情報は自動的に世界のデータベースに掲載されます。共通の基準を満たしGBF目標の達成に貢献する取組として、その成果を世界にわかりやすく発信・PRすることができます。また登録されたという結果だけでなく、情報収集プロセスで得られた生態系や動植物種に関する定量的、定性的なデータは、説得力のある情報開示に役立てることができます。
 環境省ではほかにも企業の参画を促進するインセンティブを検討しているようですが、上に示した項目だけでも、企業にとって検討に値する制度なのではないでしょうか。

3)どうすれば自然共生サイトに登録できる?

 自然共生サイトになるには、環境省より認定を受ける必要があります。ではどのような地域であれば認定されるのでしょうか。環境省は以下の四項目を認定の基準としています。(詳しくは環境省ウェブサイト「自然共生サイト」へ)

  • 境界・名称に関する基準
  • ガバナンス・管理に関する基準
  • 生物多様性の価値に関する基準
  • 管理よる保全効果の基準

 ①と②では対象地の境界が設定され、ガバナンスが整っていることが問われます。対象地の面積は小さくても問題はなく、工場緑地や農地のように小面積であっても認定されます。③では、その土地が有する生物多様性や生態系サービスの価値が明確になっていることが問われます。そしてその価値を保全するための具体的な計画を立てて実行し、その効果を検証するモニタリング調査も必要とされています(④)。
 このうち③と④の基準をクリアするには、自社だけでは対応が難しいかもしれません。動植物の判別だけではなく、生物多様性の価値にかかるリスクマネジメント能力が求められるためです。対象地の生物多様性の価値を守っていくには、事業による影響をはじめ、外来生物や野生のシカの増加、気候変動など、生態系を変化させる要因に対して臨機応変に対応する能力(順応的管理)が欠かせません。それゆえ専門性を持った研究者やNPO、地域行政、コンサルタントなどとの連携が重要になります。一見大変そうですが、取り組みを通じて蓄積された成果は、今後の事業を支える力になるはずです。

4) 社有地がなくても、登録できる?

 「自社で工場緑地や社有林を持たない企業は関係がない」と思っている人もいるかもしれません。しかし保有地がなくても、自然共生サイトに参画する方法はあります。
 自然共生サイトの基準②では、土地の所有者の合意があり、管理に関わるメンバーの意思疎通を図る機会があれば、申請できるようになっています。たとえば環境省のウェブサイトに令和4年の試行認定サイトが紹介されていますが、その中に「所さんの目がテン!かがくの里」があります。協力者(申請者相当と思われます)は日本テレビ放送網株式会社ですが、テレビ番組を見た限り地権者は地元の方でした。大学の先生を始め多くの方々の協力を得て、耕作放棄地を豊かな里山へと再生し、生物多様性の保全にも貢献する場へと再生を進めてきました(いずれもウェブサイトの紹介情報より)。
 このように、企業が所有する土地ではなくても、関係者の合意が得られれば認定を目指すことは可能です。食品会社であれば、環境保全型農業に取り組む契約農家と連携して、農地や周辺の自然を対象に自然共生サイトへの申請を進めるといったこともできるでしょう。原材料を生産する地域と連携したOECMの取組は、サプライチェーン上流の土地利用を持続可能なものへと転換し、事業のサステナビリティ向上にもつながります。
 なお環境省では、他団体が行っている自然共生サイトを経済的に支援する行為を認証し、貢献証書を発行する仕組みも検討しています。さらには、生物多様性が劣化してしまった場所での自然再生や、新たな自然を創出する地域も対象とすることで、生物多様性にポジティブな活動を後押しすることも検討しているようです。

さいごに

 9月18日にTNFDのver1.0が公開されました。これを機にネイチャーポジティブな事業への変革を進める企業が高く評価され、経済・社会の中で生物多様性の主流化がさらに進むことが予想されます。自社の変革の一歩として、事業と関わる土地利用の変革のために、OECM(自然共生サイト)を目指すのも一つの手かもしれません。

(野田奏栄・北澤哲弥)

関連しあうグローバルリスクにどう対応するか

 1月、世界経済フォーラムがGlobal Risk Report 2023を公開しました。気候変動と生物多様性が長期リスクの上位を占める傾向は変わりませんが、リスク同士の相互関連に焦点を当てた分析が加わったことは、今年の特徴です。「今後10年のうちに生物多様性の減少、気候変動、汚染、天然資源の消費、社会経済的要因の相互作用が危険な組み合わせになる」とレポートは指摘しています。関連しあう課題に別々に対応すると、別の課題との間にトレードオフが発生することもあります。そこで重要になるのが統合的視点を持ち、関連する課題の同時解決策を推進することです。今回は、このレポートをもとに同時解決について考えます。

 Global Risk Report 2023は、いま深刻度が急速に増しているリスク・クラスター(相互関連しあうリスク群)として、5つの項目を示しています。その1番目が自然生態系に関するもので、「自然生態系は、気候変動と関連したトレードオフおよびフィードバック・メカニズムの増大により、自然資本リスク(水、森林、生物といった「資産」)が悪化し、取り返しのつかない状態になる」と報告書は指摘しています。

◆気候変動と生物多様性

 気候変動は生物多様性を減少させる要因の一つであると同時に、生物多様性の減少は気候変動を加速させる要因でもあります。気候変動が進めば生物多様性が減少し、生物多様性の減少がさらなる気候変動を助長する。この負のフィードバックが加速してしまえば、ネットゼロもネイチャーポジティブも大きく遠のいてしまいかねません。実際、気候変動に伴う異常気象が山火事を誘発し、森林の減少・劣化を招き、森林による気候緩和の効果が低下するケースが生じています(IGES 2021)。

 しかしやり方によっては正のフィードバックを生み出し、お互いに利益を得ることもできます。自然を活用して生物多様性を含む複数の社会課題の同時解決に貢献する、こうした取組みは「自然を基盤とした解決策(Nature-based Solutions, 以下NbS)」と呼ばれます。例えば減少の著しいマングローブ林の再生は、生物多様性の保全だけでなく、炭素の貯留量を増やし、さらには漁業や海岸防災にも貢献するNbSの事例です。自然を活かした気候緩和策は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(以下、GBF)でも目標8に掲げられ、注目度の高さがわかります。(GBFの記事はコチラ)。

 両者の関係はNature-Climate Nexusとして注目され、TNFDv0.3でも自然と気候に関する目標の整合性とトレードオフについて開示が求められています。気候と自然を統合的にとらえ、行動することが当たり前の時代が近づいています。

◆食料生産と生物多様性

 またレポートでは、生物多様性保全とトレードオフを起こしやすい課題を2つ挙げています。その一つが「食料安全保障」です。農業と畜産業が利用する土地は陸域の35%以上を占め、生物多様性を減少させる最大の直接要因と言われます。現在の地政学的リスクからの国内生産強化は、生物多様性との間にトレードオフを生む、とレポートは指摘します。また世界人口の増加が農地の拡大圧力につながれば、生物多様性への脅威はさらに拡大します。野放図な農地拡大から自然を守る一つの方法は保護区ですが、それだけでは利用と保護の対立を招くことは明らかです。重要なことは、GBFがターゲット10に掲げる「農林水産業の持続可能性と生産性を両立させる」という同時解決です。

 日本では2021年に農水省がみどりの食料システム戦略を打ち出し、「生産力の向上と持続性の両立」をビジョンとして掲げました。環境との関係では「化学農薬を2050年までに半減」という目標に注目が集まっていますが、現在の農業のやり方のまま単に農薬を減らすだけでは病害虫が発生し、生産性が落ちてしまいます。そこで重要なのは、統合的病害虫管理(IPM)の考え方です。土壌微生物や土着天敵など、農業生産に役立つ生物が豊かに暮らす農地をつくることで初めて、農地生態系の抵抗力が高まります。まずは農地生態系という自然の力を活かして病害虫を予防し、それでも発生してしまったときには、最終手段として農薬を利用するというのがIPMのやり方です。他にもオーガニックやリジェネラティブ農業など、自然を活かした農業が少しずつ拡がり始めています。しかしこれらが農家の負担を増やすものでは、今後の広がりは期待できません。日本の農家は、担い手不足などの課題を抱えています。そうした農家に対し、農業生産を落とさずに農薬散布の労力やコストを軽減し、さらには生物多様性・気候といった環境にも優しい農業というパッケージとして、自然を活かした新しい農業を示すせるかが、今後の課題にりそうです。

◆グリーンエネルギーと生物多様性

 課題の二つ目は「グリーンエネルギー」とのトレードオフです。化石燃料からグリーンエネルギーへの移行は気候緩和策として重要ですが、その急速な拡大は生態系に意図しない影響を与えることがあります。例えば、バイオマスエネルギーの推進が森林破壊やエネルギー作物栽培のための農地拡大につながるケースが報告されています(IGES 2021)。また発電インフラが依存する鉱物の利用量増加は、資源採掘や廃棄段階において森林破壊や水質汚染を引き起こす可能性もあります。

 グリーンエネルギーの拡大が生物多様性を減少させれば、気候変動との負のフィードバックをひき起こし、せっかく進めた気候緩和の効果が薄れてしまいかねません。限られた資源や労力を有効に投資するためにも、トレードオフを回避する解決策が必要です。例えば、太陽光パネルの下を牧草地として利用し土壌中の炭素蓄積量を高める取組や、洋上風力発電が漁礁となって漁業資源を高める取組などは、クリーンエネルギー・生物多様性・食糧生産の同時解決を目指す取組などがあります。

◆同時解決のために必要なことは?

 愛知目標が未達に終わった理由として、農林水産業やエネルギーなど、セクター横断的な経済や社会の変革が不十分だったことが挙げられます。「他の分野と合わせて取り組まない限り、どれだけ集中的に個別の分野に取り組んだとしても生物多様性の損失の『流れを変える』ことはできない」とIPBES報告書は指摘しています。トレードオフが生じたり、正のフィードバックが得られなかったりする背景には、関連する分野やセクターを縦割りで考えてしまうこと、ステークホルダーの利害が無視されて(あるいは、気づかずに)協力が進まないこと、などが根本にありそうです。

 ではどうすれば、セクターを横断した効果的な同時解決の取組を作れるのでしょうか。正解はありませんが、協力の輪を拡げるためのポイントはあります。
 ・ 自分は何を求めているのか?
 ・ 関連しあう相手は誰か?(社内の他部署や外部ステークホルダーなど)
 ・ 相手は何を求めているのか?
 ・ 地球の利益は何か?

 これは「協力のテクノロジー 関係者の相利をはかるマネジメント」を参考に、協力を拡げるはじめの一歩を示したものです。ポイントを押さえて情報を整理し、自分/相手/地球の三者ともに利益が得られる活動を検討することで、相手とのトレードオフ回避やシナジー創出につながりやすくなることが期待されます。

 新型コロナで先延ばしになってきたGBFがようやく決まり、次は行動が求められます。ステークホルダーと協力し、効果的な同時解決の取組を進めていただければと思います。


(北澤 哲弥)

2030年ネイチャーポジティブに向けた国際枠組が採択。企業がとるべき行動は?

 年の瀬が迫る12月19日、カナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約COP15にて、2030年に向けた国際目標「昆明―モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。自然の減少を止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」を2030年までに達成するという野心的なゴールと、その達成に向けた23の個別目標に世界が合意したことは大きな成果です。この枠組では、企業や金融機関にもその推進役になることが求められています。その役割とはどのようなものなのでしょうか。

 まず枠組の全体像を見てみましょう。2050年に自然と共生する世界を描き、そのために2030年までにネイチャーポジティブを達成することがこの枠組の軸となっています。その実現に向けて23の個別目標が設定されています。目標1~8までは、絶滅危惧種の保全や生物多様性を減少させる要因(土地利用、資源利用、外来生物、汚染、気候変動)の縮小に関する目標が並びます。続く目標9~13には農業や都市などで生態系サービスを高め持続的に利用するための目標が、そして目標14~23は上記の目標を実施し主流化するためのツールと解決策に関する目標が記載されています。企業とかかわりの深いいくつかの目標をピックアップしてみます。なお目標および枠組の全体については、環境省が暫定訳を公開しています。

昆明ーモントリオール生物多様性枠組の概要 (環境省暫定訳を参考にエコロジーパス作成)

◆目標3「陸域と海域のそれぞれ30%を守り、効果的に保全管理する(30by30)」
 日本はすでに陸域の20.5%が公的な保護地域となっていますが、30%を達成するにはあと35,900㎢増やさなければなりません。これは関東1都6県よりも広く、それだけの面積を公的な保護地域だけでカバーするのは困難です。そこで注目されているのがOECM(公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)です。企業緑地や社有林、里山の農地など、公的な保護地域ではなくても、生物多様性に配慮した管理によって自然と共生する土地利用を実現している場所であれば、OECMに該当する可能性があります。30by30に貢献するためには、環境省が検討している自然共生サイトの枠組みを通して、その自然の価値を調べ、その価値を保全するための管理を実施し、保全効果を検証するためのモニタリング調査を行えるような体制構築が求められます。

◆目標10「農林水産業の持続可能性と生産性を両立させる」
 増加する世界人口を賄うための生産性と同時に、農業にとって欠かせない生態系サービスの持続性を高めるために生物多様性の減少を食い止めて回復させることが、これからの農業には求められます。目標7に記載された農薬や化学肥料の半減とも関わりますが、農業の環境負荷を減らし化学物質だけに頼らないIPMや有機農業、土壌中の炭素貯留量を高めるリジェネラティブ農業といった取組がすでに始まっています。こうした取組は生産者だけに任せればよいというものではありません。食品・飲料産業や小売業など食料システムに関わる企業は、そのサプライチェーンを通して農地を支える生物多様性に依存しています。サプライチェーンの持続性を高めることは調達リスクを低下させ、Z世代などの新しい市場ニーズに対応することにもなり、生産に直接関わらない企業にとっても、重要な取り組みになります。

◆目標15「企業や金融機関の情報開示を支援し、自然関連リスクを減らす(ビジネスの変革)」
 情報開示を通した企業への働きかけを軸とした目標です。大企業や金融機関には、自然関連の依存と影響、リスクと機会を評価し、報告することが、各国政府から求められることになります。ドラフト段階で入っていた情報開示の義務化や、企業による負の影響を2030年までに半減するといった数値目標は除外されました。とはいえ、TNFDのような情報開示枠組、EUでの森林破壊防止のためのデューデリジェンス義務化など、ビジネスを変革する動きは着々と進んでいます。カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを両輪とした持続可能な経済に向けて、ビジネスモデルの変革をはじめている企業も出てきています。この目標により、大企業(サプライチェーンでつながる中小企業も含め)が進むべき道は、より一層明らかになったと言えます。

◆目標18「有害な補助金5000億ドルを削減する」
◆目標19「2030年までに2000億ドルを動員する」
 生物多様性を減少させる事業の中身を変革させたり、プラスになる分野に資金の流れを変えたりするための目標です。これには国や自治体だけでなく、民間主体の行動も期待されています。たとえば自然関連の投資、生物多様性オフセットやクレジットといった生物多様性市場への参加、また目標8とも関連しますが気候変動と生物多様性の課題を同時解決して資金を効率的に使うこと、などが挙げられています。生物多様性条約事務局が2020年に公開したGBO5では、土地と森林、持続可能な農業、漁業と海洋、持続可能な食料、都市とインフラ、持続可能な淡水、気候変動対策行動、ワンヘルスという8つの領域が、自然と共生する世界に向けて移行するための基盤になると述べています。こうした分野では、ネイチャーポジティブ経済に向けて資金の流れが変わっていくことが予想されます。

 2030年に向けた目標がようやく決まり、つぎは実践です。2023年は「卯年」。ネイチャーポジティブというゴールに向け、皆様が素早くスタートをきられることを期待しております。

(北澤 哲弥)

TNFDフレームワークv0.3が示す、自然情報開示のポイントは?

 TNFDフレームワークv0.3が11月4日に公開され、情報開示のアプローチが改訂されました。v0.1のドラフト案では開示項目のほとんどがTCFDを踏襲する項目で構成されていましたが、今回の改訂案ではいくつかの項目が追加されています。ここでは情報開示フレームワークの改訂ポイントをもとに、TNFDが求める内容について考えます。

 2022年3月に公開されたv0.1では、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の四つの柱に沿って開示するドラフト案が示されました(図1)。開示が推奨される内容はTCFDを踏襲した構成になっている一方、異なる点も見受けられます。「完全性の低い生態系、重要性の高い生態系、または水ストレスのある地域との組織の相互作用について説明する」と記載された戦略Dです。自然を構成する動植物、水や土などの無機的環境は、地域によって大きく状況が異なります。戦略Dでは、その多様性を踏まえて事業と自然との関係を説明するため、地域ベースの評価が企業に求められることを意味しています。地域ごとに自然関連情報を収集し、リスクと機会を評価/管理する方法については、LEAPアプローチとしてハウツーがまとめられています。

図1 情報開示に関するTNFDのドラフト案(出典:TNFD,2022aよりエコロジーパス作成)

今回のv0.3では、さらに以下のような変更が加えられた開示勧告案が示されました(図2)。

変更点1)開示勧告第3の柱を「リスクと影響の管理」に改訂
 これまで「リスクの管理」とされていましたが、ここに「影響」が加わりました。あわせて「リスクと機会」に限られていた情報開示の各項目に「依存と影響」が追加され、いわゆるダブルマテリアリティを重視した枠組になっています。これにより、自然に対してネガティブ影響を与え続ける企業は低い評価を受けます。一方、ネガティブな影響の抑制やポジティブな影響の創出に取り組み、ネイチャーポジティブへの変革を目指す企業にとっては高い評価を得る機会にもなります。

変更点2)開示が推奨される項目の追加
 既存のドラフト案で示されていた戦略Dに加え、以下に示す3つの新しい項目が加わっています。

リスクと影響の管理D:トレーサビリティに関する項目
 企業が価値創造のために利用するインプットのうち、自然関連の依存と影響、リスクと機会を生み出す可能性のあるものを対象に、その供給源を突き止めるトレーサビリティの取組について、開示が推奨されています。バリューチェーンに沿って重要な調達先を理解するための透明・正確・完全なデータを持つことが、企業に求められます。

リスクと影響の管理E:ステークホルダー・エンゲージメントに関する項目
 企業による自然への依存と影響は企業のリスクや機会を変化させるだけではなく、その自然を共有する地域コミュニティにも影響を及ぼします。先住民および地域コミュニティ(Indigenous Peoples and Local Communities: IPLCs)からの声を集め、意思決定に参画できる仕組み作りが、企業にも必要とされます。

指標と目標D:気候と自然の統合に関する項目
 気候と自然の課題の同時解決に向け、相互の取組のシナジーやトレードオフ回避に関する開示を推奨しています。企業は、統合的視点や戦略を持って「ネットゼロ」と「ネイチャーポジティブ」の同時解決に取り組むことが求められます。

変更点3)評価範囲の追加
 自然関連の評価対象の範囲は、自社の直接の操業範囲に加え、サプライチェーンの少なくとも上流、適切な場合は下流についても、自然への依存と影響を評価・管理するための指標開示が求められます。評価対象が幅広いため、優先すべき評価対象地の特定や、直接操業の範囲から始めて徐々にサプライチェーンを対象に含めるなど、段階的にでも評価を進めることが望まれます。

図2 TNFD開示勧告の改訂案v0.3(出典:TNFD,2022bよりエコロジーパス作成)

 今回の改定で開示する項目が増え、やることが増えたと感じるかもしれません。しかしサプライチェーンのトレーサビリティやステークホルダー・エンゲージメントの取組は、地域ベースの評価を適切に進めれば、必ず実施すべき内容です。これらについては、いままで企業内でとどまっていた情報が、開示対象になったという性質のものと言えます。気候と自然の統合については、自然関連のシナリオ分析を行う際に統合的視点を持つことが要求されます。今回公開されたシナリオに関するディスカッションペーパーでは、シナリオの枠組が気候と自然を統合した内容として提案されており、気候と自然を統合させた戦略づくりに向けた一助となりそうです。

 TNFDフレームワークは、2023年9月の最終提言まで改訂が続きますが、軸となるコンセプトはだいぶ見えてきました。自然の評価には手間と時間がかかります。できるところから、早めの備えを始めてみてはいかがでしょうか。

◆引用・参考文献◆
TNFD(2022a) TNFD自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワーク ベータ版v0.1リリース エグゼクティブサマリー(日本語版)
TNFD(2022b) The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.3.
TNFD(2022c) The TNFD’s proposed approach to scenario analysis.

(北澤 哲弥)

森林破壊ゼロを目指すとは?

「木を使えなくなるのか?」という質問をセミナーで受けたことがあります。「森林破壊ゼロ」に関しての質問でしたが、何をもって森林を破壊したことになるのか、その解釈が人によってまちまちであることに気づかされました。今回は、陸域の生物多様性にとって最大の脅威である森林破壊への対応について、木材を事例に整理します。

 木が使えなくなるのかと言われれば、それはもちろん杞憂と言えます。森林破壊ゼロ(Zero Deforestation)は木を使わないことを推奨しているわけではありません。木材自体は再生可能な資源であり、枯渇しないように使えばサステナブル経済に大きく貢献する素材です。木材を使わずにサステナブルな経済を作る方が難しいかもしれません。

 森林破壊ゼロの中核は「自然林を減らさない」こと。「減る」とは、自然林が別の土地利用に転換されることを意味しています。農地開発などを目的とした森林伐採は減少傾向にありますが、今でも世界全体で約1000万haの森林が毎年減り続けています(2015年から2020年までの平均)。これは4年弱で日本の国土から森がなくなるほどのスピードです。森林には陸域の生物種の約8割が暮らすといわれ、その破壊は生物多様性を減少させる大きな要因です。また森林の樹木や土壌中には、炭素が大量に蓄積されています。森林破壊はその炭素の放出につながり、気候変動にとってもマイナスです。昨年11月に開催された気候変動枠組条約COP26で、2030年までに森林の減少を止め、状況を好転させることを世界のリーダーが確約しましたが、このことからも気候変動対策と生物多様性保全の両者において森林破壊ゼロが重視されていることがわかります。

 森が減った分だけ植えて増やせばよい、という考えもあります。これは森林破壊ゼロに対し、正味での森林破壊ゼロ(Zero Net Deforestation)と言われます。植えて増やせば、確かに森林の面積は変わりません。しかし人間が植えて作った人工林は、どうしても動植物の種類や構造が単調になります。そうした林が自然林に近づくには、数十年あるいは数百年といった長い時間を要します。Brown & Zarin(2013)は、科学雑誌Scienceに掲載した論文で「正味の森林破壊に関する目標は本質的に誤りで、自然林を保護する価値と新規植林の価値とを同一のものと捉えている」と指摘しています。植林による森づくりは確かに生物多様性の保全や気候変動対策の一つではありますが、自然林を破壊する免罪符にはならない、このことはしっかりと意識すべきポイントです。

 以上を踏まえると、木材を使うことが問題なのではなく、自然林の破壊につながる木材を使うことが問題だということがわかります。EUでの森林破壊防止を目的としたデューデリジェンス義務化に関する規則案が準備され、森林破壊ゼロ宣言を出す企業も増えるなど、サステナブルでない木材をしめ出す動きは加速しています。森林破壊につながる木材を使っていては市場に入る事すらできず、投資家からも評価されない状況がすぐそこまで迫っています。

 森林破壊に関わらない木材をどう見分ければよいのでしょうか。その方法は、いくつかあります。一つはすでに様々な製品などで利用されていますが、FSCやPEFCといった森林認証の利用です。近年では、持続可能な方法で生産されたことの認証だけでなく、その生産方法による動植物や生態系サービスの保全・再生効果を見える化した認証もあります。例えばインドネシアのRatah Timber社では、付加価値の高い樹種のマッピング、土壌流出などを抑えた計画的林道建設、地上植生の撹乱を最小限にする集材方法など、自然へのインパクトを徹底して抑えた木材生産が行われています。その結果、対策を行わなかった場合と比べて森の動植物や炭素蓄積の減少がどれくらい抑えられたのかを客観的に示すことで、通常のFSC認証に加えて「生態系サービス認証」も取得しています(詳しくは北山・澤田, 2021 )。この認証はまだあまり馴染みはありませんが、ネイチャーポジティブに向けてビジネスと生物多様性の関係について定量評価を進めるうえで、メリットのある制度になりそうです。

 また、自社でデューデリジェンスを行うのも方法の一つです。例えば先ほどのEUの規則案では、合法性の確認とともに、2020年末日以降に森林の伐採や劣化が生じた場所で作られたものではないことを示すよう求められます。それを示すにはトレーサビリティを確立し、生産された場所の地理情報、さらには土地の履歴などを把握しなければなりません。またこれらの情報を把握した後は、そのデータをリスク評価と対応に活かして森林破壊に寄与しないサプライチェーンを構築すべく、企業には配慮が求められています。

 森林破壊ゼロに関しては、HCSやFPICのように、炭素や人権面といった課題への配慮も求められます。ESGの様々な課題に対して統合的な取り組みが求められる現在、中長期目標を再設定する企業も増えています。木材という持続可能な資源を巧みに使い、サステナブルな社会に貢献する企業となるためにも、森林破壊ゼロにコミットし、ビジネスの変革を進めていただければと思います。

(北澤 哲弥)

天然ゴムにおける生物多様性保全の動き

 天然ゴムにおいて、2018年10月に持続可能な生産と調達を実現すべくGPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)が設立されました。それ以降コロナ禍で活動が停滞することなく現在まで着実にその歩みを進めています。今回は、その持続可能な原材料調達の最前線について紹介します。

 現在、GPSNRの正会員はすでに60社に達し、その構成は、バリューチェーンの上流から下流までの当事者である主要な企業・団体・組織が含まれます。その結果、天然ゴムに係る当事者の中で圧倒的多数を占める零細な小規模生産者の代表が、下流のカーメーカーやタイヤメーカーなどの大手企業と対等な立場で議論ができる組織構成になっているといえます。
【構成メンバーの分野】
 ・天然ゴム生産者、加工会社、販売会社
 ・タイヤメーカー、他の天然ゴム製品メーカー
 ・カーメーカー、最終ユーザー、金融機関
 ・NGO
 ・小規模天然ゴム生産者

 GPSNRは、持続可能な天然ゴムの生産・調達を実現するために、2020年9月にGPSNR Policy Frameworkを制定しました。その序文で「森林と生態系の転換、生物多様性の喪失、人権と労働権の侵害、天然ゴムのサプライチェーンにおける不平等に対処することにより、世界市場での持続可能な天然ゴムの普及を促進することに取り組む。」ことを明言し、8つの方針を掲げました。その2番目の方針に「健康で機能する生態系への取り組み」を掲げ、以下のような生物多様性に関する7つの具体的な行動を示しています。

  1. 森林破壊やHCV1)の低下に寄与しない天然ゴムの生産及び調達を行わない。2019年4月1日以降の森林破壊またはHCV/HCSA2)の劣化した場所でのゴムは認めない。
  2. 自然林及びその他の生態系の長期的な保護活動の支援と森林破壊で劣化したゴム園の景観回復
  3. 土地利用の過程で野焼き禁止
  4. 希少種や絶滅危惧種を含む野生生物の密猟禁止
  5. 水質保全と浸食・堆積を防止
  6. 土壌保全
  7. 泥炭上での天然ゴム園の防止
    1)HCV: High Conservation Value高い保護価値の保護
    2)HCSA:High Carbon Stock Aproach高炭素蓄積地の保護             

 また方針の中でそれぞれの行動についての進捗状況を報告することを謳い、それに基づきメンバーの大規模生産者、加工業者及び販売会社、タイヤメーカー、カーメーカー及び製品の最終ユーザーに対し、2021年の活動について2022年6月30日までにGPSNRに提出することを義務付けました。個々の報告内容については、かなり詳細な情報開示を求めており、農園の所在地・規模とHCV、HCSAとの関連、泥炭地上での栽培有無の特定などから、最終製品のトレーサビリティの確立を進め、持続可能な天然ゴムの生産と調達の実現を目指そうとするもので、GPSNRの本気度がうかがえます。この報告は毎年更新することが求められています。今後集まった情報を集約し、何らかの形で報告書が開示されることが期待されます。

 今回報告をする上で恐らく最大の障害になると思われるのが、産地におけるHCV/HCSA及び泥炭地の特定です。ユーザーサイドと異なり生産者サイドは企業規模や資金力が桁違いに少なく、生産者サイドが自身でHCV/HCSA及び泥炭地の特定は事実上不可能で、国家レベルのデーターベース確立ないしはユーザー側のサポートが不可欠です。生産者サイドのメンバーの多くは、国の指定する国立公園や自然保護地区と農園所在地の関係把握が精一杯で、HCV/HCSAの知見を持っていない状態に置かれており、泥炭地については国の情報が利用できる可能性が多少はあるが、これらを把握して正しく特定するのには時間を要するものと思われます。
 いずれにせよ天然ゴムにおける持続可能な生産と調達の第1歩がいよいよ始まりました。これにより無秩序な生産と消費にブレーキがかかり、産地における森林保全や生態系保全に大きくドライブがかかることを期待したいと思います。

(金澤 厚)

OECMと企業との関係とは?

 TNFDの話題が多い昨今ですが、今年に入ってから「OECMに取り組んだ方がよいか?そのためには、どうすればよいのか?」そんな質問を耳にする機会が増えています。まだ設計中の制度ですが、企業にとって利用価値のある制度になりそうに感じます。そんなOECMのポイントについて、今回は考えてみたいと思います。

 OECMは30by30と深く関係しています。30by30は「陸域と海域の30%ずつを2030年までに保護区にする」という国際目標です。日本は昨年のG7サミットで、この目標の達成を約束しました。目標とする30%に対し現状はどうかというと、日本の陸域の20.5%、海域の13.3%が保護地域となっています。陸域ではあと9.5%必要ですが、これは関東地方より若干広い面積に相当します。国立公園など公的な保護区の拡充をこれから進めるようですが、すでに指定しやすい場所は保護区になっていますので、これだけの面積の保護区を拡大することは、かなり難しいと思われます。

 ではどうするか。その解決策の一つとして期待されているのがOECMです。OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)とは、公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域のことです。里地里山や社有林、社寺林など、企業や団体によって生物多様性の保全が図られている土地が対象となります。その土地は、必ずしも生物多様性の保全が主目的である必要はありません。例えば人工林は木材生産を主目的とした土地ですが、環境に配慮した森林管理を行うことにより、結果的に生物多様性も守られているのであれば、OECMの対象になりうるということです。他にも市街地や郊外にある企業の工場などでも、生物多様性に配慮した緑地管理が行われていれば対象となりえます。

 OECMに認定されると、世界の保護区データベースにその場所が登録されます。つまり企業にとっては自社の生物多様性活動が、30by30という国際目標に直接的に貢献するものである、というお墨付きを得られるわけです。わかりにくい指標が多い生物多様性の取組にあって、OECMは一つの明確な指標となります。4月に発足した30by30アライアンスにはすでに多くの企業が参加していることからも、その関心の高さがわかります。弊社もその一員として30by30の達成に向けて協力していく所存です。

 ではどうすればOECMとして認められるのでしょうか。じつは認定の基準やプロセスは設計中で、来年度から国による認定が開始される予定です。環境省の検討会資料によれば、4つの認定基準があり、大まかに言えば以下のような内容です。

  1. 境界(範囲が明確など)
  2. ガバナンス(管理の目的や体制などが明記されていること)
  3. 生物多様性の価値(保全に値する動植物や生態系サービスを対象地が保有していること、その価値が資料としてまとまっていることなど)
  4. 管理による保全効果(管理の目的や内容が生物多様性の価値の保全に貢献すること、生物多様性への脅威への対策が取られていること、モニタリングを実施していることなど)

 なお環境省では、OECMに認定された土地の生物多様性の価値を切り出し、市場ベースでやり取りするスキーム、いわば生物多様性版のJ-クレジット制度を検討するとしています。こうした経済的インセンティブなども含め、環境省ではOECMを民間参画の一つの柱として活用していこうと動いているようです。

 OECMに関心はあるけれど、まだ決まっていないから来年まで待っていればよいかと言えば、そうではありません。上記1や2は比較的簡単に準備ができそうですが、3はその土地の動植物や生態系サービスの価値を示すための資料がなければならず、そのための調査が必要となるでしょう。また4では、生物多様性にどのような脅威があるのかを調べる必要がありますし、専門的知識を持った人材を含めたモニタリング体制をつくる必要もあります。申請しようと思っても一朝一夕にはできない取り組みですので、こうした準備を早めに開始しておくことが大切です。

参考URL
https://www.env.go.jp/press/110887.html
https://www.env.go.jp/nature/oecm.html

(北澤哲弥)