事例

生物多様性の保全に取り組み、環境経営や地域社会づくりを積極的に進める企業の事例をご紹介いたします。これから取り組みを始めようと考えている方、自社の活動の見直しを考えている方などに、ヒントとなる情報が見つかるかもしれません。

横浜ゴム株式会社 水を意識した生物多様性保全の取り組み

横浜ゴム株式会社(以下、横浜ゴム)では、2010年から生物多様性の取り組みを本格的に開始し、同年7月に制定した生物多様性ガイドラインに沿って、2016年4月現在、国内7か所・国外4か所の拠点で生物多様性保全活動に取り組んでいます。ここでは、モデル工場として最初に生物多様性保全活動に取り組みはじめた三重工場の活動の一部をご紹介いたします。

図1三重工場と桧尻川の位置を示した地図、写真1桧尻川でのモニタリング調査、図2水質と水量の移り変わり横浜ゴム三重工場は、伊勢神宮にほど近い三重県伊勢市に位置し、主にタイヤを生産している工場です。タイヤ生産設備の冷却のために大量の水を利用しており、その水は井戸から取水されます。使用後の水は近隣の桧尻川へと排水され(図1)、その量は年間370.6万t にのぼります(2014年度)。

活動を始めるにあたり「水や天然ゴムなどの資源を自然からもらうばかりでよいのだろうか?私たちにできることは何だろうか?」という思いを元に、まずは事業と関係が深い川のことを知り、そして自分たちの事業活動がどれくらいの影響を環境に与えているかを調べようということになりました。調査は、水量や水質、そして生物を定期的にモニタリングすることからスタートしました。調査項目や方法は専門家の意見を聞きつつ、自分たちで調査用具を工夫しながら進めました。調査後にはワークショップを行って結果を共有し、川の環境状態についてのディスカッションを重ねました。その結果、ふだん橋の上から見るだけでは気がつきませんでしたが、自分たちが排水している河川には絶滅危惧種のメダカを含む様々な生物が息づいている、ということに気がつきました。

こうしたモニタリングを続ける中で、ある時期に川で大量の魚が死んでいることに気がつきました。周辺の住民からは「横浜ゴムが変な物でも流したのでは?」と言われたそうです。「これはおかしい」とモニタリングで調べた水環境データと照らし合わせてみると、お盆の時期にだけ川の水量が極端に下がり、それに伴って溶存酸素などの水質も悪化していたことがわかりました(図2)。なぜ水量が急激に低下してしまったのでしょうか?実はこの時期、三重工場はお盆休みのため生産を休止しており、排水もしていません。つまり、桧尻川の水量や水質を維持するうえで、三重工場からの排水は無くてはならないものだったのです。

この事実に気がついた三重工場は、翌年からお盆の生産休止期間にも排水を継続することを決定しました。その結果、2014年のお盆からは水環境が著しく悪化することなく、魚の大量死も見られなくなりました。

こうした生物多様性保全活動は、単に自然を守るという取り組みだけにとどまりません。地元の小中学校への出前授業、学校や行政などとの協働保全活動、さらには地域の自治会との意見交換会といった形で、地元のステークホルダーと生物多様性を通した協働・対話の機会を促進しています。ある自治会長さんからは「これまでは横浜ゴムから汚れた水が流されていると勘違いをしていましたが、前回の説明会でそれが誤解であることが分かりました。だから、わたしは地区に戻って住民にそれを説明したんです。これからは地区のみんなで横浜ゴムさんを応援しますよ」と、うれしいお言葉を頂いたそうです。

この横浜ゴム三重工場の事例からは、企業が生物多様性に取り組むことで得られる3つのメリットを読み取ることができます。
 ①地域の生物多様性と企業との関係について従業員が理解を深め、環境意識を高める機会となる。
 ②水量維持や川の環境整備活動などへ発展し、地域の川の生物を保全することに貢献している。
 ③情報発信や協働作業を通して、ステークホルダーの評価が企業にフィードバックされ、信頼関係がうまれる。

こうした結果は、水を通した川の自然と横浜ゴム三重工場とのつながりを意識し、自分たちのチカラでモニタリング調査・保全活動・情報発信を進めたからこそ得られたものです。今後のさらなる活動の展開が期待されます。

※ここで紹介した内容は、2016年3月に仙台国際センターで開催された第63回日本生態学会において「企業が取り組む地域の生物多様性モニタリングと保全活動への展開~横浜ゴム株式会社の活動を事例に~」として発表した内容に基づいています。
発表資料はこちらpdfファイルを開きますからご覧いただけます。