11/8オンラインセミナー「TNFDを踏まえた拠点の生物多様性の取組について考える2023」のお知らせ

 本年9月、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)ver1.0として生物多様性に関する情報開示の枠組みが公開され、いよいよ企業の価値・評価を見直す大きな転換期が迫っています。事業活動が立地する地域や事業内容により、対象とする自然は大気、土壌、淡水、海洋など多岐にわたり、自然への依存や影響度も大きく異なります。今回のセミナーでは、生物多様性を取り巻くサステナビリティの動向、LEAPアプローチに沿った拠点の自然情報把握、生物多様性オフセットについて話題を提供し、理解を深めます。
 多くの方のご参加をお待ちしております。

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【セミナータイトル】 「TNFDを踏まえた拠点の生物多様性の取組について考える 2023」

【日時】 2023年 11月8日(水)14:00~16:00

【開催方法】 オンライン Zoom

【対象】 生物多様性に関心のある企業の方

【参加費】 無料

【申込締切】 11月7日(火)18時

【主催】 株式会社エコロジーパス

【プログラム(予定)】

14:00~14:10 挨拶・進行

14:10~14:25 「生物多様性を取り巻く最近の動向」 講師:金澤厚

14:25~15:15 「TNFDを踏まえ、拠点の自然情報をどう把握するか?」 講師:北澤哲弥

15:15~15:35 「生物多様性オフセットの事例紹介」 講師:井上結貴

15:35~15:55 質疑応答 

16:00  終了

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OECMを事業のサステナビリティ向上にどう活かす?

 生物多様性と企業をとりまく環境が、いま大きく動いています。TNFDが求めるように、企業は自社事業のサステナビリティ向上のために生物多様性に取り組む時代へと変わりつつあります。対応が求められる課題はいくつもありますが、今回は生物多様性減少の最大要因である「土地利用」のリスクマネジメントについて、最近注目されている「OECM」および「自然共生サイト」を通して考えてみたいと思います。

1)「OECM」と「自然共生サイト」とは?

 OECM(Other Effective area based Conservation Measures)は、国立公園等の公的に保護されている地域ではないものの、「生物多様性の効果的かつ長期的な保全に貢献している地域」を指す用語です。
 愛知目標の後継となる「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」では、2030年までにネイチャーポジティブへの転換、すなわち生物多様性の損失を止めるだけでなくプラスに反転させることが目標となりました。GBFに示された23の個別目標のうち、中心的な目標の一つが「30by30」です。この目標では、2030年までに、各国の陸域と海域の30%を保全エリアにすることが目指されています。現在の日本では陸域の場合、約20%が保護区となっていますが、30%を達成するにはまだ関東地方1都6県よりも広い3.8万㎢が不足しています。また、現在の保護区は原生自然に偏って配置されており、日本の生物多様性を特徴づける里山の豊かな自然などが含まれていないなど、質的な課題もあります。
 そこで30by30達成に向け、日本では「自然共生サイト」というOECM推進のための制度が始まりました。農作物がつくられる農地、林業が営まれる森林、工場緑地や公園など、人が社会経済活動を営みながらも結果的に豊かな自然が育まれてきた地域を、保護区相当のエリアとして認定する制度となっています。自然共生サイトになれば世界のOECMデータベースにも登録され、登録地域は世界の保護区として認められることになります。

2) 企業にとってのメリットは? 

 では企業にとってどんなメリットがあるのでしょうか?いくつかある中で最も大きなメリットは、自社が関わる土地利用についての情報収集とリスクマネジメント対応が進む、という点にあると考えています。
 自然共生サイトに登録するには、事業と関連する土地の生物多様性の価値を明確にすること、その価値を保全するための管理計画を立てることが必要です。このプロセスはTNFDのLEAPアプローチで行う、地域の自然とビジネスの依存・影響の分析、それに基づいたリスク対応と共通しています。たとえば林業を営む森林であれば、森林の動植物および木材生産や地域社会が依存する生態系サービスを把握し、林業施業が影響を及ぼす動植物や生態系サービスについて認識したうえで、森林の生物多様性の価値を減らさずに増やす持続可能な林業へと改善することにより、事業リスクをマネジメントする。こうした取組が自然共生サイトでもTNFDでも求められているということです。LEAPは評価方法の自由度が高いため、具体的にどうすればよいかわからないと悩んでいる方も多いと思いますが、少なくとも土地利用という切り口では、自然共生サイトのプロセスは企業がLEAPを進める上で大いに参考になりそうです。
 2つ目のメリットは世界目標への貢献というわかりやすい成果です。自社の関わる土地が自然共生サイトに登録されれば、その情報は自動的に世界のデータベースに掲載されます。共通の基準を満たしGBF目標の達成に貢献する取組として、その成果を世界にわかりやすく発信・PRすることができます。また登録されたという結果だけでなく、情報収集プロセスで得られた生態系や動植物種に関する定量的、定性的なデータは、説得力のある情報開示に役立てることができます。
 環境省ではほかにも企業の参画を促進するインセンティブを検討しているようですが、上に示した項目だけでも、企業にとって検討に値する制度なのではないでしょうか。

3)どうすれば自然共生サイトに登録できる?

 自然共生サイトになるには、環境省より認定を受ける必要があります。ではどのような地域であれば認定されるのでしょうか。環境省は以下の四項目を認定の基準としています。(詳しくは環境省ウェブサイト「自然共生サイト」へ)

  • 境界・名称に関する基準
  • ガバナンス・管理に関する基準
  • 生物多様性の価値に関する基準
  • 管理よる保全効果の基準

 ①と②では対象地の境界が設定され、ガバナンスが整っていることが問われます。対象地の面積は小さくても問題はなく、工場緑地や農地のように小面積であっても認定されます。③では、その土地が有する生物多様性や生態系サービスの価値が明確になっていることが問われます。そしてその価値を保全するための具体的な計画を立てて実行し、その効果を検証するモニタリング調査も必要とされています(④)。
 このうち③と④の基準をクリアするには、自社だけでは対応が難しいかもしれません。動植物の判別だけではなく、生物多様性の価値にかかるリスクマネジメント能力が求められるためです。対象地の生物多様性の価値を守っていくには、事業による影響をはじめ、外来生物や野生のシカの増加、気候変動など、生態系を変化させる要因に対して臨機応変に対応する能力(順応的管理)が欠かせません。それゆえ専門性を持った研究者やNPO、地域行政、コンサルタントなどとの連携が重要になります。一見大変そうですが、取り組みを通じて蓄積された成果は、今後の事業を支える力になるはずです。

4) 社有地がなくても、登録できる?

 「自社で工場緑地や社有林を持たない企業は関係がない」と思っている人もいるかもしれません。しかし保有地がなくても、自然共生サイトに参画する方法はあります。
 自然共生サイトの基準②では、土地の所有者の合意があり、管理に関わるメンバーの意思疎通を図る機会があれば、申請できるようになっています。たとえば環境省のウェブサイトに令和4年の試行認定サイトが紹介されていますが、その中に「所さんの目がテン!かがくの里」があります。協力者(申請者相当と思われます)は日本テレビ放送網株式会社ですが、テレビ番組を見た限り地権者は地元の方でした。大学の先生を始め多くの方々の協力を得て、耕作放棄地を豊かな里山へと再生し、生物多様性の保全にも貢献する場へと再生を進めてきました(いずれもウェブサイトの紹介情報より)。
 このように、企業が所有する土地ではなくても、関係者の合意が得られれば認定を目指すことは可能です。食品会社であれば、環境保全型農業に取り組む契約農家と連携して、農地や周辺の自然を対象に自然共生サイトへの申請を進めるといったこともできるでしょう。原材料を生産する地域と連携したOECMの取組は、サプライチェーン上流の土地利用を持続可能なものへと転換し、事業のサステナビリティ向上にもつながります。
 なお環境省では、他団体が行っている自然共生サイトを経済的に支援する行為を認証し、貢献証書を発行する仕組みも検討しています。さらには、生物多様性が劣化してしまった場所での自然再生や、新たな自然を創出する地域も対象とすることで、生物多様性にポジティブな活動を後押しすることも検討しているようです。

さいごに

 9月18日にTNFDのver1.0が公開されました。これを機にネイチャーポジティブな事業への変革を進める企業が高く評価され、経済・社会の中で生物多様性の主流化がさらに進むことが予想されます。自社の変革の一歩として、事業と関わる土地利用の変革のために、OECM(自然共生サイト)を目指すのも一つの手かもしれません。

(野田奏栄・北澤哲弥)

関連しあうグローバルリスクにどう対応するか

 1月、世界経済フォーラムがGlobal Risk Report 2023を公開しました。気候変動と生物多様性が長期リスクの上位を占める傾向は変わりませんが、リスク同士の相互関連に焦点を当てた分析が加わったことは、今年の特徴です。「今後10年のうちに生物多様性の減少、気候変動、汚染、天然資源の消費、社会経済的要因の相互作用が危険な組み合わせになる」とレポートは指摘しています。関連しあう課題に別々に対応すると、別の課題との間にトレードオフが発生することもあります。そこで重要になるのが統合的視点を持ち、関連する課題の同時解決策を推進することです。今回は、このレポートをもとに同時解決について考えます。

 Global Risk Report 2023は、いま深刻度が急速に増しているリスク・クラスター(相互関連しあうリスク群)として、5つの項目を示しています。その1番目が自然生態系に関するもので、「自然生態系は、気候変動と関連したトレードオフおよびフィードバック・メカニズムの増大により、自然資本リスク(水、森林、生物といった「資産」)が悪化し、取り返しのつかない状態になる」と報告書は指摘しています。

◆気候変動と生物多様性

 気候変動は生物多様性を減少させる要因の一つであると同時に、生物多様性の減少は気候変動を加速させる要因でもあります。気候変動が進めば生物多様性が減少し、生物多様性の減少がさらなる気候変動を助長する。この負のフィードバックが加速してしまえば、ネットゼロもネイチャーポジティブも大きく遠のいてしまいかねません。実際、気候変動に伴う異常気象が山火事を誘発し、森林の減少・劣化を招き、森林による気候緩和の効果が低下するケースが生じています(IGES 2021)。

 しかしやり方によっては正のフィードバックを生み出し、お互いに利益を得ることもできます。自然を活用して生物多様性を含む複数の社会課題の同時解決に貢献する、こうした取組みは「自然を基盤とした解決策(Nature-based Solutions, 以下NbS)」と呼ばれます。例えば減少の著しいマングローブ林の再生は、生物多様性の保全だけでなく、炭素の貯留量を増やし、さらには漁業や海岸防災にも貢献するNbSの事例です。自然を活かした気候緩和策は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(以下、GBF)でも目標8に掲げられ、注目度の高さがわかります。(GBFの記事はコチラ)。

 両者の関係はNature-Climate Nexusとして注目され、TNFDv0.3でも自然と気候に関する目標の整合性とトレードオフについて開示が求められています。気候と自然を統合的にとらえ、行動することが当たり前の時代が近づいています。

◆食料生産と生物多様性

 またレポートでは、生物多様性保全とトレードオフを起こしやすい課題を2つ挙げています。その一つが「食料安全保障」です。農業と畜産業が利用する土地は陸域の35%以上を占め、生物多様性を減少させる最大の直接要因と言われます。現在の地政学的リスクからの国内生産強化は、生物多様性との間にトレードオフを生む、とレポートは指摘します。また世界人口の増加が農地の拡大圧力につながれば、生物多様性への脅威はさらに拡大します。野放図な農地拡大から自然を守る一つの方法は保護区ですが、それだけでは利用と保護の対立を招くことは明らかです。重要なことは、GBFがターゲット10に掲げる「農林水産業の持続可能性と生産性を両立させる」という同時解決です。

 日本では2021年に農水省がみどりの食料システム戦略を打ち出し、「生産力の向上と持続性の両立」をビジョンとして掲げました。環境との関係では「化学農薬を2050年までに半減」という目標に注目が集まっていますが、現在の農業のやり方のまま単に農薬を減らすだけでは病害虫が発生し、生産性が落ちてしまいます。そこで重要なのは、統合的病害虫管理(IPM)の考え方です。土壌微生物や土着天敵など、農業生産に役立つ生物が豊かに暮らす農地をつくることで初めて、農地生態系の抵抗力が高まります。まずは農地生態系という自然の力を活かして病害虫を予防し、それでも発生してしまったときには、最終手段として農薬を利用するというのがIPMのやり方です。他にもオーガニックやリジェネラティブ農業など、自然を活かした農業が少しずつ拡がり始めています。しかしこれらが農家の負担を増やすものでは、今後の広がりは期待できません。日本の農家は、担い手不足などの課題を抱えています。そうした農家に対し、農業生産を落とさずに農薬散布の労力やコストを軽減し、さらには生物多様性・気候といった環境にも優しい農業というパッケージとして、自然を活かした新しい農業を示すせるかが、今後の課題にりそうです。

◆グリーンエネルギーと生物多様性

 課題の二つ目は「グリーンエネルギー」とのトレードオフです。化石燃料からグリーンエネルギーへの移行は気候緩和策として重要ですが、その急速な拡大は生態系に意図しない影響を与えることがあります。例えば、バイオマスエネルギーの推進が森林破壊やエネルギー作物栽培のための農地拡大につながるケースが報告されています(IGES 2021)。また発電インフラが依存する鉱物の利用量増加は、資源採掘や廃棄段階において森林破壊や水質汚染を引き起こす可能性もあります。

 グリーンエネルギーの拡大が生物多様性を減少させれば、気候変動との負のフィードバックをひき起こし、せっかく進めた気候緩和の効果が薄れてしまいかねません。限られた資源や労力を有効に投資するためにも、トレードオフを回避する解決策が必要です。例えば、太陽光パネルの下を牧草地として利用し土壌中の炭素蓄積量を高める取組や、洋上風力発電が漁礁となって漁業資源を高める取組などは、クリーンエネルギー・生物多様性・食糧生産の同時解決を目指す取組などがあります。

◆同時解決のために必要なことは?

 愛知目標が未達に終わった理由として、農林水産業やエネルギーなど、セクター横断的な経済や社会の変革が不十分だったことが挙げられます。「他の分野と合わせて取り組まない限り、どれだけ集中的に個別の分野に取り組んだとしても生物多様性の損失の『流れを変える』ことはできない」とIPBES報告書は指摘しています。トレードオフが生じたり、正のフィードバックが得られなかったりする背景には、関連する分野やセクターを縦割りで考えてしまうこと、ステークホルダーの利害が無視されて(あるいは、気づかずに)協力が進まないこと、などが根本にありそうです。

 ではどうすれば、セクターを横断した効果的な同時解決の取組を作れるのでしょうか。正解はありませんが、協力の輪を拡げるためのポイントはあります。
 ・ 自分は何を求めているのか?
 ・ 関連しあう相手は誰か?(社内の他部署や外部ステークホルダーなど)
 ・ 相手は何を求めているのか?
 ・ 地球の利益は何か?

 これは「協力のテクノロジー 関係者の相利をはかるマネジメント」を参考に、協力を拡げるはじめの一歩を示したものです。ポイントを押さえて情報を整理し、自分/相手/地球の三者ともに利益が得られる活動を検討することで、相手とのトレードオフ回避やシナジー創出につながりやすくなることが期待されます。

 新型コロナで先延ばしになってきたGBFがようやく決まり、次は行動が求められます。ステークホルダーと協力し、効果的な同時解決の取組を進めていただければと思います。


(北澤 哲弥)

2030年ネイチャーポジティブに向けた国際枠組が採択。企業がとるべき行動は?

 年の瀬が迫る12月19日、カナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約COP15にて、2030年に向けた国際目標「昆明―モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。自然の減少を止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」を2030年までに達成するという野心的なゴールと、その達成に向けた23の個別目標に世界が合意したことは大きな成果です。この枠組では、企業や金融機関にもその推進役になることが求められています。その役割とはどのようなものなのでしょうか。

 まず枠組の全体像を見てみましょう。2050年に自然と共生する世界を描き、そのために2030年までにネイチャーポジティブを達成することがこの枠組の軸となっています。その実現に向けて23の個別目標が設定されています。目標1~8までは、絶滅危惧種の保全や生物多様性を減少させる要因(土地利用、資源利用、外来生物、汚染、気候変動)の縮小に関する目標が並びます。続く目標9~13には農業や都市などで生態系サービスを高め持続的に利用するための目標が、そして目標14~23は上記の目標を実施し主流化するためのツールと解決策に関する目標が記載されています。企業とかかわりの深いいくつかの目標をピックアップしてみます。なお目標および枠組の全体については、環境省が暫定訳を公開しています。

昆明ーモントリオール生物多様性枠組の概要 (環境省暫定訳を参考にエコロジーパス作成)

◆目標3「陸域と海域のそれぞれ30%を守り、効果的に保全管理する(30by30)」
 日本はすでに陸域の20.5%が公的な保護地域となっていますが、30%を達成するにはあと35,900㎢増やさなければなりません。これは関東1都6県よりも広く、それだけの面積を公的な保護地域だけでカバーするのは困難です。そこで注目されているのがOECM(公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)です。企業緑地や社有林、里山の農地など、公的な保護地域ではなくても、生物多様性に配慮した管理によって自然と共生する土地利用を実現している場所であれば、OECMに該当する可能性があります。30by30に貢献するためには、環境省が検討している自然共生サイトの枠組みを通して、その自然の価値を調べ、その価値を保全するための管理を実施し、保全効果を検証するためのモニタリング調査を行えるような体制構築が求められます。

◆目標10「農林水産業の持続可能性と生産性を両立させる」
 増加する世界人口を賄うための生産性と同時に、農業にとって欠かせない生態系サービスの持続性を高めるために生物多様性の減少を食い止めて回復させることが、これからの農業には求められます。目標7に記載された農薬や化学肥料の半減とも関わりますが、農業の環境負荷を減らし化学物質だけに頼らないIPMや有機農業、土壌中の炭素貯留量を高めるリジェネラティブ農業といった取組がすでに始まっています。こうした取組は生産者だけに任せればよいというものではありません。食品・飲料産業や小売業など食料システムに関わる企業は、そのサプライチェーンを通して農地を支える生物多様性に依存しています。サプライチェーンの持続性を高めることは調達リスクを低下させ、Z世代などの新しい市場ニーズに対応することにもなり、生産に直接関わらない企業にとっても、重要な取り組みになります。

◆目標15「企業や金融機関の情報開示を支援し、自然関連リスクを減らす(ビジネスの変革)」
 情報開示を通した企業への働きかけを軸とした目標です。大企業や金融機関には、自然関連の依存と影響、リスクと機会を評価し、報告することが、各国政府から求められることになります。ドラフト段階で入っていた情報開示の義務化や、企業による負の影響を2030年までに半減するといった数値目標は除外されました。とはいえ、TNFDのような情報開示枠組、EUでの森林破壊防止のためのデューデリジェンス義務化など、ビジネスを変革する動きは着々と進んでいます。カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを両輪とした持続可能な経済に向けて、ビジネスモデルの変革をはじめている企業も出てきています。この目標により、大企業(サプライチェーンでつながる中小企業も含め)が進むべき道は、より一層明らかになったと言えます。

◆目標18「有害な補助金5000億ドルを削減する」
◆目標19「2030年までに2000億ドルを動員する」
 生物多様性を減少させる事業の中身を変革させたり、プラスになる分野に資金の流れを変えたりするための目標です。これには国や自治体だけでなく、民間主体の行動も期待されています。たとえば自然関連の投資、生物多様性オフセットやクレジットといった生物多様性市場への参加、また目標8とも関連しますが気候変動と生物多様性の課題を同時解決して資金を効率的に使うこと、などが挙げられています。生物多様性条約事務局が2020年に公開したGBO5では、土地と森林、持続可能な農業、漁業と海洋、持続可能な食料、都市とインフラ、持続可能な淡水、気候変動対策行動、ワンヘルスという8つの領域が、自然と共生する世界に向けて移行するための基盤になると述べています。こうした分野では、ネイチャーポジティブ経済に向けて資金の流れが変わっていくことが予想されます。

 2030年に向けた目標がようやく決まり、つぎは実践です。2023年は「卯年」。ネイチャーポジティブというゴールに向け、皆様が素早くスタートをきられることを期待しております。

(北澤 哲弥)

日本電機工業会の機関誌『電機』に「自然資本関連の情報開示対応に向けて」を寄稿いたしました

一般社団法人日本電機工業会(JEMA)の機関誌「電機」2022年12月号(No.829)の特集「非財務・サステナビリティ情報開示フレームワークの動向」に、弊社北澤の「自然資本関連の情報開示対応に向けて~TNFDフレームワーク(ベータ版)の概要と企業の対応~」が掲載されました。

JEMAウェブサイトの最新号紹介にて、2023年1月中旬頃まで閲覧することができます。

TNFDフレームワークv0.3が示す、自然情報開示のポイントは?

 TNFDフレームワークv0.3が11月4日に公開され、情報開示のアプローチが改訂されました。v0.1のドラフト案では開示項目のほとんどがTCFDを踏襲する項目で構成されていましたが、今回の改訂案ではいくつかの項目が追加されています。ここでは情報開示フレームワークの改訂ポイントをもとに、TNFDが求める内容について考えます。

 2022年3月に公開されたv0.1では、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の四つの柱に沿って開示するドラフト案が示されました(図1)。開示が推奨される内容はTCFDを踏襲した構成になっている一方、異なる点も見受けられます。「完全性の低い生態系、重要性の高い生態系、または水ストレスのある地域との組織の相互作用について説明する」と記載された戦略Dです。自然を構成する動植物、水や土などの無機的環境は、地域によって大きく状況が異なります。戦略Dでは、その多様性を踏まえて事業と自然との関係を説明するため、地域ベースの評価が企業に求められることを意味しています。地域ごとに自然関連情報を収集し、リスクと機会を評価/管理する方法については、LEAPアプローチとしてハウツーがまとめられています。

図1 情報開示に関するTNFDのドラフト案(出典:TNFD,2022aよりエコロジーパス作成)

今回のv0.3では、さらに以下のような変更が加えられた開示勧告案が示されました(図2)。

変更点1)開示勧告第3の柱を「リスクと影響の管理」に改訂
 これまで「リスクの管理」とされていましたが、ここに「影響」が加わりました。あわせて「リスクと機会」に限られていた情報開示の各項目に「依存と影響」が追加され、いわゆるダブルマテリアリティを重視した枠組になっています。これにより、自然に対してネガティブ影響を与え続ける企業は低い評価を受けます。一方、ネガティブな影響の抑制やポジティブな影響の創出に取り組み、ネイチャーポジティブへの変革を目指す企業にとっては高い評価を得る機会にもなります。

変更点2)開示が推奨される項目の追加
 既存のドラフト案で示されていた戦略Dに加え、以下に示す3つの新しい項目が加わっています。

リスクと影響の管理D:トレーサビリティに関する項目
 企業が価値創造のために利用するインプットのうち、自然関連の依存と影響、リスクと機会を生み出す可能性のあるものを対象に、その供給源を突き止めるトレーサビリティの取組について、開示が推奨されています。バリューチェーンに沿って重要な調達先を理解するための透明・正確・完全なデータを持つことが、企業に求められます。

リスクと影響の管理E:ステークホルダー・エンゲージメントに関する項目
 企業による自然への依存と影響は企業のリスクや機会を変化させるだけではなく、その自然を共有する地域コミュニティにも影響を及ぼします。先住民および地域コミュニティ(Indigenous Peoples and Local Communities: IPLCs)からの声を集め、意思決定に参画できる仕組み作りが、企業にも必要とされます。

指標と目標D:気候と自然の統合に関する項目
 気候と自然の課題の同時解決に向け、相互の取組のシナジーやトレードオフ回避に関する開示を推奨しています。企業は、統合的視点や戦略を持って「ネットゼロ」と「ネイチャーポジティブ」の同時解決に取り組むことが求められます。

変更点3)評価範囲の追加
 自然関連の評価対象の範囲は、自社の直接の操業範囲に加え、サプライチェーンの少なくとも上流、適切な場合は下流についても、自然への依存と影響を評価・管理するための指標開示が求められます。評価対象が幅広いため、優先すべき評価対象地の特定や、直接操業の範囲から始めて徐々にサプライチェーンを対象に含めるなど、段階的にでも評価を進めることが望まれます。

図2 TNFD開示勧告の改訂案v0.3(出典:TNFD,2022bよりエコロジーパス作成)

 今回の改定で開示する項目が増え、やることが増えたと感じるかもしれません。しかしサプライチェーンのトレーサビリティやステークホルダー・エンゲージメントの取組は、地域ベースの評価を適切に進めれば、必ず実施すべき内容です。これらについては、いままで企業内でとどまっていた情報が、開示対象になったという性質のものと言えます。気候と自然の統合については、自然関連のシナリオ分析を行う際に統合的視点を持つことが要求されます。今回公開されたシナリオに関するディスカッションペーパーでは、シナリオの枠組が気候と自然を統合した内容として提案されており、気候と自然を統合させた戦略づくりに向けた一助となりそうです。

 TNFDフレームワークは、2023年9月の最終提言まで改訂が続きますが、軸となるコンセプトはだいぶ見えてきました。自然の評価には手間と時間がかかります。できるところから、早めの備えを始めてみてはいかがでしょうか。

◆引用・参考文献◆
TNFD(2022a) TNFD自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワーク ベータ版v0.1リリース エグゼクティブサマリー(日本語版)
TNFD(2022b) The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.3.
TNFD(2022c) The TNFD’s proposed approach to scenario analysis.

(北澤 哲弥)

採用情報

当社では、企業活動における生物多様性対応を進め、人と自然が支え合う持続可能な社会の実現を目指し、ともに活動する方を募集しています。生態学や環境学の知識・経験を活かして、新しい未来を作る熱意のある方の応募をお待ちしております。

◆ 生物多様性コンサルタント ◆

就業形態 契約社員(更新は能力により有。正社員の登用有)、試用期間3カ月
就業場所原則として在宅勤務
就業開始日応相談(2023年1月以降4月までを希望)
就業曜日応相談(週2~3日を希望)
就業時間フレックスタイム制(原則、夜10時~朝6時までの深夜就業なし)
休日土日祝、年末年始
給与月給20万円(週3日勤務の場合)
昇給・賞与(会社の実績、勤務能力により年1回)
福利厚生社会保険(勤務時間により加入有。週20時間以上勤務による)
健康診断:年1回
在宅勤務制度
業務内容企業の生物多様性活動支援業務全般
・生物多様性に関するビジョン、方針策定
・現場における生物多様性保全活動支援
・企業の生物多様性に関わる研修セミナー等の実施   等
参考:弊社WEBサイト業務内容の紹介
応募資格大卒以上
資質【必須】
・企業支援を通して、人と自然が支え合う持続可能な社会の実現を目指す思いのある方
【求める資質】
・生態学や環境学など、自然関連の専門分野を持っている方
・生物調査業務等を経験された方
応募方法(1)履歴書
(2)業務経歴書(これまでの業務内容がわかるもの)
(3)志望動機(A4一枚程度)
上記3点を郵送またはメールにて下記に送付ください。折り返しご連絡差し上げます。
選考プロセス書類選考(上記1~3をもとに選考)
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 面接
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 内定
応募と問合せ〒113-0023 東京都文京区向丘1-20-6-1301
株式会社エコロジーパス(人事担当)
E-mail: info@ecopath.co.jp
応募期間2022年 11月12日~2022年12月20日まで(採用者が決まり次第終了)
※応募を締め切りました。

森林破壊ゼロを目指すとは?

「木を使えなくなるのか?」という質問をセミナーで受けたことがあります。「森林破壊ゼロ」に関しての質問でしたが、何をもって森林を破壊したことになるのか、その解釈が人によってまちまちであることに気づかされました。今回は、陸域の生物多様性にとって最大の脅威である森林破壊への対応について、木材を事例に整理します。

 木が使えなくなるのかと言われれば、それはもちろん杞憂と言えます。森林破壊ゼロ(Zero Deforestation)は木を使わないことを推奨しているわけではありません。木材自体は再生可能な資源であり、枯渇しないように使えばサステナブル経済に大きく貢献する素材です。木材を使わずにサステナブルな経済を作る方が難しいかもしれません。

 森林破壊ゼロの中核は「自然林を減らさない」こと。「減る」とは、自然林が別の土地利用に転換されることを意味しています。農地開発などを目的とした森林伐採は減少傾向にありますが、今でも世界全体で約1000万haの森林が毎年減り続けています(2015年から2020年までの平均)。これは4年弱で日本の国土から森がなくなるほどのスピードです。森林には陸域の生物種の約8割が暮らすといわれ、その破壊は生物多様性を減少させる大きな要因です。また森林の樹木や土壌中には、炭素が大量に蓄積されています。森林破壊はその炭素の放出につながり、気候変動にとってもマイナスです。昨年11月に開催された気候変動枠組条約COP26で、2030年までに森林の減少を止め、状況を好転させることを世界のリーダーが確約しましたが、このことからも気候変動対策と生物多様性保全の両者において森林破壊ゼロが重視されていることがわかります。

 森が減った分だけ植えて増やせばよい、という考えもあります。これは森林破壊ゼロに対し、正味での森林破壊ゼロ(Zero Net Deforestation)と言われます。植えて増やせば、確かに森林の面積は変わりません。しかし人間が植えて作った人工林は、どうしても動植物の種類や構造が単調になります。そうした林が自然林に近づくには、数十年あるいは数百年といった長い時間を要します。Brown & Zarin(2013)は、科学雑誌Scienceに掲載した論文で「正味の森林破壊に関する目標は本質的に誤りで、自然林を保護する価値と新規植林の価値とを同一のものと捉えている」と指摘しています。植林による森づくりは確かに生物多様性の保全や気候変動対策の一つではありますが、自然林を破壊する免罪符にはならない、このことはしっかりと意識すべきポイントです。

 以上を踏まえると、木材を使うことが問題なのではなく、自然林の破壊につながる木材を使うことが問題だということがわかります。EUでの森林破壊防止を目的としたデューデリジェンス義務化に関する規則案が準備され、森林破壊ゼロ宣言を出す企業も増えるなど、サステナブルでない木材をしめ出す動きは加速しています。森林破壊につながる木材を使っていては市場に入る事すらできず、投資家からも評価されない状況がすぐそこまで迫っています。

 森林破壊に関わらない木材をどう見分ければよいのでしょうか。その方法は、いくつかあります。一つはすでに様々な製品などで利用されていますが、FSCやPEFCといった森林認証の利用です。近年では、持続可能な方法で生産されたことの認証だけでなく、その生産方法による動植物や生態系サービスの保全・再生効果を見える化した認証もあります。例えばインドネシアのRatah Timber社では、付加価値の高い樹種のマッピング、土壌流出などを抑えた計画的林道建設、地上植生の撹乱を最小限にする集材方法など、自然へのインパクトを徹底して抑えた木材生産が行われています。その結果、対策を行わなかった場合と比べて森の動植物や炭素蓄積の減少がどれくらい抑えられたのかを客観的に示すことで、通常のFSC認証に加えて「生態系サービス認証」も取得しています(詳しくは北山・澤田, 2021 )。この認証はまだあまり馴染みはありませんが、ネイチャーポジティブに向けてビジネスと生物多様性の関係について定量評価を進めるうえで、メリットのある制度になりそうです。

 また、自社でデューデリジェンスを行うのも方法の一つです。例えば先ほどのEUの規則案では、合法性の確認とともに、2020年末日以降に森林の伐採や劣化が生じた場所で作られたものではないことを示すよう求められます。それを示すにはトレーサビリティを確立し、生産された場所の地理情報、さらには土地の履歴などを把握しなければなりません。またこれらの情報を把握した後は、そのデータをリスク評価と対応に活かして森林破壊に寄与しないサプライチェーンを構築すべく、企業には配慮が求められています。

 森林破壊ゼロに関しては、HCSやFPICのように、炭素や人権面といった課題への配慮も求められます。ESGの様々な課題に対して統合的な取り組みが求められる現在、中長期目標を再設定する企業も増えています。木材という持続可能な資源を巧みに使い、サステナブルな社会に貢献する企業となるためにも、森林破壊ゼロにコミットし、ビジネスの変革を進めていただければと思います。

(北澤 哲弥)

OECMと企業との関係とは?

 TNFDの話題が多い昨今ですが、今年に入ってから「OECMに取り組んだ方がよいか?そのためには、どうすればよいのか?」そんな質問を耳にする機会が増えています。まだ設計中の制度ですが、企業にとって利用価値のある制度になりそうに感じます。そんなOECMのポイントについて、今回は考えてみたいと思います。

 OECMは30by30と深く関係しています。30by30は「陸域と海域の30%ずつを2030年までに保護区にする」という国際目標です。日本は昨年のG7サミットで、この目標の達成を約束しました。目標とする30%に対し現状はどうかというと、日本の陸域の20.5%、海域の13.3%が保護地域となっています。陸域ではあと9.5%必要ですが、これは関東地方より若干広い面積に相当します。国立公園など公的な保護区の拡充をこれから進めるようですが、すでに指定しやすい場所は保護区になっていますので、これだけの面積の保護区を拡大することは、かなり難しいと思われます。

 ではどうするか。その解決策の一つとして期待されているのがOECMです。OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)とは、公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域のことです。里地里山や社有林、社寺林など、企業や団体によって生物多様性の保全が図られている土地が対象となります。その土地は、必ずしも生物多様性の保全が主目的である必要はありません。例えば人工林は木材生産を主目的とした土地ですが、環境に配慮した森林管理を行うことにより、結果的に生物多様性も守られているのであれば、OECMの対象になりうるということです。他にも市街地や郊外にある企業の工場などでも、生物多様性に配慮した緑地管理が行われていれば対象となりえます。

 OECMに認定されると、世界の保護区データベースにその場所が登録されます。つまり企業にとっては自社の生物多様性活動が、30by30という国際目標に直接的に貢献するものである、というお墨付きを得られるわけです。わかりにくい指標が多い生物多様性の取組にあって、OECMは一つの明確な指標となります。4月に発足した30by30アライアンスにはすでに多くの企業が参加していることからも、その関心の高さがわかります。弊社もその一員として30by30の達成に向けて協力していく所存です。

 ではどうすればOECMとして認められるのでしょうか。じつは認定の基準やプロセスは設計中で、来年度から国による認定が開始される予定です。環境省の検討会資料によれば、4つの認定基準があり、大まかに言えば以下のような内容です。

  1. 境界(範囲が明確など)
  2. ガバナンス(管理の目的や体制などが明記されていること)
  3. 生物多様性の価値(保全に値する動植物や生態系サービスを対象地が保有していること、その価値が資料としてまとまっていることなど)
  4. 管理による保全効果(管理の目的や内容が生物多様性の価値の保全に貢献すること、生物多様性への脅威への対策が取られていること、モニタリングを実施していることなど)

 なお環境省では、OECMに認定された土地の生物多様性の価値を切り出し、市場ベースでやり取りするスキーム、いわば生物多様性版のJ-クレジット制度を検討するとしています。こうした経済的インセンティブなども含め、環境省ではOECMを民間参画の一つの柱として活用していこうと動いているようです。

 OECMに関心はあるけれど、まだ決まっていないから来年まで待っていればよいかと言えば、そうではありません。上記1や2は比較的簡単に準備ができそうですが、3はその土地の動植物や生態系サービスの価値を示すための資料がなければならず、そのための調査が必要となるでしょう。また4では、生物多様性にどのような脅威があるのかを調べる必要がありますし、専門的知識を持った人材を含めたモニタリング体制をつくる必要もあります。申請しようと思っても一朝一夕にはできない取り組みですので、こうした準備を早めに開始しておくことが大切です。

参考URL
https://www.env.go.jp/press/110887.html
https://www.env.go.jp/nature/oecm.html

(北澤哲弥)

見逃しやすい、事業と外来生物との関わり

 今月、外来生物法の改正案が閣議決定されました。「アメリカザリガニとアカミミガメが特定外来生物に!」といったニュースをご覧になった方も多いかもしれません。外来生物は生物多様性を減少させる直接要因の一つです。しかし土地利用や資源搾取といった他の直接要因と比べ、自社事業と外来生物との関係性を把握できている企業は少ないように思います。TNFD(β版)は、自社と自然との接点の発見・依存と影響の診断を求めています。外来生物と自社事業はどう関係するか?今回はこの視点から企業が取り組む生物多様性について考えます。

 「入れない、捨てない、拡げない」外来生物対策の三原則に沿って、整理したいと思います。まず「入れない」という原則ですが、そもそも外来種を国内に侵入させなければ、外来生物問題は発生しません。
 数年前、日本でも侵略的外来種であるヒアリの発見が大ニュースになりました。その後も主要港湾でヒアリ発見の報告が続き、中には1000匹を超える大型の巣も見つかっています。いままさに日本はヒアリが定着するかどうか瀬戸際の状態で、今回の法改正にもヒアリ対策を目的とした水際対策が盛り込まれました。
 こうした水際対策の強化は、企業活動にも関連します。南米原産のヒアリは、いまや米国や豪州、中国の浙江省以南などで定着しています。もし輸入した物資のコンテナにヒアリの疑いのある虫がみつかれば、特定されるまでの間、荷物を移動できなくなったり、通関後でも検査や消毒、廃棄の命令を受けたりする可能性があります。言い換えれば、ヒアリが定着している地域から物資を輸入する場合、サプライチェーンにおける外来生物リスクが高まる、ということです。とくに中国ではヒアリが急拡大しており、日本で確認されたヒアリの多くが中国から運ばれたものです。
 ヒアリのような侵略的外来生物の分布拡大は、海外であっても対岸の火事ではなく、サプライチェーンを通して日本企業にもリスクが及びます。TNFDは事業における生物多様性リスクの評価を求めていますが、ヒアリのような規制対象となる外来種は、考慮すべき1つのポイントかもしれません。

 次いで「捨てない」についてです。外来生物が日本に持ち込まれても、適正に管理していれば野外に拡がることはありません。しかし外来生物は、今も野外で増え続けています。たとえば空港や港湾を抱える千葉県では、2012年から2020年の8年で、93種の新しい外来種の定着が確認されています。
 では、外来生物はどういうルートで侵入・定着するのでしょうか。千葉県の場合、外来植物では、農林業や造園業に使われた種が野外に拡散する、あるいは土やタネに紛れて非意図的に侵入した種が拡散する、というルートが多いようです。また外来動物では、農林水産業に関わる飼育や放流、ペット・飼育動物の逃げ出し、さらには放流される魚貝類に紛れこんで広がる、などのケースが多いようです。
 すなわち、農林水産業や造園業、ペット産業など、外来生物を生物資源として利用している企業は、直接あるいは間接的に外来生物問題に加担してしまうリスクがあります。TNFDは自社の直接操業だけでなくバリューチェーン全体について、生物多様性に及ぼす影響を評価するよう求めています。特に侵略的な外来生物が関わる場合、その影響は大きいと言えます。自社で直接扱っていなくとも、バリューチェーンを通じた外来生物との関りを評価すること、さらにはその影響を低減させるために、野外へ「捨てない(拡げない)」ためのアクションを実施することが重要です。

 最後の「拡げない」は、野外に定着してしまった外来生物の更なる拡大を防ぐ取組です。会社が管理する拠点や農林地などがある企業は、土地管理を通して関わりがでてきます。
 もし自社工場の敷地内に侵略的な外来生物が定着していると、自社が発生源となり周辺に拡がり、被害を大きくしまう可能性があります。すでに外来生物の防除に取り組んでいる企業もいらっしゃいますが、自社が管理する土地に侵略的な外来生物をみかけたら、責任をもって駆除することが望まれます。
 ただ、一度蔓延してしまった外来生物を減らすには、大変な労力が必要です。外来生物による被害を抑えるためにも、また対策の労力を抑えるためにも、早期発見・早期対応の取組が重要です。たとえば自社の敷地では未確認ですが周辺地域では確認されている(侵入リスクの高い)侵略的な外来生物の写真リストをつくり、侵入したら従業員が気が付ける体制にする、といった取組です。こうした早期対策は、外来生物被害の発生が避けがたい場合に、被害を低く抑えるためのリスクヘッジとして有効です。

 このように、サプライチェーン、生物資源、土地の管理などを通して、事業活動と外来生物との間には関連があります。これまでは意識せず、見落としてきた点もあったのではないでしょうか。TNFDをはじめ、ネイチャーポジティブを目指すESGが主流化する直前だからこそ、外来生物という切り口で自社事業を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。

 ※最後に余談です。上述したアメリカザリガニとミシシッピアカミミガメは、特例措置のついた特定外来生物に指定される予定です。特定外来生物に指定されると、輸入、飼養・栽培、保管、運搬、譲渡、野外への放出が禁止されますが、この2種は特別に、輸入、野外への放出、そして営利目的の飼養や譲渡のみ規制される見通しです。
 つまり、ザリガニを釣って、それを持ち帰って家で飼育することは、規制対象にはなりません。ただし、一度野外から持ち帰ると、だれかに(非営利で)譲渡するか、あるいは死ぬまで飼い続けなければなりません。野外に放した時点で、外来生物法違反(個人で最大300万円の罰金!)になります。(詳しくは改正案をご覧ください)
 外来生物も在来生物も、どちらも等しく生命を持った存在です。いま動植物を飼育栽培している方は、嫌われ者の外来生物として命を奪われる生きものがこれ以上増えないよう、最後まで面倒を見てあげてください。

 

(北澤 哲弥)