1月、世界経済フォーラムがGlobal Risk Report 2023を公開しました。気候変動と生物多様性が長期リスクの上位を占める傾向は変わりませんが、リスク同士の相互関連に焦点を当てた分析が加わったことは、今年の特徴です。「今後10年のうちに生物多様性の減少、気候変動、汚染、天然資源の消費、社会経済的要因の相互作用が危険な組み合わせになる」とレポートは指摘しています。関連しあう課題に別々に対応すると、別の課題との間にトレードオフが発生することもあります。そこで重要になるのが統合的視点を持ち、関連する課題の同時解決策を推進することです。今回は、このレポートをもとに同時解決について考えます。
Global Risk Report 2023は、いま深刻度が急速に増しているリスク・クラスター(相互関連しあうリスク群)として、5つの項目を示しています。その1番目が自然生態系に関するもので、「自然生態系は、気候変動と関連したトレードオフおよびフィードバック・メカニズムの増大により、自然資本リスク(水、森林、生物といった「資産」)が悪化し、取り返しのつかない状態になる」と報告書は指摘しています。
◆気候変動と生物多様性
気候変動は生物多様性を減少させる要因の一つであると同時に、生物多様性の減少は気候変動を加速させる要因でもあります。気候変動が進めば生物多様性が減少し、生物多様性の減少がさらなる気候変動を助長する。この負のフィードバックが加速してしまえば、ネットゼロもネイチャーポジティブも大きく遠のいてしまいかねません。実際、気候変動に伴う異常気象が山火事を誘発し、森林の減少・劣化を招き、森林による気候緩和の効果が低下するケースが生じています(IGES 2021)。
しかしやり方によっては正のフィードバックを生み出し、お互いに利益を得ることもできます。自然を活用して生物多様性を含む複数の社会課題の同時解決に貢献する、こうした取組みは「自然を基盤とした解決策(Nature-based Solutions, 以下NbS)」と呼ばれます。例えば減少の著しいマングローブ林の再生は、生物多様性の保全だけでなく、炭素の貯留量を増やし、さらには漁業や海岸防災にも貢献するNbSの事例です。自然を活かした気候緩和策は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(以下、GBF)でも目標8に掲げられ、注目度の高さがわかります。(GBFの記事はコチラ)。
両者の関係はNature-Climate Nexusとして注目され、TNFDv0.3でも自然と気候に関する目標の整合性とトレードオフについて開示が求められています。気候と自然を統合的にとらえ、行動することが当たり前の時代が近づいています。
◆食料生産と生物多様性
またレポートでは、生物多様性保全とトレードオフを起こしやすい課題を2つ挙げています。その一つが「食料安全保障」です。農業と畜産業が利用する土地は陸域の35%以上を占め、生物多様性を減少させる最大の直接要因と言われます。現在の地政学的リスクからの国内生産強化は、生物多様性との間にトレードオフを生む、とレポートは指摘します。また世界人口の増加が農地の拡大圧力につながれば、生物多様性への脅威はさらに拡大します。野放図な農地拡大から自然を守る一つの方法は保護区ですが、それだけでは利用と保護の対立を招くことは明らかです。重要なことは、GBFがターゲット10に掲げる「農林水産業の持続可能性と生産性を両立させる」という同時解決です。
日本では2021年に農水省がみどりの食料システム戦略を打ち出し、「生産力の向上と持続性の両立」をビジョンとして掲げました。環境との関係では「化学農薬を2050年までに半減」という目標に注目が集まっていますが、現在の農業のやり方のまま単に農薬を減らすだけでは病害虫が発生し、生産性が落ちてしまいます。そこで重要なのは、統合的病害虫管理(IPM)の考え方です。土壌微生物や土着天敵など、農業生産に役立つ生物が豊かに暮らす農地をつくることで初めて、農地生態系の抵抗力が高まります。まずは農地生態系という自然の力を活かして病害虫を予防し、それでも発生してしまったときには、最終手段として農薬を利用するというのがIPMのやり方です。他にもオーガニックやリジェネラティブ農業など、自然を活かした農業が少しずつ拡がり始めています。しかしこれらが農家の負担を増やすものでは、今後の広がりは期待できません。日本の農家は、担い手不足などの課題を抱えています。そうした農家に対し、農業生産を落とさずに農薬散布の労力やコストを軽減し、さらには生物多様性・気候といった環境にも優しい農業というパッケージとして、自然を活かした新しい農業を示すせるかが、今後の課題にりそうです。
◆グリーンエネルギーと生物多様性
課題の二つ目は「グリーンエネルギー」とのトレードオフです。化石燃料からグリーンエネルギーへの移行は気候緩和策として重要ですが、その急速な拡大は生態系に意図しない影響を与えることがあります。例えば、バイオマスエネルギーの推進が森林破壊やエネルギー作物栽培のための農地拡大につながるケースが報告されています(IGES 2021)。また発電インフラが依存する鉱物の利用量増加は、資源採掘や廃棄段階において森林破壊や水質汚染を引き起こす可能性もあります。
グリーンエネルギーの拡大が生物多様性を減少させれば、気候変動との負のフィードバックをひき起こし、せっかく進めた気候緩和の効果が薄れてしまいかねません。限られた資源や労力を有効に投資するためにも、トレードオフを回避する解決策が必要です。例えば、太陽光パネルの下を牧草地として利用し土壌中の炭素蓄積量を高める取組や、洋上風力発電が漁礁となって漁業資源を高める取組などは、クリーンエネルギー・生物多様性・食糧生産の同時解決を目指す取組などがあります。
◆同時解決のために必要なことは?
愛知目標が未達に終わった理由として、農林水産業やエネルギーなど、セクター横断的な経済や社会の変革が不十分だったことが挙げられます。「他の分野と合わせて取り組まない限り、どれだけ集中的に個別の分野に取り組んだとしても生物多様性の損失の『流れを変える』ことはできない」とIPBES報告書は指摘しています。トレードオフが生じたり、正のフィードバックが得られなかったりする背景には、関連する分野やセクターを縦割りで考えてしまうこと、ステークホルダーの利害が無視されて(あるいは、気づかずに)協力が進まないこと、などが根本にありそうです。
ではどうすれば、セクターを横断した効果的な同時解決の取組を作れるのでしょうか。正解はありませんが、協力の輪を拡げるためのポイントはあります。
・ 自分は何を求めているのか?
・ 関連しあう相手は誰か?(社内の他部署や外部ステークホルダーなど)
・ 相手は何を求めているのか?
・ 地球の利益は何か?
これは「協力のテクノロジー 関係者の相利をはかるマネジメント」を参考に、協力を拡げるはじめの一歩を示したものです。ポイントを押さえて情報を整理し、自分/相手/地球の三者ともに利益が得られる活動を検討することで、相手とのトレードオフ回避やシナジー創出につながりやすくなることが期待されます。
新型コロナで先延ばしになってきたGBFがようやく決まり、次は行動が求められます。ステークホルダーと協力し、効果的な同時解決の取組を進めていただければと思います。
(北澤 哲弥)