生物多様性保全のための将来シナリオとは?

 生物多様性条約のCOP15が今年10月に延期されましたが、そこでは2030年に向けた国際目標が議論されます。その前身である愛知目標は、昨年9月に公表された「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」で評価され、達成は不十分であり、2030年までに生物多様性の減少トレンドを逆転するためにはさまざまな分野を統合した社会変革が重要であることが指摘されました(詳しくはコチラ)。また社会変革に向けた統合的取組の重要性を、目標達成への道筋の根拠となる将来シナリオに基づいて描いています。気候変動分野でも主流となっている将来シナリオを用いた分析は、今後、生物多様性分野でも加速すると思われます。GBO5のデータをもとに、生物多様性保全につながるシナリオのポイントを考えます。

 その元となったデータは、オーストリアの研究者Leclèreを中心としたチームが2020年9月にNature誌に投稿した論文「Bending the curve of terrestrial biodiversity needs an integrated strategy」です。タイトルが示す通り、陸域の生物多様性の減少を止め回復するためには統合的戦略が必要、と述べています。SDGsでも異なるゴール間の関係を考慮しなければ効率的な取組は困難と指摘されていますが、そこにもつながる結論です。たとえば生物多様性の問題の多くが農業などによる土地利用から生じていますが、人間に必要な食料生産を確保したうえで生物多様性保全を実現することは、本当に可能なのでしょうか?どんなシナリオであれば実現可能なのでしょうか?この論文は、こうした問いに取り組み、目標達成の可能性を示すための科学的データを示しています。GBO5のFull Reportに引用された図を、ここで紹介します。

図 「成り行き」「保全取組のみ」「統合的な取組」シナリオに基づいた、4つの陸域生物多様性指標の過去および将来のトレンド
改変して引用: Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2020) Global Biodiversity Outlook 5. Montreal.

 この図は、生物多様性の状態を示す4つの指標について、気候変動分野でも利用された社会経済シナリオに基づいて、土地利用の変化と生物多様性との関係をモデル化し、生物多様性の減少傾向を逆転させるシナリオを評価しています。「成り行きシナリオ」では、いずれの指標でも過去の傾向と同じかそれ以上の速度で減少が続きます。一方、「保全取組のみのシナリオ(保護地域の拡大や自然再生、および景観レベルでの保全計画を強化)」では、2075年までには減少が止まり改善に転じる可能性が示されました。ただしこのシナリオは将来的に食料価格を上昇させ、食料供給との対立を生む可能性も指摘されました。

 では生物多様性の保全と食料供給の両立が不可能かというと、そうではありません。保全取組に加えて、農地の生産性向上や農産物貿易の拡大といった供給側の取組、および食料廃棄の削減や食生活の改善といった需要側の取組をあわせた「統合的な取組シナリオ」では、生物多様性の減少を抑えて2050年までに回復の道筋に乗せるとともに、食料生産と衝突することもないことが予想されました。すなわち、生物多様性に支えられるサステナブル社会を維持するためには、自然を保全/再生する取り組みだけでは不十分で、農業の持続性を高めるという生産側の取組みとともに、消費者側も肉食を減らすといった食生活の変革を含めた、統合的な取り組みが欠かせないことをこの図は示しています。言い換えれば、自然や生き物を守る活動はもちろん必要ですが、それだけではサステナブル社会の構築は不可能で、持続可能な生産消費といった社会変革の取り組みが欠かせないということです。

 昨年、EUが生物多様性戦略とFarm to Fork(食料システム)戦略を同時に採択したのも、欧州が掲げる持続可能な成長戦略「グリーン・ディール」の推進に、統合的視点が欠かせないからにほかなりません。日本でも農林水産省を中心にした「みどりの食料システム戦略」などの動きが見られます。

 企業にとって、こうした統合的な動きはどう関係してくるのでしょうか。一番のポイントは「事業の中での生物多様性配慮」が一層求められることだと言えます。統合的な取組の中で、いま最も焦点が当てられているのは土地(海洋)利用であり、農林水産業です。関連する企業は、土地や海洋利用の視点から生物多様性と事業との関係を明確にするとともに、新たな土地開発の抑制、有機農業や生物と共生できる農地整備、荒廃地の自然再生といった対応を始めることが急務と言えます。また直接的に自然資源を利用しなくとも、食料廃棄の抑制、食生活の転換(肉食の抑制)など消費者側の取り組みも統合的に進むことを考えると、無関係の企業は少数かもしれません。

 生物多様性のシナリオは、今後、土地利用だけでなく、外来生物や汚染といった観点へと拡大し、それらも包含した取り組みが求められることは必至です。10月開催予定のCOP15ではこうしたシナリオが再度注目されることになると思いますので、事業と生物多様性の関係性を踏まえ、自社の取り組みを再考する機会にしてみてはいかがでしょうか。

(北澤 哲弥)

愛知COP10から10年、これからの生物多様性の重点領域は?

9月15日、生物多様性条約事務局は、世界の生物多様性を保全するための2020年までの戦略計画「愛知ターゲット」の進捗状況をまとめた「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5:Global Biodiversity Outlook5)」を発表しました。

レポートによると、侵略的外来種の特定や保護地域の面積など、小項目では当初目標を達成できたものもあり、2010年名古屋でのCOP10以降、生物多様性の保全に向けた一定の進捗が見られています。しかし生物多様性を構成する生態系、種、遺伝子のいずれのレベルでも、その損失は止まっていません。20の目標のうち完全に達成されたものはゼロ、部分的に達成された目標も6つだけ。このレポートは、我々の取り組みが不足していることを明確に示しています。
日本自然保護協会が上記の結果をより詳しくまとめています)

COVID-19の影響で来年に延期されたCOP15では、2030年に向けた生物多様性フレームワークが議論され、その結果がSDGsなどにも反映されます。SDGsの目標年でもある2030年までに生物多様性の損失を止め、プラスに転じていくためにはどうすればよいのでしょうか。このレポートでは、1つの正解は存在せず、様々な取り組みを組み合わせていく必要があることを示しています。

改変して引用: Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2020) Global Biodiversity Outlook 5. Montreal.

そして8つの分野に着目し、変革の重要性を訴えています。
1)陸域と森林の保全と再生
2)淡水域の保全と再生
3)海洋の保全再生と持続可能な漁業への移行
4)持続可能な農業への移行
5)供給から消費まで、サステナブルで健康な食料システムへの移行
6)自然を活用した都市とインフラ構築
7)生物多様性を含む他のSDGsにもプラスとなる気候アクション
8)健全な生態系が人々の健康につながるワンヘルス・アプローチ

今回のレポートは、企業にとっても生物多様性への対応を再考する機会となります。上記8つの視点を持ちながら、自社と生物多様性との関係を見つめ直してみると、これまでに見えていなかった新しい気づきがあるかもしれません。

(北澤 哲弥)