2030年ネイチャーポジティブに向けた国際枠組が採択。企業がとるべき行動は?

 年の瀬が迫る12月19日、カナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約COP15にて、2030年に向けた国際目標「昆明―モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。自然の減少を止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」を2030年までに達成するという野心的なゴールと、その達成に向けた23の個別目標に世界が合意したことは大きな成果です。この枠組では、企業や金融機関にもその推進役になることが求められています。その役割とはどのようなものなのでしょうか。

 まず枠組の全体像を見てみましょう。2050年に自然と共生する世界を描き、そのために2030年までにネイチャーポジティブを達成することがこの枠組の軸となっています。その実現に向けて23の個別目標が設定されています。目標1~8までは、絶滅危惧種の保全や生物多様性を減少させる要因(土地利用、資源利用、外来生物、汚染、気候変動)の縮小に関する目標が並びます。続く目標9~13には農業や都市などで生態系サービスを高め持続的に利用するための目標が、そして目標14~23は上記の目標を実施し主流化するためのツールと解決策に関する目標が記載されています。企業とかかわりの深いいくつかの目標をピックアップしてみます。なお目標および枠組の全体については、環境省が暫定訳を公開しています。

昆明ーモントリオール生物多様性枠組の概要 (環境省暫定訳を参考にエコロジーパス作成)

◆目標3「陸域と海域のそれぞれ30%を守り、効果的に保全管理する(30by30)」
 日本はすでに陸域の20.5%が公的な保護地域となっていますが、30%を達成するにはあと35,900㎢増やさなければなりません。これは関東1都6県よりも広く、それだけの面積を公的な保護地域だけでカバーするのは困難です。そこで注目されているのがOECM(公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)です。企業緑地や社有林、里山の農地など、公的な保護地域ではなくても、生物多様性に配慮した管理によって自然と共生する土地利用を実現している場所であれば、OECMに該当する可能性があります。30by30に貢献するためには、環境省が検討している自然共生サイトの枠組みを通して、その自然の価値を調べ、その価値を保全するための管理を実施し、保全効果を検証するためのモニタリング調査を行えるような体制構築が求められます。

◆目標10「農林水産業の持続可能性と生産性を両立させる」
 増加する世界人口を賄うための生産性と同時に、農業にとって欠かせない生態系サービスの持続性を高めるために生物多様性の減少を食い止めて回復させることが、これからの農業には求められます。目標7に記載された農薬や化学肥料の半減とも関わりますが、農業の環境負荷を減らし化学物質だけに頼らないIPMや有機農業、土壌中の炭素貯留量を高めるリジェネラティブ農業といった取組がすでに始まっています。こうした取組は生産者だけに任せればよいというものではありません。食品・飲料産業や小売業など食料システムに関わる企業は、そのサプライチェーンを通して農地を支える生物多様性に依存しています。サプライチェーンの持続性を高めることは調達リスクを低下させ、Z世代などの新しい市場ニーズに対応することにもなり、生産に直接関わらない企業にとっても、重要な取り組みになります。

◆目標15「企業や金融機関の情報開示を支援し、自然関連リスクを減らす(ビジネスの変革)」
 情報開示を通した企業への働きかけを軸とした目標です。大企業や金融機関には、自然関連の依存と影響、リスクと機会を評価し、報告することが、各国政府から求められることになります。ドラフト段階で入っていた情報開示の義務化や、企業による負の影響を2030年までに半減するといった数値目標は除外されました。とはいえ、TNFDのような情報開示枠組、EUでの森林破壊防止のためのデューデリジェンス義務化など、ビジネスを変革する動きは着々と進んでいます。カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを両輪とした持続可能な経済に向けて、ビジネスモデルの変革をはじめている企業も出てきています。この目標により、大企業(サプライチェーンでつながる中小企業も含め)が進むべき道は、より一層明らかになったと言えます。

◆目標18「有害な補助金5000億ドルを削減する」
◆目標19「2030年までに2000億ドルを動員する」
 生物多様性を減少させる事業の中身を変革させたり、プラスになる分野に資金の流れを変えたりするための目標です。これには国や自治体だけでなく、民間主体の行動も期待されています。たとえば自然関連の投資、生物多様性オフセットやクレジットといった生物多様性市場への参加、また目標8とも関連しますが気候変動と生物多様性の課題を同時解決して資金を効率的に使うこと、などが挙げられています。生物多様性条約事務局が2020年に公開したGBO5では、土地と森林、持続可能な農業、漁業と海洋、持続可能な食料、都市とインフラ、持続可能な淡水、気候変動対策行動、ワンヘルスという8つの領域が、自然と共生する世界に向けて移行するための基盤になると述べています。こうした分野では、ネイチャーポジティブ経済に向けて資金の流れが変わっていくことが予想されます。

 2030年に向けた目標がようやく決まり、つぎは実践です。2023年は「卯年」。ネイチャーポジティブというゴールに向け、皆様が素早くスタートをきられることを期待しております。

(北澤 哲弥)

愛知COP10から10年、これからの生物多様性の重点領域は?

9月15日、生物多様性条約事務局は、世界の生物多様性を保全するための2020年までの戦略計画「愛知ターゲット」の進捗状況をまとめた「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5:Global Biodiversity Outlook5)」を発表しました。

レポートによると、侵略的外来種の特定や保護地域の面積など、小項目では当初目標を達成できたものもあり、2010年名古屋でのCOP10以降、生物多様性の保全に向けた一定の進捗が見られています。しかし生物多様性を構成する生態系、種、遺伝子のいずれのレベルでも、その損失は止まっていません。20の目標のうち完全に達成されたものはゼロ、部分的に達成された目標も6つだけ。このレポートは、我々の取り組みが不足していることを明確に示しています。
日本自然保護協会が上記の結果をより詳しくまとめています)

COVID-19の影響で来年に延期されたCOP15では、2030年に向けた生物多様性フレームワークが議論され、その結果がSDGsなどにも反映されます。SDGsの目標年でもある2030年までに生物多様性の損失を止め、プラスに転じていくためにはどうすればよいのでしょうか。このレポートでは、1つの正解は存在せず、様々な取り組みを組み合わせていく必要があることを示しています。

改変して引用: Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2020) Global Biodiversity Outlook 5. Montreal.

そして8つの分野に着目し、変革の重要性を訴えています。
1)陸域と森林の保全と再生
2)淡水域の保全と再生
3)海洋の保全再生と持続可能な漁業への移行
4)持続可能な農業への移行
5)供給から消費まで、サステナブルで健康な食料システムへの移行
6)自然を活用した都市とインフラ構築
7)生物多様性を含む他のSDGsにもプラスとなる気候アクション
8)健全な生態系が人々の健康につながるワンヘルス・アプローチ

今回のレポートは、企業にとっても生物多様性への対応を再考する機会となります。上記8つの視点を持ちながら、自社と生物多様性との関係を見つめ直してみると、これまでに見えていなかった新しい気づきがあるかもしれません。

(北澤 哲弥)