生物多様性を取り巻く動向

 2023年11月に開催した「TNFDを踏まえた拠点の生物多様性の取組について考える 2023」の講演内容を順次まとめ、公開いたします。
初回は、弊社金澤厚の講演「生物多様性を取り巻く最近の動向」について、お届けいたします。

1)サステナビリティにおける世界の潮流

 1992年にリオで開催された地球サミットを契機に、1993年に生物多様性条約、1994年に気候変動枠組条約の二つの条約が発効され、大きな潮流がスタートしました。その後も深刻さを増す地球環境問題や貧困といった社会課題に対し、MDGsやSDGsといったサステナビリティの流れが今日まで続いています。
 気候変動については、「京都議定書」等を通じて目標設定が進み、その後2015年のパリで開催された気候変動枠組条約COP21で、今世紀末における温暖化に関する定量目標(2℃目標)が掲げられ、脱炭素に向けた本格的な動きがスタートしたと言えます。同じ年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とSBT(Science-based Targets)が設立されました。TCFDでは2年後にファイナルリポートがリリースされ、2021年に一部改訂して現在に至っています(図‐1参照)。

 生物多様性については、2010年の「愛知目標」の中で、2050年までに「自然と共生する世界を実現する」というビジョンとともに、各国が数値目標を含む個別目標の達成をめざす世界目標が合意され、あわせて「名古屋議定書」にて、遺伝資源の利用と利益の配分(ABS)に関する国際的ルールが定められるなどの進捗がみられました。ただし民間を巻き込む動きが不十分なことなどから、気候変動対応と比べて実質的な歩みが遅い状況が続いたと言えます。しかしここ数年、生物多様性に係る動きが急速に進み始めています。
 2020年に世界経済フォーラムが「自然環境は経済に非常に大きな影響を持っており、その自然が今、著しい速度で失われている」ことに警鐘を鳴らしました。翌年2021年には自然資本と経済の関係を説明した「ダスグプタ・レビュー」が公開され、自然に対する人間社会の需要が自然の供給力を上回っており持続可能性が危ぶまれること、自然資源の持続的利用のために制度設計や経済の評価指標に自然資本を加える重要性が示されました。
 こうした背景を受けて2021年、企業の自然情報開示を推進するためにTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が設立されました。これはTCFDをベースに構築されたフレームワークで、2023年9月にv1.0がリリースされ、自然関連情報の開示を通して企業による生物多様性の取組が今後、急速に進むと考えられます。
 また2021年にIPBESとIPCCが、気候変動と生物多様性の取組を連携しながら進めることの重要性を科学的に示す報告書を公開するなど、気候変動と生物多様性を統合する取組も進み始めています。この報告書では、気候変動対策と生物多様性対策は互いに強い連関性があるため、相互にマイナス影響を生じさせるトレードオフを招かず、両者にとって有効なシナジーを生み出す手法をとる重要性が示されています。

2)気候変動と自然・生物多様性に関する情報開示

 生物多様性の取組は先行する気候変動を追う形で進められてきたため、その取組の全体像には類似性があります。図-2は気候変動と生物多様性の取組を比較したもので、「評価・計測」、「目標設定」、「フレームワーク」、「企業情報開示基準」、「企業評価」の各カテゴリーに対応する制度・ルールが両者にあります。たとえば自然関連情報の開示フレームワークであるTNFDはTCFDに準拠し、基本的な4本柱(①ガバナンス、②戦略、③リスクと影響、④指標と目標)は同じです。一方、TNFDでは企業や組織による自然への影響の開示が加えられ、また地域性に基づいた評価が重視されるなど、自然特有の項目もあります。
 企業情報開示基準については、気候変動ではISSBの制度で1本化するべく動きが進みつつあり、すでにTCFD準拠のスタンダードが2023年に開示されました。今後生物多様性に関しても、TNFDに合わせた対応が進むと想定されます。 企業評価については、CDPが2023年9月にTNFDとの連携を発表し、脱炭素中心から範囲を拡大し、生物多様性および水といった自然領域を広く統合する内容になってきています。EcoVadisも同様の流れに方向が進みつつあります

            図-2 気候変動と自然・生物多様性に関する情報開示

3)昆明・モントリオール生物多様性枠組

 生物多様性に焦点を絞ると、2021~2022年にかけて開催された生物多様性条約COP15で採択された「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組(以下、GBF)」が世界目標となります。GBFでは、生物多様性の損失を止めることにとどまらずプラスに転換を図る「ネイチャーポジティブ」の方向性が示され、気候変動の「カーボンニュートラル」に相当する世界のスローガンとなっています。
 GBFには23のターゲットが設けられていますが、中でもターゲット8(自然に基づく解決策による気候変動対策)、15(企業の自然への依存と影響等の評価と開示)、16(正確な情報・教育と持続可能な消費行動)、19(あらゆる資金源からの動員)が企業にとって重要なターゲットとなると思われます。
 各締約国には国家戦略の策定または改定が求められ、日本でもGBFを反映した「生物多様性国家戦略 2023-2030」がつくられました。国家戦略には5つの基本戦略が示されていますが、その一つが「ネイチャーポジティブ経済の実現」であり、その中心的な施策が企業による自然情報開示となっています。こうした動きは今後具体化されるに従い、企業による自然情報の開示はますます重要性を増すことになると考えられます。

4)企業の取り組むべき課題

 図‐3はSDGsの17課題を環境、社会、経済の3つに分けて示したウエディングケーキモデル、図‐4はダスグプタが示した自然と社会、経済の関連性の図です。これらの図で重要なことは、経済が社会に支えられ、それらは生物圏によって支えられていることで、健全な自然なくして経済は成立し得ないことを示しています。

図-3 SDGsの課題と経済・社会・環境の関連性
< SDGsウエディングケーキモデル>
(出展:Stockholm Resillience Center
http://www.stockholmresilience.org)

図‐4 経済と社会の関係性(出展:Dasgupta, P. (2021), The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review. (London: HM Treasury) http://www.The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review

 今まで企業の成長は自然への影響をあまり考慮せずに推し進められてきた面が否めず、生物多様性の損失や生態系サービスの劣化が生じ、結果として自然の生産性や回復力、適応力が大きく損なわれて経済や社会の持続可能性が脅かされる事態に至っています。経済や社会活動による自然への依存と、自然に及ぼす影響との両方をセットで捉えることが、持続可能な成長への道筋を描くために重要であることをこの図は教えてくれます。
 では今後、企業はどのように生物多様性に取り組むべきでしょうか。まずは企業活動が直接的あるいは間接的に自然にどう「依存」するか、同時に自然に対しどのような「影響」を及ぼしているかを把握することが重要です。自然への悪影響は、生態系サービスの持続的利用を低下させ、企業が持続的に成長する上でのリスクとなる事を意味しています。そして企業がその現実を認識した後は、自社とステークホルダーの持続性を高めるために経営課題として生物多様性の減少を止め、プラスに転じる取組を進めることが求められます。具体的には、土地利用の転換、資源搾取、汚染、気候変動、外来生物といった生物多様性の主要な減少要因を招かず、逆にプラスの影響を生み出す事業へと変革することが求められています。
 なおその際、気候変動と生物多様性のトレードオフには注意が必要です。気候変動は生物多様性を減少させる主要因の一つでもあり、カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを両輪で進め同時解決する取組は、両者にとって必須といえます。その過程での様々な活動がTNFD等のフレームワークに基づいて情報開示されることになります。TNFDは情報開示の枠組にすぎませんので、ESG評価を高めるためにはネイチャーポジティブな企業に向けたロードマップを描き、上記のような具体的な取組を着実に進めることが求められています。

5)いつTNFDに取り組むのか

 今後日本でも、生物多様性国家戦略(2023~2030)に基づいて様々な制度や規制が出されてくるでしょう。特に情報開示についてはハードルが高まっていくと思われます。東証プライム上場企業ではTCFDに準拠した開示が必須になりつつあり、人権等を含めたサステナビリティ情報の開示が強く求められるようになっています。
 気候変動については2021年のガバナンス・コード改定にて、サステナビリティへの対応の一環として関連情報の開示が加えられました。日本では2017年のTCFD最終報告書の公表から6年でここまで至ったわけですが、海外でも同様の動きが進んでいます。自然・生物多様性に関しても、TNFDにもとづく情報開示が間違いなく求められるようになると考えられます。気候変動と同じく実質的な義務化まで6年と仮定すると、あと5年以内にネイチャーポジティブな事業への変革を進める必要があるでしょう。
 森づくりに時間がかかるように、生物多様性関連の取組は簡単に完成するものではありません。情報開示の義務化を待たず、今から取り組んでおくことで、生物多様性保全の具体的な成果を伴った情報開示ができるようになります。
 すでに自然・生物多様性の取組を行っている企業の方も、自社ビジネスと生物多様性の関係を再評価されてください。その活動はチャリティーの一環としてではなく、自社の事業として主流化されているでしょうか。自然への理解を進め、影響や依存の視点から事業を見直し、再構築しているでしょうか。まだ取り組んでいない企業の方は、まずはスタートさせることです。TNFDの評価範囲は幅広く、一朝一夕というわけにはいきません。まずは重要な拠点など一カ所でもよいのでネイチャーポジティブに向けた活動を開始し、それを全社的な取組へと拡大していくことも一つの方法です。
 GBFでは、2030年までにネイチャーポジティブを目指すことを目標としています。この国際目標が一つの基準になることは間違いありません。自社がネイチャーポジティブな企業となるための取組は待ったなしです。

(金澤 厚)

10/6オンラインセミナー 「TNFDを踏まえた拠点の生物多様性の取組について考える」

いま企業と生物多様性を取り巻く状況は、 TNFDをはじめとした様々なイニシアティブが立ち上がり、急速にかわっています。これらの動きが目指すのは「ネイチャー・ポジティブ」です。

これからの企業には、自然への環境負荷を減らすだけでなく、生物多様性を再生し、生態系サービスを向上させることで、自社と社会のサステナビリティに貢献することが求められます。

これにあわせて事業拠点やサプライチェーンで生物多様性の保全に取り組む企業も、活動内容を見直していく必要があります。

今回のセミナーでは、TNFDの概要を踏まえ、拠点での生物多様性の取組がどうあるべきかについて考えます。

→お申込みはコチラ

【日時】2022年10月6日(木)10時~11時00分

【開催方法】Zoom ※お申込みいただいた方には参加用URLをお送りいたします。

【主催】株式会社エコロジーパス

【対象】生物多様性に関心のある企業の方

【参加費】無料

【プログラム】

10:00-10:05 挨拶、趣旨説明

10:05-10:20 講演1「TNFDの概要」    演者:金澤厚

10:20-10:50 講演2「拠点の生物多様性の取組に求められる視点」    演者:北澤哲弥

10:50-11:00 質疑応答、アンケート

【お申込み】 10月5日〆切 申込フォーム

天然ゴムにおける生物多様性保全の動き

 天然ゴムにおいて、2018年10月に持続可能な生産と調達を実現すべくGPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)が設立されました。それ以降コロナ禍で活動が停滞することなく現在まで着実にその歩みを進めています。今回は、その持続可能な原材料調達の最前線について紹介します。

 現在、GPSNRの正会員はすでに60社に達し、その構成は、バリューチェーンの上流から下流までの当事者である主要な企業・団体・組織が含まれます。その結果、天然ゴムに係る当事者の中で圧倒的多数を占める零細な小規模生産者の代表が、下流のカーメーカーやタイヤメーカーなどの大手企業と対等な立場で議論ができる組織構成になっているといえます。
【構成メンバーの分野】
 ・天然ゴム生産者、加工会社、販売会社
 ・タイヤメーカー、他の天然ゴム製品メーカー
 ・カーメーカー、最終ユーザー、金融機関
 ・NGO
 ・小規模天然ゴム生産者

 GPSNRは、持続可能な天然ゴムの生産・調達を実現するために、2020年9月にGPSNR Policy Frameworkを制定しました。その序文で「森林と生態系の転換、生物多様性の喪失、人権と労働権の侵害、天然ゴムのサプライチェーンにおける不平等に対処することにより、世界市場での持続可能な天然ゴムの普及を促進することに取り組む。」ことを明言し、8つの方針を掲げました。その2番目の方針に「健康で機能する生態系への取り組み」を掲げ、以下のような生物多様性に関する7つの具体的な行動を示しています。

  1. 森林破壊やHCV1)の低下に寄与しない天然ゴムの生産及び調達を行わない。2019年4月1日以降の森林破壊またはHCV/HCSA2)の劣化した場所でのゴムは認めない。
  2. 自然林及びその他の生態系の長期的な保護活動の支援と森林破壊で劣化したゴム園の景観回復
  3. 土地利用の過程で野焼き禁止
  4. 希少種や絶滅危惧種を含む野生生物の密猟禁止
  5. 水質保全と浸食・堆積を防止
  6. 土壌保全
  7. 泥炭上での天然ゴム園の防止
    1)HCV: High Conservation Value高い保護価値の保護
    2)HCSA:High Carbon Stock Aproach高炭素蓄積地の保護             

 また方針の中でそれぞれの行動についての進捗状況を報告することを謳い、それに基づきメンバーの大規模生産者、加工業者及び販売会社、タイヤメーカー、カーメーカー及び製品の最終ユーザーに対し、2021年の活動について2022年6月30日までにGPSNRに提出することを義務付けました。個々の報告内容については、かなり詳細な情報開示を求めており、農園の所在地・規模とHCV、HCSAとの関連、泥炭地上での栽培有無の特定などから、最終製品のトレーサビリティの確立を進め、持続可能な天然ゴムの生産と調達の実現を目指そうとするもので、GPSNRの本気度がうかがえます。この報告は毎年更新することが求められています。今後集まった情報を集約し、何らかの形で報告書が開示されることが期待されます。

 今回報告をする上で恐らく最大の障害になると思われるのが、産地におけるHCV/HCSA及び泥炭地の特定です。ユーザーサイドと異なり生産者サイドは企業規模や資金力が桁違いに少なく、生産者サイドが自身でHCV/HCSA及び泥炭地の特定は事実上不可能で、国家レベルのデーターベース確立ないしはユーザー側のサポートが不可欠です。生産者サイドのメンバーの多くは、国の指定する国立公園や自然保護地区と農園所在地の関係把握が精一杯で、HCV/HCSAの知見を持っていない状態に置かれており、泥炭地については国の情報が利用できる可能性が多少はあるが、これらを把握して正しく特定するのには時間を要するものと思われます。
 いずれにせよ天然ゴムにおける持続可能な生産と調達の第1歩がいよいよ始まりました。これにより無秩序な生産と消費にブレーキがかかり、産地における森林保全や生態系保全に大きくドライブがかかることを期待したいと思います。

(金澤 厚)

TNFDβ版ならびにCDPの生物多様性取り扱い 解説ウェビナー

 いま、企業の生物多様性対応は、大きな転換期を迎えています。特にESGでは、ネイチャーポジティブの達成に向けて、企業に生物多様性・自然関連の取り組みを促す動きが進んでいます。

 本セミナーではTNFDとCDPを取り上げ、これからの企業が生物多様性をどのように取り扱えばよいか、その概要とポイントを考えていきます。

→お申込みはコチラ

【日時】2022年6月28日(火)15時~16時00分

【開催方法】ウェビナー(Zoom) ※お申込みいただいた方には参加用URLをお送りいたします。

【主催】株式会社エコロジーパス、国際航業株式会社

【参加費】無料

【開催概要】

 1.TNFD β版 にみる生物多様性対応のポイント(エコロジーパス)

 2.CDP質問書における生物多様性の取り扱い解説(国際航業)

 3.質疑応答

 4.生物多様性チャレンジ企業ネットワークの紹介

→お申込みはコチラ

日本版リジェネレーション ~里山の知恵とサステナビリティ~

近年、リジェネレーションという概念が欧米で注目を集めています。リジェレーションとは、現在の状態で地球環境を持続させるのではなく、生態系を現状よりも再生/復元させ、その恵みを高めることで様々な社会課題の解決に結びつけるという考え方です。「また新しい言葉が出てきた」と感じてしまいますが、日本では自然を活かすリジェネレーションの知恵が受け継がれてきました。里山の知恵です。今回は、里山を事例にリジェネレーションを考えます。

里山は、地域によってさまざまな異なる景観を見せますが、特徴はいずれも、畑や水田、屋敷地、鎮守の杜など、人の手が加わった自然がモザイクのように入り組んだ景観になっていることです。里山の農地で行われてきた伝統的農業は、化学肥料や農薬を使う慣行農業と異なり、土壌など自然の力を活かして土地の生産力を再生させ、農業を営んできました。
低地の里山として、江戸時代に作られた三富新田(さんとめしんでん)を取り上げましょう。この新田は、現在の埼玉県入間郡三芳町の上富(かみとめ)地区、所沢市の中富(なかとみ)・下富(しもとみ)地区に位置し、それぞれ共通する富の文字をとって三富(さんとめ)と呼ばれました。三富新田の開拓では、藪状になっていた荒地を、ヤマと呼ばれた農用林(平地林)、耕作地、屋敷地の三か所の合計面積が5町歩(約5ha)ずつ区分できるように均等に分与されました。今でいう環境設計のゾーニングです。そのうち、屋敷地は作業場や母屋として5反(約0.5ha)、畑は一軒あたり2町5反(約2.5ha)、痩せた土地を落ち葉の堆肥で補うために農用林も2町5反(約2.5ha)が確保されました。

三富新田では、貧栄養に強く、萌芽再生力が強いコナラやクヌギ、シデ類、エゴノキ、アオハダなどの落葉広葉樹が農用林として植栽され、管理されています。農家は、ケヤキやアカマツで構成される屋敷林で家屋の立て直し材料を、農用林の間伐材からは薪などの燃料やシイタケのほだ木を得ています。そして農用林から集められた落ち葉は、家畜や家禽の糞が混ぜられて堆肥とされ、そこに薪の灰も加えることで、土づくりが今でも行われています。その畑では、地域特産の富のイモ(サツマイモ)やサトイモ、ホウレンソウなどの野菜が生産されます。出荷した残りの野菜くずも廃棄物にはしません。家畜や家禽の餌としたり、畑の肥料として使われます。
このように三富新田の里山には、農家が自然の恵みを高めるために、自然資源を循環利用し、廃棄物を出さない知恵が見られます。これはサーキュラーエコノミーを実現したシステムであり、里山は循環型社会のロールモデルといえます。また有機物を利用した土づくりは土中の炭素貯留量を高めます。米国で盛んになりつつあるリジェネラティブ農業は、里山の伝統的農業では当たり前のように行われていたものです。

この三富新田には、農家の営みとかかわりを持つ特有の生態系が存在しています。毎年の下草刈りや落ち葉掃きにより、微生物が活発になった土壌では、春にはイチリンソウやスミレの花が咲き、秋にはリンドウや野ギクの花が咲きます。花に訪れるハナバチも多様な種がいて、野菜の受粉を担っています。農用林では、鳥類やタヌキ、野ネズミなどの小動物が生息し、樹林の果実を食べて種子を運び、木々の発芽の機会を生み出しています。露地栽培のサツマイモ畑では、昼間はヒバリやハクセキレイなどの鳥が畑の害虫を捕らえ、夜には、屋敷林にすむアブラコウモリの群れが畑地に飛来し、野菜害虫となる蛾類を捕らえ、天敵としての役割を果たしています。
在来種を利用した受粉媒介や統合的な害虫管理(IPM)といった、農業生物多様性を活用する持続的な農業システムが里山に見られます。

三富新田中富地区の雑木林

次は、山形県鶴岡市の温海(あつみ)地区を例に、山地の里山で行われる「焼き畑農法」を紹介します。温海地区は、江戸時代から杉の伐採地を利用して、焼き畑で赤かぶの栽培を行ってきた集落です。赤かぶの焼き畑では、山に火を入れることで地中の病害虫発生を抑制するとともに、杉を伐採した際に出た枝葉の灰が天然肥料になります。赤かぶ栽培で土の栄養が減った翌年には、やせ地でも育つ蕎麦や豆を育て、最後には若い杉を植林します。次に同じ場所で焼き畑をするのは、杉が樹齢約50年に育ってからで、材を収穫できるとともに、その頃には土の栄養も回復しています。
このように温海地区の焼き畑農業は、農業と林業を組み合わせ、自然の力を活かした土づくりを設計に組み込んだ、持続的な農林業システムといえます。

なお温海地区では、赤かぶ栽培のほかに、シナノキという樹木の樹皮をはぎ、灰汁で煮て乾燥させたものから糸を紡いだ「しな織り」、灰汁であく抜きして日持ち良くした「笹巻き」など、焼き畑により発生した灰を利用した農産物や加工品も販売されています。間伐材は日々の暮らしの薪としても利用されます。このように焼き畑農法に基づく生活の知恵は、地域の産業を支え、自然環境を維持し、そして文化的価値までも生み出しています。

日本各地の里山は、数十年ほど前から、管理が放棄されて藪になってしまうことが問題視されてきました。里山の荒廃は農林業の衰退だけでなく、土砂流出や洪水制御といった災害の発生にもつながることが危惧されています。このような、里山の自然が持つ国土保全の機能は「グリーンインフラ」と称され、新たな価値として注目されはじめています。水田を活用して地下水の涵養や雨水流の流出制御を促進する、森林管理によって生態系を健全に保ちCO2吸収や土砂崩壊防止機能を高めるなど、緑のインフラを活かした防災・減災の場として、里山の自然が見直されています。

これからの企業の生物多様性活動にはネイチャーポジティブの視点が求められます。里山の知恵にならい、たとえばサプライチェーンでの農業や林業といった生産システムをリジェネラティブに変革する事は、ポジティブを拡大するための重要な手法の一つです。自社事業をネイチャーポジティブに変革するために、温故知新の視点をもって里山の知恵に学び、日本版リジェネレーションを考えてみてはいかがでしょうか。

(永石文明)

9/26 伝統芸能と自然の関わり講座のお知らせ

9月26日(日)14:00から、港区エコプラザで開催される講座【伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~】にて、弊社北澤が登壇いたします。

講座の詳細・お申込みはコチラ

能や狂言、歌舞伎といった日本の伝統芸能の舞台道具には植物や動物を材料にした物が多くあり、伝統芸能と自然は深くつながっています。この講座では、歌舞伎で使われている「蓑(みの)」について取り上げ、入手困難になっている状況や原因について、伝統芸能の小道具保全に取り組む「伝統芸能の道具ラボ」主宰の田村民子さんとともに、講演と対話を通してお伝えいたします。

関心のある方のご参加をお待ちしております。

新年のご挨拶

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

本年はいつもと違うお正月を迎えられた方も多かったのではないでしょうか。昨年から続く新型コロナウイルの猛威による影響を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

暗いニュースの多かった2020年ではありますが、その中にも多くの気づきがありました。「密」を避けて自然の中で過ごす機会が見直されたり、里山が残る地方社会への関心が高まったり、自然生態系と人間社会の健全性を一体として考える「ワンヘルス」の重要性が認識されたりと、自然を活かしたレジリエンスの高い持続可能な社会についての認識が深まってきたように思います。

一方、本年は、2030年に向けた生物多様性目標を検討する生物多様性条約のCOP15や、「Great Reset」をテーマにしたダボス会議が、いずれも5月に開催される予定です。図らずも新型コロナウイルスによって時代の分岐点が意識されるようになった現在、将来にわたって豊かな暮らしを続けるためにも、生物多様性をはじめとした環境問題と地域間での社会格差に配慮した社会・経済に、どのように貢献できるかが強く問われています。

弊社でもこれまで培ってきた知見や、ステークホルダーの皆様との信頼をもとに、新しい社会に向けた変革にともに取り組んでいく所存です。

引き続きのご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

株式会社エコロジーパス 社員一同

天然ゴム生産地で始まった国際的な生物多様性の動き

新型コロナウィルスで世の中の変化が加速していますが、そこで注目されている言葉に「レジリエンス(resilience)」があります。SDGsやサステナビリティ経営でよく使われているので耳にされた方もいらっしゃることと思います。この言葉の意味は、復元力、回復力、弾力で、「困難な状況にかかわらずうまく適応する能力」ですが、元々物理学では反発弾性のことを指し、ゴムでは重要な物理的性質の一つでもあります。そのゴム材料の代表「天然ゴム」の世界では今まさしくレジリエントな動きが起きています。今回は天然ゴムに注目して、生物多様性保全とのかかわりを見ていきます。

2018年10月27日、「持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム、GPSNR(Global Platform for Sustainable Natural Rubber)」の設立が発表されました。2019年3月21日には第1回総会がシンガポールで開催され、 3か月後の6月16日にSustainable Natural Rubber Principleとして12原則が公表されました。注目したいのはその第一原則で、泥炭地の保護と生態系の転換、森林破壊及び劣化の回避を進め、天然ゴムの生産を行うことを謳ったことです。

GPSNRの設立メンバーは、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development)のTIP(Tire Industry Project)メンバーであるタイヤメーカー11社とFORDや天然ゴムサプライヤーなど7社を加え合計18社で、その後TOYOTA、GM、RENAULT、BMWの各カーメーカーやWWF、FSCなどの環境系NGOなどが加わり現在45社となっています。天然ゴム栽培の85%を担っているスモールホルダーと呼ばれる農民の意見を代弁する有力なNGOも含まれ、天然ゴムのサプライチェーンを構成する利害関係者がほぼ一堂に会しているといえます。

天然ゴムはタイヤなどの原料として世界中で広く使用されていますが、その原料のゴムは、南米原産のゴムノキ(Hevea brasiliensis)から採取される樹液から作られます。ゴムノキの生育には高温と十分な降雨が必要とされるため、東南アジアなど熱帯多雨の地域でしか育ちません。しかし熱帯では多くの土地が急速に農地へと開発され、残された熱帯林は世界の生物多様性保全上重要なホットスポットとなっています。天然ゴムの需要は経済発展に伴い増加が見込まれます。零細なスモールホルダーと呼ばれる生産者を支援し、熱帯林の破壊を伴わないかたちで増加するゴム需要を賄うことが、いま喫緊の課題となっています。

そこでパームでのRSPOのように、天然ゴムの持続可能なサプライチェーンの国際的枠組みとしてスタートしたのがGPSNRです。天然ゴムの場合、数百万世帯とも言われるスモールホルダーが生産の中心であること、国ごとに複雑な流通経路を持つことなどから、そのトレーサビリティを確認するだけでも気の遠くなる膨大な調査を必要とし、他の農作物で得られたノウハウが簡単に適用できないなどの困難があります。しかしスマホのアプリを使ったスモールホルダーの所在地や農園規模の特定や、生産地域を限定して流通ルートを固定化するなどタイヤメーカーが個別に取り組みを始めています。今後もまだ紆余曲折、困難が予想されますが、少しずつ着実に進み始めています。 一方で、温暖化に伴う生産地域の異常気象は年を追うごとに激甚化しています。日本と同様、何十年に一度の台風や干ばつなどの自然災害が頻発するようになり、天然ゴムの生産が大きく影響を受けるようになってきています。昨年、インドネシアでは深刻なゴムノキの病気が発生し、天然ゴム生産の一大拠点である東南アジアで雨季と乾季の区別がはっきりしないなど、ゴム生産に影響する異常気象が頻発しています。このような待ったなしの状況の中、今後のGPSNRの活動に大いに期待したいものですね。

(金澤 厚)

Sustainable Natural Rubber Principles

1. To advance natural rubber production and processing that protects peatlands, and avoids ecosystem conversion, deforestation and forest degradation based on identification and management of forests and other natural ecosystems as outlined in the guidelines of the High Conservation Value Resource Network, the High Carbon Stock Approach, or other applicable regulatory frameworks.

GPSNR SNR Principles and Founding Members Statementより引用