TNFDの情報開示について理解を深めていくと、LEAPに沿った評価をバリューチェーン全体で進めることにハードルの高さを感じ、そこで二の足を踏んだしまう方も多いようです。しかし評価が大変だから取り組みが進まないとなっては本末転倒で、企業にも自然にもメリットがありません。
生物多様性の課題はTNFDが示しているように、地域によって異なります。全体の評価が全て終わってから企業全体としての共通アクションを考えるのではなく、地域の状況に応じた効果的なアクションを一つずつ積み重ね、それらを束ねて企業全体の開示につなげる。そんなボトムアップの取り組みこそが効果的な情報開示につながるのではないでしょうか。
このブログ前編では弊社が重視する「地域レベルでTNFDを活かす」という視点を2回に分けてご紹介します。第1回では、①ビジネスと自然の関係をどう捉えるか、②TNFDが推奨する開示項目、③開示をはじめる際の注意点、の3項目を取り上げ、TNFDの全体概要についてお伝えいたします。
(この記事は、2023年11月に開催した弊社セミナー及び2024年2月のグローバルコンパクト環境経営分科会での講演内容をもとに作成しました)
1) ビジネスと自然の関係をどう捉えるか?
TNFDの情報開示の根本は、自然とビジネスのつながりをしっかり理解することにあります。図1はそのつながりを可視化したものです。TNFDでは自然に存在する生態系、水や土などを「環境資産」として捉え、そこからのフローとして自然の恵みである「生態系サービス」が生み出されます。
食品関連事業を事例にすれば花粉媒介や土壌保全、病害虫防除といった恵みを受けて農作物という価値が生み出され、事業が成り立っています。資産である生態系を支えているのが「生物多様性」です。例えば花粉を運んでいた特定のハチ1種がいなくなったとしても、生物多様性が保たれていれば他の種が代わりに花粉を運んでくれるので花粉媒介サービスが低下することはありません。
つまり企業が安定して価値を生み出し続けるには、依存する生態系サービスを生み出す資産である生態系が健全に保たれる必要があり、そのために生物多様性が重要だということです。これがビジネスの自然への依存です。
しかしビジネスが依存する生物多様性は、いま急激に減少しています。土地開発や資源の過剰利用、汚染といった人間活動による「インパクト」が原因です。インパクトを受けて動植物が減ると、生態系が劣化してその機能が低下するため、ビジネスや社会は生態系サービスをこれまでと同じように得られないリスクにさらされます。
逆に言えば、生物多様性にポジティブなインパクトを増やすことができれば、生態系サービスが改善され、ビジネスの持続性を高める(リスクマネジメント、機会)ことにもつながります(図2)。
これが自然関連のリスクと機会です。
2) TNFDが推奨する開示項目
このような考えに基づき、事業が依存する生態系サービスの低下リスクをどうマネジメントしようとしているのか、生物多様性に直接影響する事業インパクトをどう制御しようとしているのか、それぞれの企業の対応を可視化するフレームとして示されたのがTNFDです。
TNFDではどのような情報開示が求められるのでしょうか。図3がTNFDの求める開示提言です。ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲットの4つの柱に沿った開示が推奨されています。この4本柱および開示が推奨される14項目のうち11項目はTCFDと共通の構造で、気候と自然とを統合的に開示しやすいつくりになっています。
残る3項目(図3の赤枠内)はTNFD固有の項目で、人権とエンゲージメント、優先地域の特定、バリューチェーンの評価です。このうち優先地域の項目については、自然関連課題が場所によって大きく異なるという特徴があるために、追加された項目です。例えば新たに工場をつくる場合、すでに自然が開発された人工的な場所に建設する場合と、森や農地を新たに造成して建設する場合とでは、自然に及ぼすインパクトやその結果として生じる影響も違ってきます。こうした違いをとらえるために、TNFDでは地域性に注目をしています。後述するLEAPアプローチは、地域性を踏まえた自然関連情報の集め方を示すガイダンスになっています。
3) 開示をはじめる際の注意点
こう見ると、TNFDでは求められる開示内容が幅広いことに驚きます。バリューチェーン全体を通して自然とビジネスの関係を把握して対応することは、とても一度にできることではありません。そのためTNFDも、一部の事業や項目から段階的に取り組めばよいと言っています。
ただし「TNFDに沿った開示をしています」と言いつつも一部だけの開示にとどまり続けると、グリーンウォッシュと言われかねません。そうでないことを示すため、TNFDでは図4に示した7つのステップを踏まえることを推奨しています(図の下の7項目が各項目の日本語訳)。
1. 自然についての理解を深める
2. 自然関連の取組の妥当性・投資価値を整理し、取締役会と経営陣の賛同を得る
3. 今あるものから開示を開始する(他の仕事を活用)
4. 長期計画を立て、計画とアプローチを伝える
5. エンゲージメントを通して、集団的進歩を促す
6. 進捗状況をモニタリングし、評価する
7. TNFD採用の意思を登録する(TNFDのウェブサイトで公開される)
いくつかポイントを抜き出すと、項目2には、取締役会から賛同を得て組織として取り組む体制を確保すること、が挙げられています。
情報は全部出揃うのを待つことなく、いま揃っているものから開示を始めればよい(項目3)のですが、グリーンウォッシュと指摘されないように、今後の開示範囲の拡大についての計画もあわせて示すことが重要です(項目4)。
また情報収集の際には、サプライヤーや地域コミュニティなどの協力が欠かせません。協力いただく相手も自然やTNFDへの理解が求められますので、項目5ではエンゲージメントを通して皆で理解を深め、取り組む体制づくりが求められています。
最後の項目7では、TNFDのウェブサイトへの登録を挙げています。1月のダボス会議でTNFDのearly adapterが発表されましたが、TNFDを採用している企業をリスト化する取組はこれからも継続されるようです。
TNFDに沿った開示を進める企業は、これらのポイントを踏まえることで、効果的な開示への準備を進めることができます。ただし企業がTNFDに取り組む本質は情報を開示する事ではなく、ネイチャーポジティブな企業として投資家に評価されることにあります。開示をいそぐ前に、ネイチャーポジティブな事業への変革に向けた取組を着実に進めなければ、開示した時に外部から評価される情報を集めることはできません。開示に焦ることなく、地道な活動を積み重ねることこそが、効果的な開示につながる早道なのではないでしょうか。
(北澤 哲弥)