開催報告 「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」

9月26日(日)、港区エコプラザで開催された「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」セミナーにて、伝統芸能の道具ラボ主宰の田村民子さんとともに、弊社北澤が講師を務めました。

歌舞伎や能を見ていると、さまざまな場面で自然と文化のかかわりを感じることがあります。今日注目したのは、役者が舞台で身にまとう小道具の一つ「蓑」と、草地の自然でした。かつての日本人は身の回りにある草地を手入れし、そこから道具の素材や家畜の餌を得るだけでなく、絵画や歌のインスピレーションも得ていました。身近な草地は、人々の生活を潤す存在だったのです。しかしいまや、草地の草を使い、身の回りの道具を作る人はまずいません。このような草地と人とのつながりの希薄化が草地を減少させ、草を利用する知恵も失われつつあります。その結果、蓑のような伝統芸能の小道具が存続の危機にさらされてしまったのです。

いま、これを再生させようと、伝統芸能の道具ラボや藤浪小道具の皆さんが精力的に再生への活動を進めています(詳細はこちら)。自然を守ること、失われた自然と人とのつながりを結び直すこと、自然を利用する知恵を継承すること。直接は関係がないように見えますが、こうした自然と文化のつながりを全体として守ることが、伝統芸能を未来へとつなげる手助けになることを、今回のセミナーでは再認識することができました。参加者の皆様、またセミナーを開催頂いた港区立エコプラザの皆様、どうもありがとうございました。

日本社会を支える多様な文化と自然は、互いに切っても切れない関係にあります。そのような関係は「生物文化多様性」と呼ばれます。私たちの社会が物質的にも精神的にもゆたかであり続けるために、生物文化多様性を大切にする活動を、これからも続けたいと思います。

ネイチャー・ポジティブとは?

最近、「ネイチャー・ポジティブ」という言葉を耳にする機会が多くなってきました。ネイチャー・ポジティブは気候変動の「カーボン・ニュートラル」に相当する、生物多様性の大方針です。TNFDやSBT-Nなども、ネイチャー・ポジティブの達成を最大の目標とし、その評価基準となるべく開発が進められています。今回は、これからの生物多様性の大方針となるであろう、ネイチャー・ポジティブについて取り上げます。

ネイチャー・ポジティブの考え方そのものは、新しいものではありません。愛知目標が採択された2010年に策定された日本の生物多様性国家戦略2010には、同じ道筋が「我が国の生物多様性の回復イメージ」として図示されています。しかし、愛知目標は十分に達成されず、残念ながら生物多様性の劣化は止まっていません。どこまでやれば十分な成果を得られるのか、その科学的根拠は何かといった、活動の拠り所となる情報を示せなかったことが、未達成に終わった原因の一つと言われます。

そうした反省を踏まえ、盛んになってきたのがネイチャー・ポジティブを軸としたさまざまな動きです。経済団体や環境NGOが合同で発表した「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」では、3つの測定可能な時限目標によって、ネイチャー・ポジティブを目指すと示しています。その3つとは、2020年をベースラインとし、① Zero Net Loss of Nature from 2020(事業によるマイナスの影響を保全活動などによって相殺し、プラスマイナスゼロを目指す活動を2020年から始める)、② Net Positive by 2030(2030年までにプラスの影響がマイナスを上回る状態にする)、③ Full Recovery by 2050(2050年までには持続可能な状態に自然を回復させる)です。

ここで気になるのは、どのような指標でプラスマイナスを評価するのかです。企業の生物多様性評価ツールでも指標が使われるわけですが、まだ標準化されたものはありません。これまで作られた評価ツールで、指標として用いられることの多い「平均生物種豊富度:MSA(Mean Species Abundance)」を事例に、プラスマイナスの評価イメージを見てみます。MSAは、ある土地の自然にもともと暮らしていた動植物について、人間の影響を受ける前のそれぞれの種の個体数(量)を100%とし、その何%が生き残っているかを種ごとに評価して、その平均を示したものです。土地本来の在来種が、より多く残っている場所ほど、この数値が高くなるわけです。こうした指標を利用するためには、自社有地で殺虫剤や除草剤の利用を減らし動植物への影響を減らす、ビオトープをつくり在来種の生息環境を増やすといった活動を進めるだけでなく、指標とする生物を特定し、モニタリングすることが不可欠となります。

今後、どのような指標がスタンダードになるかはわかりませんが、企業がそれぞれの現場においてやるべきことに変わりはありません。自社の活動と生物多様性の関係を明確にし、自社の拠点およびサプライチェーン全体を通して、環境負荷をなくし、自然の再生に地道に取り組み、そしてその評価のためのモニタリング調査に取り組むことが重要です。新型コロナの影響もあって国際的な枠組みがなかなか決まりませんが、基準が決まるまで待つのではなく、先んじて一歩一歩、生物多様性保全を進めていただければと思います。

11/11オンラインセミナー 「生物多様性活動の効果的なフレームワーク ~アウトカムに注目~」

ESGが主流化した現在、企業の生物多様性活動に求められる内容は様変わりしています。企業内の事だけでなく、企業を取り巻く社会のサステナビリティにどう貢献するのか、活動の在り方が求められているのです。
生物多様性は自然資本として企業を支えるだけでなく、地域社会をも支える存在。だからこそ、自社の活動は社内だけの問題ではなく、地域社会の課題を改善するための活動として捉えることが大切です。ESGの情報開示で求められる視点は、まさにこの社会への貢献という視点です。

本オンライン・セミナーでは、活動の「アウトカム」に注目することで、内向きになりがちな生物多様性活動を、社会課題の解決と結びついた活動とするための考え方について紹介します。

→お申込みはコチラ

【日時】2021年11月11日(木)15時~16時30分

【開催方法】Zoom ※お申込みいただいた方には参加用URLをお送りいたします。

【主催】株式会社エコロジーパス

【対象】生物多様性活動の進め方を見直したい、効果的に始めたいと思っている企業の方

【参加費】無料

【プログラム】

15:00-15:05            挨拶、趣旨説明

15:05-15:35            講演1「生物多様性活動の効果的なフレームワーク アウトプットからアウトカムへ」    演者:金澤厚

15:35-16:20            講演2「アウトカムに注目した活動事例」    演者:永石文明

16:20-16:30            質疑応答、アンケート

【お申込み】 11月10日〆切 申込フォーム

オンライン連続セミナー2021「これからの生物多様性活動について考える」

 地理空間情報技術のリーディングカンパニーである国際航業(株)との共同企画で開催する、生物多様性セミナーのご案内です。企業にて生物多様性活動についてご担当されている方、何をやればいいのかとお悩みの方、ヒントが随所に散りばめられております。
 全4回の予定ですが、ご希望回のみの参加も歓迎いたします。皆様のご参加をお待ちしております。

【開催形式】オンライン(google Meetを使用予定)

【費  用】無料

【お申込み】info@ecopath.co.jp  ※企業名、所属部署、役職、氏名、電話番号、メールアドレス、参加予定回をご記載の上、タイトルを「連続セミナー2021参加申込」とし、上記アドレスまでメールをお送り下さい。

【開催日時及びテーマ】
・第1回: 10月21日(木)10:00-11:00「持続可能な経営に求められる課題~生物多様性対応がなぜ必要か~」
  講師 金澤 厚(株式会社エコロジーパス)

・第2回: 11月 4日(木)10:00-11:00「生物多様性の現状と企業の動向 」
  講師 鶴間 亮一(国際航業株式会社)

・第3回: 11月17日(水)10:00-11:00「なぜ生物多様性に取り組むのか ~生物多様性を活かす価値創造ストーリー~」
  講師 北澤 哲弥(株式会社エコロジーパス)

・第4回: 12月 2日(木)10:00-11:00「なぜ生物多様性に取り組むのか  生物多様性活動の具体化プロセス」
  講師 坂本 大(国際航業株式会社)

【チラシ】こちら

世界目標に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントとは?

「工場内の緑地に生物の生息環境をつくっている」「生物多様性に配慮した社有林管理を進めている」「NPOとともに地域の自然を守る活動に取り組んでいる」
 自社有地や周辺地域で、希少な動植物や生態系の保全活動を行っている企業は多くあります。しかし同時に、こうした取り組みが評価されず困っている、という声も聞かれます。その状況改善のための方法はいくつかありますが、国や世界目標と関連づけることもその一つです。2030年に向けた生物多様性の国際目標(案)から保護区、特にOECMに注目し、世界に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントを考えてみます。

 今秋開催予定の生物多様性条約COP15では、2030年に向けた生物多様性の国際目標が検討されます。その中に、世界の陸と海の地域の少なくとも30%を保護区にするという目標(案)があります。愛知目標では陸域の17%、海域の10%だったので、かなり野心的です。しかし逆に言えば、陸域と海域の30%くらいの面積を守らなければ、生物多様性を効果的に保全することができないということです。

 この30%という数値をもう少し掘り下げてみましょう。地球上の陸域は29%が氷河や砂漠に覆われ、残りの71%に大半の生物が生息しています。ただ、半分はすでに農地などに開発されているため、現在も自然が残る地域は陸域の35%ほどです。30%という面積を達成するには残る自然地の大半を保護区にしなければならず、増加する食料や資源需要との間で「保全vs利用」の対立が起こりかねません。

 そんな対立をどう避ければよいのか、一つのヒントが新目標の中に書かれています。国立公園のような保護区以外の仕組みによって生物多様性を保全する手法で、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)と呼ばれています。保護区のように保全だけを目的として他の活動を排除するのではなく、利用されている場所であっても保全と両立できていれば生物多様性に貢献している場所とみなす、ということです。例えば、公的な保護区以外の場所で、保全を目的に管理が行われている場所(例:バードサンクチュアリ、工場敷地のビオトープなど)、主目的ではないが二次的な目的として生物多様性への配慮が行われている場所(例:自然豊かな都市公園、環境保全型の農地など)などが考えられます。
 今年6月に行われたG7サミットでG7・2030年「自然協約」が採択されましたが、ここでもOECMが保全目標達成の重要な手段として位置付けられており、関心の高さがうかがえます。

 このOECMとして企業の保全活動地が認められれば、自然資本としての価値が明確になるとともに、国や世界目標に貢献することになり、生物多様性を主流化するための追い風になります。そこで気になるのは、どんな場所がOECMの対象となるかという点です。基準はこれから検討される予定ですが、IUCNのガイドラインをもとに抑えるべきポイントを考えてみます。

1)対象地の長期的な統治および管理へのコミット: 生物多様性を保全するために、安定して持続的な土地の統治管理体制が求められます。社有地であれば、その土地を長期にわたり生物多様性の保全のために供し、土地改変などを行わないことの確約などが求められることになりそうです。

2)生物多様性保全を目的に含む土地利用の方針や計画、確実な実施: その土地で、効果的に生物多様性保全や生態系サービスの維持が実現しているかどうかは、不可欠な情報です。社有林や工場であれば、生物多様性保全の目的を明記した土地利用の方針、生物多様性への負荷を低減する取り組みや生息環境の保全に関する管理計画・実施記録など、エビデンス資料となる情報の整理が重要なポイントとなりそうです。

3)活動効果を検証するモニタリング: 生態系の再生・復元の際に、意味のある成果が出ているかが求められます。工場敷地でのビオトープ創出であれば、地域本来の動植物の再生が実現しているか、生物多様性の減少要因が低減されているか、長期的に維持する体制があるか、といった点がポイントになります。こうした情報を集めるため、モニタリング調査やデータを活用する保全管理の体制が不可欠です。

 上記のポイントを踏まえることは自社の土地管理の可視化につながり、OECMのみならず、第三者に自社の取り組みを伝えていくうえでの強みとなります。TNFDやCDPなど、企業による生物多様性へのインパクトや貢献を情報開示ししていくESGの流れは、今後ますます進んでいきます。その準備のためにも、OECMの考え方に倣い自社の土地の管理方法を見直してみてはいかがでしょうか。

◆参考文献
IUCN-WCPA Task Force on OECMs (2019) Recognising and reporting other effective area-based conservation measures. Gland, Switzerland: IUCN.

(北澤哲弥)

小さくはじめる生物多様性活動

 「生物多様性の取り組み、何から始めてよいのかわからない」「始めてみたものの、事業とのつながりがわからない」といった悩みをお持ちではありませんか。自然の姿は場所が変われば大きく異なり、事業との関わり方も企業ごとにまちまちです。そのため画一的な方法を当てはめにくく、何をすればよいかがわからない、なかなか始められないといった原因になっています。

 そんな悩みの糸口になりうるのが「スモールスタート」です。企業による生物多様性の取り組みは、サプライチェーンや事業全体で生物多様性との関連性の把握から始めること、とよく言われます。もちろん一理ありますが、最初から人員や予算を割いて大々的に行うことは難しいもの。そこで歩みが止まってしまっては、元も子もありません。まずは範囲を限定して一つの拠点で、規模は小さくともポイントを押さえた活動を始めてはいかがでしょうか。そんなスモールスタートのポイントについてご紹介します。

 なぜスモールスタートか。その利点は①開始までのハードルが低い、②失敗してもリスクが小さい、③トライ&エラーを通した改善が容易、という3点にあります。先の見えづらい活動に最初から大きな予算をつけにくいという運営上の理由に対し、まずは少ない予算・人数で始められることは大きなメリットです。また野外で自然を相手にするのですから、思ったような結果にならないことはよくあります。だからこそモニタリングで効果を測定し、結果が出ない場合はやり方を修正して再び試すトライ&エラーが、生物多様性の取り組みには適しています。

 ただ、小規模だからと言って、簡単にできることをやるだけでは効果的な活動にはなりません。たとえば、メダカを事例に考えてみましょう。身近な魚の代表だったメダカは、いまや国の絶滅危惧種です。その保護活動を行えば、生物多様性の保全につながる、これは間違いありません。しかし「メダカが減っているのは分かった。ただ、うちの会社がメダカを守る理由は何か?」と上司に問われたら、何と答えますか?
 「メダカは地域にとって大切だから」という回答では、その活動は企業にとって地域・社会貢献という位置づけ以上にはなりえません。言い換えれば、その企業の生物多様性保全活動がメダカでなければならない理由はないということです。他に優先的な課題が出てきたり、担当者が変わったりすれば、メダカの活動は打ち切りになるかもしれません。
 「排水先の河川でメダカが暮らすのは排水による悪影響が無いことの証し。だからメダカが暮らせる環境を守る」という回答であれば、その活動は環境負荷低減という事業との関わりが出てきます。排水基準を守ることは当然ですが、それ以外の部分で、自社の操業が周辺環境に対して本当に悪い影響を及ぼしていないか、ということを証明する生物指標として、メダカが暮らせる環境を維持しているわけです。
 他にも「環境保全型農業でつくられた農作物を扱っており、メダカがいる小川は自然と共生する作物のシンボル。だからメダカを保全する」という回答もあるかもしれません。その場合、商品の品質を裏づける存在として、また商品PRのシンボルとして、メダカは事業と深く関わる生物です。だからこそ社をあげてメダカを保全している、と言うストーリーが描けます。

 このように、スモールスタートであったとしても、事業や拠点と周辺の自然とのかかわりを押さえることは、生物多様性を踏まえた価値創造ストーリーを描くうえで重要です。一つの拠点だけで事業全体と生物多様性とのかかわりを把握できるわけではありませんが、考え方や視点を学ぶことができ、時間や労力も少なくて済みます。まずは一つの拠点で、規模は小さくとも効果の高いスモールスタートをきり、これをモデルとして他の拠点や全社的な取り組みにも展開できれば、生物多様性を社内で主流化する糸口になりえます。

 今秋は生物多様性条約のCOP15が開催され、2030年に向けた生物多様性の目標が設定されます。これにあわせ、国内でも様々な目標が更新される予定です。気候変動に関する取り組みがここ数年で大きく動いたように、生物多様性への世界的な潮流は次の数年で大きく動くことになるでしょう。生物多様性の取り組みをスタートしたい、あるいはリスタートを考えている方にとって、今年は絶好のタイミングとなりそうです。

 弊社ではこの5月より、拠点で始めるスモールスタート支援サービスを開始いたしました。工場など一つの拠点に絞り、事業とかかわりがある生物多様性の評価(スクリーニング)と保全活動の提案を、弊社のコンサルタントが支援するサービスです。ご関心ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

拠点で始める生物多様性活動 スモールスタート支援サービス

生物多様性について、「何から始めてよいのかわからない」「いきなり本格始動ではなく、小さく始めたい」「始めてみたもののサステナビリティやESGの流れとつながらない」といった悩みをお持ちではありませんか。
自然の姿は地域によって大きく異なり、事業との関わりも拠点ごとに変わります。まずは小さく一つの拠点で活動をはじめ、生物多様性への取り組み方の理解を深めることで、他拠点への水平展開や社内での主流化に取り組みやすくなります。しかしその活動に事業とのかかわりがなければ、将来展開の可能性が狭まってしまいます。
未来を見据えたスモールスタート活動となるよう、弊社が活動の初期設計をサポートいたします。

◆概要
工場などの拠点1カ所を対象に、ヒアリングシートによる事前調査および訪問による現地調査、現地スタッフとの意見交換を通して、対象の拠点と関係の深い自然を敷地内外からスクリーニングし、優先度の高い自然の選定および保全活動案を作成、ご提案いたします。

◆対象
工場、オフィスビル、物流施設などの拠点1か所

◆費用
20万円(税別)および現地訪問にかかる実費。
訪問先が東京から遠方の場合は、移動拘束時間などを考慮し、別途お見積りいたしますので、お問い合わせください。
なお活動提案以降の関与につきましては、別途ご相談ください。

◆お問い合わせ・お申込み
こちらのフォームより、お気軽にお問い合わせください。

◆本サービスに関する詳細(当社ウェブサイトをご覧ください)

生物多様性保全に重要な統合的視点とは ~伝統芸能と生物多様性の事例に学ぶ~

生物多様性の減少を食い止めるには統合的な取り組みが不可欠、ということを先日のブログでご紹介しました。統合的アプローチには、トレードオフの回避やシナジー効果の創出など、複数分野の社会課題に対する横断的な貢献が期待されます。しかしその実現のためには、特定の課題を引き起こす要因を理解したうえで、その課題解決のための取り組みが他分野にどう影響するかを見極めることが重要です。SDGsで各ゴールが相互に関係すると指摘されているのがまさにこのことで、お互いのツボを押さえた対応方法をとることによって、一つの活動が大きな広がりを生むようになります。今回は、伝統芸能と生物多様性とのかかわりを事例に、統合的アプローチについて考えてみます。

日本の代表的な伝統芸能の一つ、歌舞伎。舞台の上では和傘やキセルなど、かつて日常生活の中で利用された様々な小道具が使われます。しかし近年、こうした小道具の入手が困難になっています。その理由は大きく分けて2つ「原材料調達」と「製作技術」だと、「伝統芸能の道具ラボ」主宰の田村民子さんは指摘します。

チガヤを用いて復元した百姓蓑

「原材料調達」に課題を抱える例を見てみましょう。歌舞伎の女形の髪を飾るために必要な道具であるかんざしには、タイマイというウミガメの甲羅(べっこう)が使われたものがあります。また三味線では、コウキというマメ科の樹木が棹の材に、ゾウのキバ(象牙)がバチに使われることがあります。これらの生物はいずれもワシントン条約で取引が規制される希少生物。その利用は年々規制が厳しくなる一方で、このままでは文化的な利用と生物多様性の保全との間のトレードオフが解消されません。その回避のために伝統芸能の道具ラボを中心に、代替素材によるかんざし保全プロジェクトが始まりました。アセテート樹脂を代替素材に使い、その加工に鯖江の眼鏡製作技術を取り入れて、新しいかんざしの製作についに成功しました。今ではこのかんざしが歌舞伎の舞台で活躍しています。素材開発は企業が生物多様性保全に本業のビジネスとして貢献できる一つの方法です。このかんざし保全プロジェクトは、伝統芸能の道具を保全しつつ、生物多様性へのインパクトをゼロにし、さらに新たな仕事を生み出すという、3分野の課題を統合した好事例と言えるでしょう。<詳しくは、伝統芸能の道具ラボ「プロジェクトk-2フェイク・ベッコウ」>

次に「製作技術」の課題ですが、歌舞伎の人気演目「仮名手本忠臣蔵」で使われる重要な小道具に、百姓蓑があります。しかし自然素材をそのまま利用する蓑は、いまや日常で利用する人はいなくなり、素材や製作技術が継承されず、入手困難になっていました。その復元プロジェクトに道具ラボが取り組み、弊社もそれをサポートしました。そもそも素材が何かというところからプロジェクトがスタートしましたが、これはチガヤというありふれた野草の葉の芯を取り除き、乾燥させてから、蓑として編みこんでいるということがわかりました。硬いチガヤの葉を使いやすく加工する里山の知恵が蓑には詰まっていたわけです。こうした地域の自然資源をうまく利活用する郷土の知識を「伝統知」といいます。蓑に関する伝統知を受け継いでいた博物館、チガヤを栽培する地域の方の協力を得て、蓑を再び作ることができました。伝統知は、自然が荒れて素材が入手できなくなることでも、またその道具が利用されなくなることでも失われてしまいます。蓑だけでなく、竹を使った和傘やキセルなど、伝統芸能は様々な伝統知で支えられています。小道具の保全は、伝統知を守り活かしていくこと。里山の自然、郷土の文化や歴史に横串をさし、つないでいく統合的なアプローチの活動に他なりません。<詳しくは、伝統芸能の道具ラボ「百姓蓑(復元)MINO」>

道具ラボの活動をSDGsの視点で見ると、郷土の文化や歴史の継承(目標4)、文化遺産である歌舞伎や能楽など伝統芸能の小道具再生の技術革新(目標8)、希少生物や里山の自然素材の保全(目標15)、多くのステークホルダーをつなぐパートナーシップ(目標17)など、多くのSDGsを有機的に結びつけた統合的アプローチの見本と言えます。

生物多様性と文化は相互に影響を与えあい、伝統知がお互いをつないでいる。こうした関係は「生物文化多様性」とも呼ばれ、保全のために統合的アプローチが必要な分野として国際的にも注目されています。その成功には、様々な分野の課題を広く理解すること、各分野における協力者を得ることが欠かせません。道具ラボが多くの人をつなげたように、他分野を理解している協力者のパートナーシップがポイントです。統合的アプローチを成功させるためにも、広い視野を育てるとともに、異分野との交流を進めていただければと思います。

(北澤 哲弥)

図鑑発売のご案内

弊社北澤が監修にかかわった学研の図鑑が2冊発売されました。

「くさばな」は小学校低学年前後のお子様と一緒に、家で読むための大型本です。
もう1冊の「花」は入門者向けで、野外に持ち歩いて花の形から名前を調べることができるポケット図鑑です。

「花」の製作では、弊社がお世話になっております、カゴメ野菜生活ファーム富士見様、佐川急便「高尾100年の森」様、JTの森重富様、横浜ゴム株式会社様からも、写真の撮影協力をいただきました。誠にありがとうございました。

店頭で見かけた際は、お手に取っていただけましたら幸いです。

なぜ?どうして?はじめてのこども図鑑 くさばな
北澤哲弥(監修)/ 廣瀬光子(監修)
https://hon.gakken.jp/book/1020531100

学研の図鑑LIVE(ライブ)ポケット 花
北澤哲弥(監修)/ 廣瀬光子(監修)
https://hon.gakken.jp/book/1020530400

生物多様性保全のための将来シナリオとは?

 生物多様性条約のCOP15が今年10月に延期されましたが、そこでは2030年に向けた国際目標が議論されます。その前身である愛知目標は、昨年9月に公表された「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」で評価され、達成は不十分であり、2030年までに生物多様性の減少トレンドを逆転するためにはさまざまな分野を統合した社会変革が重要であることが指摘されました(詳しくはコチラ)。また社会変革に向けた統合的取組の重要性を、目標達成への道筋の根拠となる将来シナリオに基づいて描いています。気候変動分野でも主流となっている将来シナリオを用いた分析は、今後、生物多様性分野でも加速すると思われます。GBO5のデータをもとに、生物多様性保全につながるシナリオのポイントを考えます。

 その元となったデータは、オーストリアの研究者Leclèreを中心としたチームが2020年9月にNature誌に投稿した論文「Bending the curve of terrestrial biodiversity needs an integrated strategy」です。タイトルが示す通り、陸域の生物多様性の減少を止め回復するためには統合的戦略が必要、と述べています。SDGsでも異なるゴール間の関係を考慮しなければ効率的な取組は困難と指摘されていますが、そこにもつながる結論です。たとえば生物多様性の問題の多くが農業などによる土地利用から生じていますが、人間に必要な食料生産を確保したうえで生物多様性保全を実現することは、本当に可能なのでしょうか?どんなシナリオであれば実現可能なのでしょうか?この論文は、こうした問いに取り組み、目標達成の可能性を示すための科学的データを示しています。GBO5のFull Reportに引用された図を、ここで紹介します。

図 「成り行き」「保全取組のみ」「統合的な取組」シナリオに基づいた、4つの陸域生物多様性指標の過去および将来のトレンド
改変して引用: Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2020) Global Biodiversity Outlook 5. Montreal.

 この図は、生物多様性の状態を示す4つの指標について、気候変動分野でも利用された社会経済シナリオに基づいて、土地利用の変化と生物多様性との関係をモデル化し、生物多様性の減少傾向を逆転させるシナリオを評価しています。「成り行きシナリオ」では、いずれの指標でも過去の傾向と同じかそれ以上の速度で減少が続きます。一方、「保全取組のみのシナリオ(保護地域の拡大や自然再生、および景観レベルでの保全計画を強化)」では、2075年までには減少が止まり改善に転じる可能性が示されました。ただしこのシナリオは将来的に食料価格を上昇させ、食料供給との対立を生む可能性も指摘されました。

 では生物多様性の保全と食料供給の両立が不可能かというと、そうではありません。保全取組に加えて、農地の生産性向上や農産物貿易の拡大といった供給側の取組、および食料廃棄の削減や食生活の改善といった需要側の取組をあわせた「統合的な取組シナリオ」では、生物多様性の減少を抑えて2050年までに回復の道筋に乗せるとともに、食料生産と衝突することもないことが予想されました。すなわち、生物多様性に支えられるサステナブル社会を維持するためには、自然を保全/再生する取り組みだけでは不十分で、農業の持続性を高めるという生産側の取組みとともに、消費者側も肉食を減らすといった食生活の変革を含めた、統合的な取り組みが欠かせないことをこの図は示しています。言い換えれば、自然や生き物を守る活動はもちろん必要ですが、それだけではサステナブル社会の構築は不可能で、持続可能な生産消費といった社会変革の取り組みが欠かせないということです。

 昨年、EUが生物多様性戦略とFarm to Fork(食料システム)戦略を同時に採択したのも、欧州が掲げる持続可能な成長戦略「グリーン・ディール」の推進に、統合的視点が欠かせないからにほかなりません。日本でも農林水産省を中心にした「みどりの食料システム戦略」などの動きが見られます。

 企業にとって、こうした統合的な動きはどう関係してくるのでしょうか。一番のポイントは「事業の中での生物多様性配慮」が一層求められることだと言えます。統合的な取組の中で、いま最も焦点が当てられているのは土地(海洋)利用であり、農林水産業です。関連する企業は、土地や海洋利用の視点から生物多様性と事業との関係を明確にするとともに、新たな土地開発の抑制、有機農業や生物と共生できる農地整備、荒廃地の自然再生といった対応を始めることが急務と言えます。また直接的に自然資源を利用しなくとも、食料廃棄の抑制、食生活の転換(肉食の抑制)など消費者側の取り組みも統合的に進むことを考えると、無関係の企業は少数かもしれません。

 生物多様性のシナリオは、今後、土地利用だけでなく、外来生物や汚染といった観点へと拡大し、それらも包含した取り組みが求められることは必至です。10月開催予定のCOP15ではこうしたシナリオが再度注目されることになると思いますので、事業と生物多様性の関係性を踏まえ、自社の取り組みを再考する機会にしてみてはいかがでしょうか。

(北澤 哲弥)