世界目標に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントとは?

「工場内の緑地に生物の生息環境をつくっている」「生物多様性に配慮した社有林管理を進めている」「NPOとともに地域の自然を守る活動に取り組んでいる」
 自社有地や周辺地域で、希少な動植物や生態系の保全活動を行っている企業は多くあります。しかし同時に、こうした取り組みが評価されず困っている、という声も聞かれます。その状況改善のための方法はいくつかありますが、国や世界目標と関連づけることもその一つです。2030年に向けた生物多様性の国際目標(案)から保護区、特にOECMに注目し、世界に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントを考えてみます。

 今秋開催予定の生物多様性条約COP15では、2030年に向けた生物多様性の国際目標が検討されます。その中に、世界の陸と海の地域の少なくとも30%を保護区にするという目標(案)があります。愛知目標では陸域の17%、海域の10%だったので、かなり野心的です。しかし逆に言えば、陸域と海域の30%くらいの面積を守らなければ、生物多様性を効果的に保全することができないということです。

 この30%という数値をもう少し掘り下げてみましょう。地球上の陸域は29%が氷河や砂漠に覆われ、残りの71%に大半の生物が生息しています。ただ、半分はすでに農地などに開発されているため、現在も自然が残る地域は陸域の35%ほどです。30%という面積を達成するには残る自然地の大半を保護区にしなければならず、増加する食料や資源需要との間で「保全vs利用」の対立が起こりかねません。

 そんな対立をどう避ければよいのか、一つのヒントが新目標の中に書かれています。国立公園のような保護区以外の仕組みによって生物多様性を保全する手法で、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)と呼ばれています。保護区のように保全だけを目的として他の活動を排除するのではなく、利用されている場所であっても保全と両立できていれば生物多様性に貢献している場所とみなす、ということです。例えば、公的な保護区以外の場所で、保全を目的に管理が行われている場所(例:バードサンクチュアリ、工場敷地のビオトープなど)、主目的ではないが二次的な目的として生物多様性への配慮が行われている場所(例:自然豊かな都市公園、環境保全型の農地など)などが考えられます。
 今年6月に行われたG7サミットでG7・2030年「自然協約」が採択されましたが、ここでもOECMが保全目標達成の重要な手段として位置付けられており、関心の高さがうかがえます。

 このOECMとして企業の保全活動地が認められれば、自然資本としての価値が明確になるとともに、国や世界目標に貢献することになり、生物多様性を主流化するための追い風になります。そこで気になるのは、どんな場所がOECMの対象となるかという点です。基準はこれから検討される予定ですが、IUCNのガイドラインをもとに抑えるべきポイントを考えてみます。

1)対象地の長期的な統治および管理へのコミット: 生物多様性を保全するために、安定して持続的な土地の統治管理体制が求められます。社有地であれば、その土地を長期にわたり生物多様性の保全のために供し、土地改変などを行わないことの確約などが求められることになりそうです。

2)生物多様性保全を目的に含む土地利用の方針や計画、確実な実施: その土地で、効果的に生物多様性保全や生態系サービスの維持が実現しているかどうかは、不可欠な情報です。社有林や工場であれば、生物多様性保全の目的を明記した土地利用の方針、生物多様性への負荷を低減する取り組みや生息環境の保全に関する管理計画・実施記録など、エビデンス資料となる情報の整理が重要なポイントとなりそうです。

3)活動効果を検証するモニタリング: 生態系の再生・復元の際に、意味のある成果が出ているかが求められます。工場敷地でのビオトープ創出であれば、地域本来の動植物の再生が実現しているか、生物多様性の減少要因が低減されているか、長期的に維持する体制があるか、といった点がポイントになります。こうした情報を集めるため、モニタリング調査やデータを活用する保全管理の体制が不可欠です。

 上記のポイントを踏まえることは自社の土地管理の可視化につながり、OECMのみならず、第三者に自社の取り組みを伝えていくうえでの強みとなります。TNFDやCDPなど、企業による生物多様性へのインパクトや貢献を情報開示ししていくESGの流れは、今後ますます進んでいきます。その準備のためにも、OECMの考え方に倣い自社の土地の管理方法を見直してみてはいかがでしょうか。

◆参考文献
IUCN-WCPA Task Force on OECMs (2019) Recognising and reporting other effective area-based conservation measures. Gland, Switzerland: IUCN.

(北澤哲弥)

小さくはじめる生物多様性活動

 「生物多様性の取り組み、何から始めてよいのかわからない」「始めてみたものの、事業とのつながりがわからない」といった悩みをお持ちではありませんか。自然の姿は場所が変われば大きく異なり、事業との関わり方も企業ごとにまちまちです。そのため画一的な方法を当てはめにくく、何をすればよいかがわからない、なかなか始められないといった原因になっています。

 そんな悩みの糸口になりうるのが「スモールスタート」です。企業による生物多様性の取り組みは、サプライチェーンや事業全体で生物多様性との関連性の把握から始めること、とよく言われます。もちろん一理ありますが、最初から人員や予算を割いて大々的に行うことは難しいもの。そこで歩みが止まってしまっては、元も子もありません。まずは範囲を限定して一つの拠点で、規模は小さくともポイントを押さえた活動を始めてはいかがでしょうか。そんなスモールスタートのポイントについてご紹介します。

 なぜスモールスタートか。その利点は①開始までのハードルが低い、②失敗してもリスクが小さい、③トライ&エラーを通した改善が容易、という3点にあります。先の見えづらい活動に最初から大きな予算をつけにくいという運営上の理由に対し、まずは少ない予算・人数で始められることは大きなメリットです。また野外で自然を相手にするのですから、思ったような結果にならないことはよくあります。だからこそモニタリングで効果を測定し、結果が出ない場合はやり方を修正して再び試すトライ&エラーが、生物多様性の取り組みには適しています。

 ただ、小規模だからと言って、簡単にできることをやるだけでは効果的な活動にはなりません。たとえば、メダカを事例に考えてみましょう。身近な魚の代表だったメダカは、いまや国の絶滅危惧種です。その保護活動を行えば、生物多様性の保全につながる、これは間違いありません。しかし「メダカが減っているのは分かった。ただ、うちの会社がメダカを守る理由は何か?」と上司に問われたら、何と答えますか?
 「メダカは地域にとって大切だから」という回答では、その活動は企業にとって地域・社会貢献という位置づけ以上にはなりえません。言い換えれば、その企業の生物多様性保全活動がメダカでなければならない理由はないということです。他に優先的な課題が出てきたり、担当者が変わったりすれば、メダカの活動は打ち切りになるかもしれません。
 「排水先の河川でメダカが暮らすのは排水による悪影響が無いことの証し。だからメダカが暮らせる環境を守る」という回答であれば、その活動は環境負荷低減という事業との関わりが出てきます。排水基準を守ることは当然ですが、それ以外の部分で、自社の操業が周辺環境に対して本当に悪い影響を及ぼしていないか、ということを証明する生物指標として、メダカが暮らせる環境を維持しているわけです。
 他にも「環境保全型農業でつくられた農作物を扱っており、メダカがいる小川は自然と共生する作物のシンボル。だからメダカを保全する」という回答もあるかもしれません。その場合、商品の品質を裏づける存在として、また商品PRのシンボルとして、メダカは事業と深く関わる生物です。だからこそ社をあげてメダカを保全している、と言うストーリーが描けます。

 このように、スモールスタートであったとしても、事業や拠点と周辺の自然とのかかわりを押さえることは、生物多様性を踏まえた価値創造ストーリーを描くうえで重要です。一つの拠点だけで事業全体と生物多様性とのかかわりを把握できるわけではありませんが、考え方や視点を学ぶことができ、時間や労力も少なくて済みます。まずは一つの拠点で、規模は小さくとも効果の高いスモールスタートをきり、これをモデルとして他の拠点や全社的な取り組みにも展開できれば、生物多様性を社内で主流化する糸口になりえます。

 今秋は生物多様性条約のCOP15が開催され、2030年に向けた生物多様性の目標が設定されます。これにあわせ、国内でも様々な目標が更新される予定です。気候変動に関する取り組みがここ数年で大きく動いたように、生物多様性への世界的な潮流は次の数年で大きく動くことになるでしょう。生物多様性の取り組みをスタートしたい、あるいはリスタートを考えている方にとって、今年は絶好のタイミングとなりそうです。

 弊社ではこの5月より、拠点で始めるスモールスタート支援サービスを開始いたしました。工場など一つの拠点に絞り、事業とかかわりがある生物多様性の評価(スクリーニング)と保全活動の提案を、弊社のコンサルタントが支援するサービスです。ご関心ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

生物多様性保全のための将来シナリオとは?

 生物多様性条約のCOP15が今年10月に延期されましたが、そこでは2030年に向けた国際目標が議論されます。その前身である愛知目標は、昨年9月に公表された「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」で評価され、達成は不十分であり、2030年までに生物多様性の減少トレンドを逆転するためにはさまざまな分野を統合した社会変革が重要であることが指摘されました(詳しくはコチラ)。また社会変革に向けた統合的取組の重要性を、目標達成への道筋の根拠となる将来シナリオに基づいて描いています。気候変動分野でも主流となっている将来シナリオを用いた分析は、今後、生物多様性分野でも加速すると思われます。GBO5のデータをもとに、生物多様性保全につながるシナリオのポイントを考えます。

 その元となったデータは、オーストリアの研究者Leclèreを中心としたチームが2020年9月にNature誌に投稿した論文「Bending the curve of terrestrial biodiversity needs an integrated strategy」です。タイトルが示す通り、陸域の生物多様性の減少を止め回復するためには統合的戦略が必要、と述べています。SDGsでも異なるゴール間の関係を考慮しなければ効率的な取組は困難と指摘されていますが、そこにもつながる結論です。たとえば生物多様性の問題の多くが農業などによる土地利用から生じていますが、人間に必要な食料生産を確保したうえで生物多様性保全を実現することは、本当に可能なのでしょうか?どんなシナリオであれば実現可能なのでしょうか?この論文は、こうした問いに取り組み、目標達成の可能性を示すための科学的データを示しています。GBO5のFull Reportに引用された図を、ここで紹介します。

図 「成り行き」「保全取組のみ」「統合的な取組」シナリオに基づいた、4つの陸域生物多様性指標の過去および将来のトレンド
改変して引用: Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2020) Global Biodiversity Outlook 5. Montreal.

 この図は、生物多様性の状態を示す4つの指標について、気候変動分野でも利用された社会経済シナリオに基づいて、土地利用の変化と生物多様性との関係をモデル化し、生物多様性の減少傾向を逆転させるシナリオを評価しています。「成り行きシナリオ」では、いずれの指標でも過去の傾向と同じかそれ以上の速度で減少が続きます。一方、「保全取組のみのシナリオ(保護地域の拡大や自然再生、および景観レベルでの保全計画を強化)」では、2075年までには減少が止まり改善に転じる可能性が示されました。ただしこのシナリオは将来的に食料価格を上昇させ、食料供給との対立を生む可能性も指摘されました。

 では生物多様性の保全と食料供給の両立が不可能かというと、そうではありません。保全取組に加えて、農地の生産性向上や農産物貿易の拡大といった供給側の取組、および食料廃棄の削減や食生活の改善といった需要側の取組をあわせた「統合的な取組シナリオ」では、生物多様性の減少を抑えて2050年までに回復の道筋に乗せるとともに、食料生産と衝突することもないことが予想されました。すなわち、生物多様性に支えられるサステナブル社会を維持するためには、自然を保全/再生する取り組みだけでは不十分で、農業の持続性を高めるという生産側の取組みとともに、消費者側も肉食を減らすといった食生活の変革を含めた、統合的な取り組みが欠かせないことをこの図は示しています。言い換えれば、自然や生き物を守る活動はもちろん必要ですが、それだけではサステナブル社会の構築は不可能で、持続可能な生産消費といった社会変革の取り組みが欠かせないということです。

 昨年、EUが生物多様性戦略とFarm to Fork(食料システム)戦略を同時に採択したのも、欧州が掲げる持続可能な成長戦略「グリーン・ディール」の推進に、統合的視点が欠かせないからにほかなりません。日本でも農林水産省を中心にした「みどりの食料システム戦略」などの動きが見られます。

 企業にとって、こうした統合的な動きはどう関係してくるのでしょうか。一番のポイントは「事業の中での生物多様性配慮」が一層求められることだと言えます。統合的な取組の中で、いま最も焦点が当てられているのは土地(海洋)利用であり、農林水産業です。関連する企業は、土地や海洋利用の視点から生物多様性と事業との関係を明確にするとともに、新たな土地開発の抑制、有機農業や生物と共生できる農地整備、荒廃地の自然再生といった対応を始めることが急務と言えます。また直接的に自然資源を利用しなくとも、食料廃棄の抑制、食生活の転換(肉食の抑制)など消費者側の取り組みも統合的に進むことを考えると、無関係の企業は少数かもしれません。

 生物多様性のシナリオは、今後、土地利用だけでなく、外来生物や汚染といった観点へと拡大し、それらも包含した取り組みが求められることは必至です。10月開催予定のCOP15ではこうしたシナリオが再度注目されることになると思いますので、事業と生物多様性の関係性を踏まえ、自社の取り組みを再考する機会にしてみてはいかがでしょうか。

(北澤 哲弥)