天然ゴムにおける生物多様性保全の動き

 天然ゴムにおいて、2018年10月に持続可能な生産と調達を実現すべくGPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)が設立されました。それ以降コロナ禍で活動が停滞することなく現在まで着実にその歩みを進めています。今回は、その持続可能な原材料調達の最前線について紹介します。

 現在、GPSNRの正会員はすでに60社に達し、その構成は、バリューチェーンの上流から下流までの当事者である主要な企業・団体・組織が含まれます。その結果、天然ゴムに係る当事者の中で圧倒的多数を占める零細な小規模生産者の代表が、下流のカーメーカーやタイヤメーカーなどの大手企業と対等な立場で議論ができる組織構成になっているといえます。
【構成メンバーの分野】
 ・天然ゴム生産者、加工会社、販売会社
 ・タイヤメーカー、他の天然ゴム製品メーカー
 ・カーメーカー、最終ユーザー、金融機関
 ・NGO
 ・小規模天然ゴム生産者

 GPSNRは、持続可能な天然ゴムの生産・調達を実現するために、2020年9月にGPSNR Policy Frameworkを制定しました。その序文で「森林と生態系の転換、生物多様性の喪失、人権と労働権の侵害、天然ゴムのサプライチェーンにおける不平等に対処することにより、世界市場での持続可能な天然ゴムの普及を促進することに取り組む。」ことを明言し、8つの方針を掲げました。その2番目の方針に「健康で機能する生態系への取り組み」を掲げ、以下のような生物多様性に関する7つの具体的な行動を示しています。

  1. 森林破壊やHCV1)の低下に寄与しない天然ゴムの生産及び調達を行わない。2019年4月1日以降の森林破壊またはHCV/HCSA2)の劣化した場所でのゴムは認めない。
  2. 自然林及びその他の生態系の長期的な保護活動の支援と森林破壊で劣化したゴム園の景観回復
  3. 土地利用の過程で野焼き禁止
  4. 希少種や絶滅危惧種を含む野生生物の密猟禁止
  5. 水質保全と浸食・堆積を防止
  6. 土壌保全
  7. 泥炭上での天然ゴム園の防止
    1)HCV: High Conservation Value高い保護価値の保護
    2)HCSA:High Carbon Stock Aproach高炭素蓄積地の保護             

 また方針の中でそれぞれの行動についての進捗状況を報告することを謳い、それに基づきメンバーの大規模生産者、加工業者及び販売会社、タイヤメーカー、カーメーカー及び製品の最終ユーザーに対し、2021年の活動について2022年6月30日までにGPSNRに提出することを義務付けました。個々の報告内容については、かなり詳細な情報開示を求めており、農園の所在地・規模とHCV、HCSAとの関連、泥炭地上での栽培有無の特定などから、最終製品のトレーサビリティの確立を進め、持続可能な天然ゴムの生産と調達の実現を目指そうとするもので、GPSNRの本気度がうかがえます。この報告は毎年更新することが求められています。今後集まった情報を集約し、何らかの形で報告書が開示されることが期待されます。

 今回報告をする上で恐らく最大の障害になると思われるのが、産地におけるHCV/HCSA及び泥炭地の特定です。ユーザーサイドと異なり生産者サイドは企業規模や資金力が桁違いに少なく、生産者サイドが自身でHCV/HCSA及び泥炭地の特定は事実上不可能で、国家レベルのデーターベース確立ないしはユーザー側のサポートが不可欠です。生産者サイドのメンバーの多くは、国の指定する国立公園や自然保護地区と農園所在地の関係把握が精一杯で、HCV/HCSAの知見を持っていない状態に置かれており、泥炭地については国の情報が利用できる可能性が多少はあるが、これらを把握して正しく特定するのには時間を要するものと思われます。
 いずれにせよ天然ゴムにおける持続可能な生産と調達の第1歩がいよいよ始まりました。これにより無秩序な生産と消費にブレーキがかかり、産地における森林保全や生態系保全に大きくドライブがかかることを期待したいと思います。

(金澤 厚)

天然ゴム生産地で始まった国際的な生物多様性の動き

新型コロナウィルスで世の中の変化が加速していますが、そこで注目されている言葉に「レジリエンス(resilience)」があります。SDGsやサステナビリティ経営でよく使われているので耳にされた方もいらっしゃることと思います。この言葉の意味は、復元力、回復力、弾力で、「困難な状況にかかわらずうまく適応する能力」ですが、元々物理学では反発弾性のことを指し、ゴムでは重要な物理的性質の一つでもあります。そのゴム材料の代表「天然ゴム」の世界では今まさしくレジリエントな動きが起きています。今回は天然ゴムに注目して、生物多様性保全とのかかわりを見ていきます。

2018年10月27日、「持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム、GPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)」の設立が発表されました。2019年3月21日には第1回総会がシンガポールで開催され、 3か月後の6月16日にSustainable Natural Rubber Principleとして12原則が公表されました。注目したいのはその第一原則で、泥炭地の保護と生態系の転換、森林破壊及び劣化の回避を進め、天然ゴムの生産を行うことを謳ったことです。

GPSNRの設立メンバーは、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development)のTIP(Tire Industry Project)メンバーであるタイヤメーカー11社とFORDや天然ゴムサプライヤーなど7社を加え合計18社で、その後TOYOTA、GM、RENAULT、BMWの各カーメーカーやWWF、FSCなどの環境系NGOなどが加わり現在45社となっています。天然ゴム栽培の85%を担っているスモールホルダーと呼ばれる農民の意見を代弁する有力なNGOも含まれ、天然ゴムのサプライチェーンを構成する利害関係者がほぼ一堂に会しているといえます。

天然ゴムはタイヤなどの原料として世界中で広く使用されていますが、その原料のゴムは、南米原産のゴムノキ(Hevea brasiliensis)から採取される樹液から作られます。ゴムノキの生育には高温と十分な降雨が必要とされるため、東南アジアなど熱帯多雨の地域でしか育ちません。しかし熱帯では多くの土地が急速に農地へと開発され、残された熱帯林は世界の生物多様性保全上重要なホットスポットとなっています。天然ゴムの需要は経済発展に伴い増加が見込まれます。零細なスモールホルダーと呼ばれる生産者を支援し、熱帯林の破壊を伴わないかたちで増加するゴム需要を賄うことが、いま喫緊の課題となっています。

そこでパームでのRSPOのように、天然ゴムの持続可能なサプライチェーンの国際的枠組みとしてスタートしたのがGPSNRです。天然ゴムの場合、数百万世帯とも言われるスモールホルダーが生産の中心であること、国ごとに複雑な流通経路を持つことなどから、そのトレーサビリティを確認するだけでも気の遠くなる膨大な調査を必要とし、他の農作物で得られたノウハウが簡単に適用できないなどの困難があります。しかしスマホのアプリを使ったスモールホルダーの所在地や農園規模の特定や、生産地域を限定して流通ルートを固定化するなどタイヤメーカーが個別に取り組みを始めています。今後もまだ紆余曲折、困難が予想されますが、少しずつ着実に進み始めています。 一方で、温暖化に伴う生産地域の異常気象は年を追うごとに激甚化しています。日本と同様、何十年に一度の台風や干ばつなどの自然災害が頻発するようになり、天然ゴムの生産が大きく影響を受けるようになってきています。昨年、インドネシアでは深刻なゴムノキの病気が発生し、天然ゴム生産の一大拠点である東南アジアで雨季と乾季の区別がはっきりしないなど、ゴム生産に影響する異常気象が頻発しています。このような待ったなしの状況の中、今後のGPSNRの活動に大いに期待したいものですね。

(金澤 厚)

Sustainable Natural Rubber Principles

1. To advance natural rubber production and processing that protects peatlands, and avoids ecosystem conversion, deforestation and forest degradation based on identification and management of forests and other natural ecosystems as outlined in the guidelines of the High Conservation Value Resource Network, the High Carbon Stock Approach, or other applicable regulatory frameworks.

GPSNR SNR Principles and Founding Members Statementより引用