OECMを事業のサステナビリティ向上にどう活かす?

 生物多様性と企業をとりまく環境が、いま大きく動いています。TNFDが求めるように、企業は自社事業のサステナビリティ向上のために生物多様性に取り組む時代へと変わりつつあります。対応が求められる課題はいくつもありますが、今回は生物多様性減少の最大要因である「土地利用」のリスクマネジメントについて、最近注目されている「OECM」および「自然共生サイト」を通して考えてみたいと思います。

1)「OECM」と「自然共生サイト」とは?

 OECM(Other Effective area based Conservation Measures)は、国立公園等の公的に保護されている地域ではないものの、「生物多様性の効果的かつ長期的な保全に貢献している地域」を指す用語です。
 愛知目標の後継となる「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」では、2030年までにネイチャーポジティブへの転換、すなわち生物多様性の損失を止めるだけでなくプラスに反転させることが目標となりました。GBFに示された23の個別目標のうち、中心的な目標の一つが「30by30」です。この目標では、2030年までに、各国の陸域と海域の30%を保全エリアにすることが目指されています。現在の日本では陸域の場合、約20%が保護区となっていますが、30%を達成するにはまだ関東地方1都6県よりも広い3.8万㎢が不足しています。また、現在の保護区は原生自然に偏って配置されており、日本の生物多様性を特徴づける里山の豊かな自然などが含まれていないなど、質的な課題もあります。
 そこで30by30達成に向け、日本では「自然共生サイト」というOECM推進のための制度が始まりました。農作物がつくられる農地、林業が営まれる森林、工場緑地や公園など、人が社会経済活動を営みながらも結果的に豊かな自然が育まれてきた地域を、保護区相当のエリアとして認定する制度となっています。自然共生サイトになれば世界のOECMデータベースにも登録され、登録地域は世界の保護区として認められることになります。

2) 企業にとってのメリットは? 

 では企業にとってどんなメリットがあるのでしょうか?いくつかある中で最も大きなメリットは、自社が関わる土地利用についての情報収集とリスクマネジメント対応が進む、という点にあると考えています。
 自然共生サイトに登録するには、事業と関連する土地の生物多様性の価値を明確にすること、その価値を保全するための管理計画を立てることが必要です。このプロセスはTNFDのLEAPアプローチで行う、地域の自然とビジネスの依存・影響の分析、それに基づいたリスク対応と共通しています。たとえば林業を営む森林であれば、森林の動植物および木材生産や地域社会が依存する生態系サービスを把握し、林業施業が影響を及ぼす動植物や生態系サービスについて認識したうえで、森林の生物多様性の価値を減らさずに増やす持続可能な林業へと改善することにより、事業リスクをマネジメントする。こうした取組が自然共生サイトでもTNFDでも求められているということです。LEAPは評価方法の自由度が高いため、具体的にどうすればよいかわからないと悩んでいる方も多いと思いますが、少なくとも土地利用という切り口では、自然共生サイトのプロセスは企業がLEAPを進める上で大いに参考になりそうです。
 2つ目のメリットは世界目標への貢献というわかりやすい成果です。自社の関わる土地が自然共生サイトに登録されれば、その情報は自動的に世界のデータベースに掲載されます。共通の基準を満たしGBF目標の達成に貢献する取組として、その成果を世界にわかりやすく発信・PRすることができます。また登録されたという結果だけでなく、情報収集プロセスで得られた生態系や動植物種に関する定量的、定性的なデータは、説得力のある情報開示に役立てることができます。
 環境省ではほかにも企業の参画を促進するインセンティブを検討しているようですが、上に示した項目だけでも、企業にとって検討に値する制度なのではないでしょうか。

3)どうすれば自然共生サイトに登録できる?

 自然共生サイトになるには、環境省より認定を受ける必要があります。ではどのような地域であれば認定されるのでしょうか。環境省は以下の四項目を認定の基準としています。(詳しくは環境省ウェブサイト「自然共生サイト」へ)

  • 境界・名称に関する基準
  • ガバナンス・管理に関する基準
  • 生物多様性の価値に関する基準
  • 管理よる保全効果の基準

 ①と②では対象地の境界が設定され、ガバナンスが整っていることが問われます。対象地の面積は小さくても問題はなく、工場緑地や農地のように小面積であっても認定されます。③では、その土地が有する生物多様性や生態系サービスの価値が明確になっていることが問われます。そしてその価値を保全するための具体的な計画を立てて実行し、その効果を検証するモニタリング調査も必要とされています(④)。
 このうち③と④の基準をクリアするには、自社だけでは対応が難しいかもしれません。動植物の判別だけではなく、生物多様性の価値にかかるリスクマネジメント能力が求められるためです。対象地の生物多様性の価値を守っていくには、事業による影響をはじめ、外来生物や野生のシカの増加、気候変動など、生態系を変化させる要因に対して臨機応変に対応する能力(順応的管理)が欠かせません。それゆえ専門性を持った研究者やNPO、地域行政、コンサルタントなどとの連携が重要になります。一見大変そうですが、取り組みを通じて蓄積された成果は、今後の事業を支える力になるはずです。

4) 社有地がなくても、登録できる?

 「自社で工場緑地や社有林を持たない企業は関係がない」と思っている人もいるかもしれません。しかし保有地がなくても、自然共生サイトに参画する方法はあります。
 自然共生サイトの基準②では、土地の所有者の合意があり、管理に関わるメンバーの意思疎通を図る機会があれば、申請できるようになっています。たとえば環境省のウェブサイトに令和4年の試行認定サイトが紹介されていますが、その中に「所さんの目がテン!かがくの里」があります。協力者(申請者相当と思われます)は日本テレビ放送網株式会社ですが、テレビ番組を見た限り地権者は地元の方でした。大学の先生を始め多くの方々の協力を得て、耕作放棄地を豊かな里山へと再生し、生物多様性の保全にも貢献する場へと再生を進めてきました(いずれもウェブサイトの紹介情報より)。
 このように、企業が所有する土地ではなくても、関係者の合意が得られれば認定を目指すことは可能です。食品会社であれば、環境保全型農業に取り組む契約農家と連携して、農地や周辺の自然を対象に自然共生サイトへの申請を進めるといったこともできるでしょう。原材料を生産する地域と連携したOECMの取組は、サプライチェーン上流の土地利用を持続可能なものへと転換し、事業のサステナビリティ向上にもつながります。
 なお環境省では、他団体が行っている自然共生サイトを経済的に支援する行為を認証し、貢献証書を発行する仕組みも検討しています。さらには、生物多様性が劣化してしまった場所での自然再生や、新たな自然を創出する地域も対象とすることで、生物多様性にポジティブな活動を後押しすることも検討しているようです。

さいごに

 9月18日にTNFDのver1.0が公開されました。これを機にネイチャーポジティブな事業への変革を進める企業が高く評価され、経済・社会の中で生物多様性の主流化がさらに進むことが予想されます。自社の変革の一歩として、事業と関わる土地利用の変革のために、OECM(自然共生サイト)を目指すのも一つの手かもしれません。

(野田奏栄・北澤哲弥)

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