いまなぜTNFDが求められるのか?

 今年は生物多様性条約で2030年に向けた国際目標が決まるなど、生物多様性に関連した大きな動きがあります。その中でも、生物多様性版のTCFDといわれるTNFDが注目を集めています。2023年公開に向けてまだ詳細は見えませんが、生物多様性に関する背景をもとに、いまなぜTNFDが求められるのかを考えてみます。

 世界経済フォーラムでは毎年グローバルリスクレポートを公表しています。2022年のレポートによると、生物多様性の損失は、気候対策の失敗及び異常気象に続き、今後10年間で最も深刻なリスクとなりうる3番目の項目に位置付けられています。なぜ生物多様性がこれほど深刻なリスクとして認識されるようになったのでしょうか。

 その背景には、ビジネスと生物多様性との関係がハッキリしてきたことがあります。SDGsのウェディングケーキモデルが示すように、経済・社会・環境の各分野は相互に結びつき、環境が社会を支え、社会が経済を支え、経済は環境に影響を及ぼします。世界の総GDPの半分以上(44兆ドル)が、自然とそのサービスに依存しているといわれ、私たちの暮らしや経済にとって生物多様性は欠かせないという認識が広がっています。

 しかし私たちの社会や経済を支える生物多様性は、いま、急速に失われています。生物多様性を減少させる直接的な要因は、土地利用や過剰採取といった人間活動です。そしてこれらの要因は、生産/消費パターンや人口増等といった経済社会システムのあり方が根本的な要因であることもわかってきました。このまま生物多様性が減り続ければ、今後数十年で100万種もの生物が絶滅の危機に瀕すると言われています。その影響は私たちの社会や経済に跳ね返り、このまま減少が続けば、2030年には年間2.7兆ドルもの経済損失を被ると試算されています。つまり、生物多様性の減少は単に自然がなくなるということではなく、社会経済の持続可能な発展を妨げる大きな社会課題であるわけです。企業にとっては、ビジネスリスク以外の何物でもありません。

 上述した生物多様性を減らす要因は、企業活動と深くかかわっています。世界で絶滅が危惧される種のうち、じつに79%が食料・土地利用・海洋利用、インフラ建設、そしてエネルギーと鉱業という3つの社会経済システムによって影響を受けているとされています。農林業に伴う土地利用変化や水へのインパクト、都市や工業地域の開発、ダム建設や資源採掘など、さまざまな経済活動が、生物多様性に影響を及ぼす要因となっているのです。

 一方、従来の経済社会システムから移行する動きも始まりつつあります。リジェネラティブ農業や植物性たんぱく質、森林再生、グリーンインフラ、サーキュラーエコノミーなど、様々な取り組みがあります。こうした流れは今後加速し、2030年までに3億9500万人の雇用、年間10兆ドル相当のビジネス機会を創出すると世界経済フォーラムは試算しています。

 これまでにも多くの企業が、環境負荷を減らしたり、絶滅危惧種をまもったりする活動などを行ってきました。これからの企業には、こうした保護や負荷低減に加え、生物多様性に関する変化がどう事業に影響を及ぼすかを理解してリスクを減らす取り組みを進め、さらには社会経済システムの移行をチャンスと捉えて自然再生型ビジネスを展開すること等が求められます。すなわち、生物多様性という物差しを使ってサステナブルな企業であるかどうかが判断される時代になる、だからこそTNFDというESG情報開示のフレームが求められていると言えます。

 社会貢献としての生物多様性の取組では、「地域のため、社会のために良いことをしているか」が分かっていれば十分でした。しかしESGの文脈においては「事業との結びつきの視点」が欠かせません。TNFDはその視点を与えてくれるツールになると思いますが、ハードルが高く、いきなりでは社内の理解が得られない企業もあるかもしれません。そのような場合には、個別に動いていた既存の生物多様性活動を事業と結びついた活動へと発展させていくことから始め、事業全体へと対象を広げていってはいかがでしょうか。

(北澤哲弥)

SDGs達成に向けて高まる統合的アプローチの重要性

 昨年11月の気候変動枠組条約COP26では、気温上昇を1.5℃までに抑える決意が示され、パリ協定の仕組みも成立しました。一方、2030年までに森林破壊を終わらせることや、森林破壊に関連する投資を停止するなど、生物多様性の分野で扱うようなテーマが気候変動とセットで語られる機会が多くありました。今回は、生物多様性と他分野の課題への対応とのつながりに注目し、両者の同時解決を図る統合的アプローチの重要性について考えます。

 COP26で森林がトピックとなった背景には、SDGs対応が進む中で、異分野間のトレードオフが顕在化してきたことがあります。例えば、バイオマスエネルギー利用が促進され気候変動対応が進む一方、バイオマス原料として木材チップを生産するために天然林が伐採され、生物多様性の減少が進むといったことです。環境問題は外部不経済により引き起こされてきた側面がありますが、経済との結びつきが強まった気候変動対策により、未だその価値が内部化されていない生物多様性の減少が進むという状況を見ると、これまでの歴史に何を学んできたのか、と残念な気持ちになります。こうしたことに多くの人達が気づき、統合的な視点を持って分野横断的に同時解決をはかる対策の重要性が認識されるようになってきました。世界的な認識を高めるきっかけとなったのが、2021年6月にIPCCとIPBESが協働で作成したレポート「Biodiversity and Climate Change」です。その中では「これまでの政策は、生物多様性の保全と気候変動対策を独立に扱うことが多かった」、「生物多様性と気候変動の両者を同時に考えることで、取り組みの効果を最大化し、グローバルな世界目標(SDGs、パリ協定、生物多様性目標)を達成しやすくなる」ことなどが、指摘されています。

出典:IGES 生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書:IGESによる翻訳と解説

 それぞれを独立に扱ってきたことで、どのような問題があったのでしょうか?レポートでは、それをわかりやすく図に整理しています。上図の左側には気候変動対策の取り組みが、そして右側には生物多様性対策の取り組みが並んでいます。ここで、左側の森林や海洋の炭素吸収源の保全や再生、持続的な農林業の推進やフードロス対策などからは、右側に向かって青い線が伸びています。この青い線は、気候対策を行うことで生物多様性保全にもプラスの影響があることを示しています。

 しかし中には、赤い線が伸びているケースもあります。こちらはトレードオフ、つまり気候変動対策にはプラスでも生物多様性にはマイナスになることを示しています。例えばバイオエネルギーの場合、燃料作物を大規模プランテーションで生産すれば、農地の開発圧を高め、生態系破壊につながります。他にも植林はCO2吸収という面ではプラスですが、もともと森林が成立するはずのない環境に植林をすれば本来の生態系の破壊につながりますし、CO2吸収の効率が良いからと外来樹種を植えれば、それは外来生物問題にもつながります。このようなトレードオフを生み出していてはSDGs達成は困難であり改善が必要、とこのレポートは指摘しています。

 トレードオフを生み出さないためには、統合的アプローチが重要です。生物多様性を減少させることなく、サステナブルに作られた燃料を用いたバイオマス発電ならば、トレードオフを生じることなく気候変動対策を進められます。また郷土の森の再生を目指した再植林であれば、気候変動対策だけでなく、生物多様性を改善させる対策としても有効で、コベネフィットを生み出します。対策に充てられる資源や労力は有限です。相乗効果によって取り組みの効率を上げるためにも、統合的アプローチが大切です。

 統合的な視点は、なにも生物多様性と気候変動の関係に限った話ではありません。社会インフラでは、防災・減災やいやし効果といった自然の持つ多面的機能を活かした「グリーンインフラ」が注目されています。健康保健の分野でも、コロナ禍からのグリーン復興において、未知のウイルスと人類との接触を減らしてパンデミックを予防し、健康的な食を確保するためにも森林などの自然生態系を保全・再生することに注目が集まっています。

 こうした統合的視点を持った取り組みには、資金の流れが集まりつつあります。例えば、カナダやイギリスでは、泥炭地や森林などの生態系を回復させることで、炭素を捕らえて貯留し、GHGガスの削減を狙う取り組みに資金を出すことを表明しています。ESG投資の拡大により、今後、資金面での後押しはさらに強まることが予想されます。

 企業がいま現在行っている取り組みについても、統合的視点を持ち、見直しを進めることで活動効果を改善できます。たとえば森づくり活動では、炭素吸収と林業の視点から、単一の樹種を植栽している事例もあります。しかし統合的な視点を持ち、多様な樹種を植え、郷土由来の株を植栽するといった工夫をすることで、炭素吸収だけでなく、生物多様性や水源涵養、保全・レクリエーションなど、森の多面的な価値をさらに高める活動に発展させることが期待できます。 今年は4月に生物多様性条約COP15が開催され、世界の生物多様性への注目はさらに高まります。これを機に、統合性を意識して、生物多様性の取り組みを再考してみてはいかがでしょうか。

(北澤哲弥)

開催報告 「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」

9月26日(日)、港区エコプラザで開催された「伝統芸能と自然の関わりvol.3~歌舞伎の「蓑(みの)」と里山の生物を例に考える~」セミナーにて、伝統芸能の道具ラボ主宰の田村民子さんとともに、弊社北澤が講師を務めました。

歌舞伎や能を見ていると、さまざまな場面で自然と文化のかかわりを感じることがあります。今日注目したのは、役者が舞台で身にまとう小道具の一つ「蓑」と、草地の自然でした。かつての日本人は身の回りにある草地を手入れし、そこから道具の素材や家畜の餌を得るだけでなく、絵画や歌のインスピレーションも得ていました。身近な草地は、人々の生活を潤す存在だったのです。しかしいまや、草地の草を使い、身の回りの道具を作る人はまずいません。このような草地と人とのつながりの希薄化が草地を減少させ、草を利用する知恵も失われつつあります。その結果、蓑のような伝統芸能の小道具が存続の危機にさらされてしまったのです。

いま、これを再生させようと、伝統芸能の道具ラボや藤浪小道具の皆さんが精力的に再生への活動を進めています(詳細はこちら)。自然を守ること、失われた自然と人とのつながりを結び直すこと、自然を利用する知恵を継承すること。直接は関係がないように見えますが、こうした自然と文化のつながりを全体として守ることが、伝統芸能を未来へとつなげる手助けになることを、今回のセミナーでは再認識することができました。参加者の皆様、またセミナーを開催頂いた港区立エコプラザの皆様、どうもありがとうございました。

日本社会を支える多様な文化と自然は、互いに切っても切れない関係にあります。そのような関係は「生物文化多様性」と呼ばれます。私たちの社会が物質的にも精神的にもゆたかであり続けるために、生物文化多様性を大切にする活動を、これからも続けたいと思います。

ネイチャー・ポジティブとは?

最近、「ネイチャー・ポジティブ」という言葉を耳にする機会が多くなってきました。ネイチャー・ポジティブは気候変動の「カーボン・ニュートラル」に相当する、生物多様性の大方針です。TNFDやSBT-Nなども、ネイチャー・ポジティブの達成を最大の目標とし、その評価基準となるべく開発が進められています。今回は、これからの生物多様性の大方針となるであろう、ネイチャー・ポジティブについて取り上げます。

ネイチャー・ポジティブの考え方そのものは、新しいものではありません。愛知目標が採択された2010年に策定された日本の生物多様性国家戦略2010には、同じ道筋が「我が国の生物多様性の回復イメージ」として図示されています。しかし、愛知目標は十分に達成されず、残念ながら生物多様性の劣化は止まっていません。どこまでやれば十分な成果を得られるのか、その科学的根拠は何かといった、活動の拠り所となる情報を示せなかったことが、未達成に終わった原因の一つと言われます。

そうした反省を踏まえ、盛んになってきたのがネイチャー・ポジティブを軸としたさまざまな動きです。経済団体や環境NGOが合同で発表した「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」では、3つの測定可能な時限目標によって、ネイチャー・ポジティブを目指すと示しています。その3つとは、2020年をベースラインとし、① Zero Net Loss of Nature from 2020(事業によるマイナスの影響を保全活動などによって相殺し、プラスマイナスゼロを目指す活動を2020年から始める)、② Net Positive by 2030(2030年までにプラスの影響がマイナスを上回る状態にする)、③ Full Recovery by 2050(2050年までには持続可能な状態に自然を回復させる)です。

ここで気になるのは、どのような指標でプラスマイナスを評価するのかです。企業の生物多様性評価ツールでも指標が使われるわけですが、まだ標準化されたものはありません。これまで作られた評価ツールで、指標として用いられることの多い「平均生物種豊富度:MSA(Mean Species Abundance)」を事例に、プラスマイナスの評価イメージを見てみます。MSAは、ある土地の自然にもともと暮らしていた動植物について、人間の影響を受ける前のそれぞれの種の個体数(量)を100%とし、その何%が生き残っているかを種ごとに評価して、その平均を示したものです。土地本来の在来種が、より多く残っている場所ほど、この数値が高くなるわけです。こうした指標を利用するためには、自社有地で殺虫剤や除草剤の利用を減らし動植物への影響を減らす、ビオトープをつくり在来種の生息環境を増やすといった活動を進めるだけでなく、指標とする生物を特定し、モニタリングすることが不可欠となります。

今後、どのような指標がスタンダードになるかはわかりませんが、企業がそれぞれの現場においてやるべきことに変わりはありません。自社の活動と生物多様性の関係を明確にし、自社の拠点およびサプライチェーン全体を通して、環境負荷をなくし、自然の再生に地道に取り組み、そしてその評価のためのモニタリング調査に取り組むことが重要です。新型コロナの影響もあって国際的な枠組みがなかなか決まりませんが、基準が決まるまで待つのではなく、先んじて一歩一歩、生物多様性保全を進めていただければと思います。

11/11オンラインセミナー 「生物多様性活動の効果的なフレームワーク ~アウトカムに注目~」

ESGが主流化した現在、企業の生物多様性活動に求められる内容は様変わりしています。企業内の事だけでなく、企業を取り巻く社会のサステナビリティにどう貢献するのか、活動の在り方が求められているのです。
生物多様性は自然資本として企業を支えるだけでなく、地域社会をも支える存在。だからこそ、自社の活動は社内だけの問題ではなく、地域社会の課題を改善するための活動として捉えることが大切です。ESGの情報開示で求められる視点は、まさにこの社会への貢献という視点です。

本オンライン・セミナーでは、活動の「アウトカム」に注目することで、内向きになりがちな生物多様性活動を、社会課題の解決と結びついた活動とするための考え方について紹介します。

→お申込みはコチラ

【日時】2021年11月11日(木)15時~16時30分

【開催方法】Zoom ※お申込みいただいた方には参加用URLをお送りいたします。

【主催】株式会社エコロジーパス

【対象】生物多様性活動の進め方を見直したい、効果的に始めたいと思っている企業の方

【参加費】無料

【プログラム】

15:00-15:05            挨拶、趣旨説明

15:05-15:35            講演1「生物多様性活動の効果的なフレームワーク アウトプットからアウトカムへ」    演者:金澤厚

15:35-16:20            講演2「アウトカムに注目した活動事例」    演者:永石文明

16:20-16:30            質疑応答、アンケート

【お申込み】 11月10日〆切 申込フォーム

オンライン連続セミナー2021「これからの生物多様性活動について考える」

 地理空間情報技術のリーディングカンパニーである国際航業(株)との共同企画で開催する、生物多様性セミナーのご案内です。企業にて生物多様性活動についてご担当されている方、何をやればいいのかとお悩みの方、ヒントが随所に散りばめられております。
 全4回の予定ですが、ご希望回のみの参加も歓迎いたします。皆様のご参加をお待ちしております。

【開催形式】オンライン(google Meetを使用予定)

【費  用】無料

【お申込み】info@ecopath.co.jp  ※企業名、所属部署、役職、氏名、電話番号、メールアドレス、参加予定回をご記載の上、タイトルを「連続セミナー2021参加申込」とし、上記アドレスまでメールをお送り下さい。

【開催日時及びテーマ】
・第1回: 10月21日(木)10:00-11:00「持続可能な経営に求められる課題~生物多様性対応がなぜ必要か~」
  講師 金澤 厚(株式会社エコロジーパス)

・第2回: 11月 4日(木)10:00-11:00「生物多様性の現状と企業の動向 」
  講師 鶴間 亮一(国際航業株式会社)

・第3回: 11月17日(水)10:00-11:00「なぜ生物多様性に取り組むのか ~生物多様性を活かす価値創造ストーリー~」
  講師 北澤 哲弥(株式会社エコロジーパス)

・第4回: 12月 9日(木)10:00-11:00「なぜ生物多様性に取り組むのか  生物多様性活動の具体化プロセス」
  講師 坂本 大(国際航業株式会社) ※2日から9日へ変更となりました。

【チラシ】こちら

世界目標に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントとは?

「工場内の緑地に生物の生息環境をつくっている」「生物多様性に配慮した社有林管理を進めている」「NPOとともに地域の自然を守る活動に取り組んでいる」
 自社有地や周辺地域で、希少な動植物や生態系の保全活動を行っている企業は多くあります。しかし同時に、こうした取り組みが評価されず困っている、という声も聞かれます。その状況改善のための方法はいくつかありますが、国や世界目標と関連づけることもその一つです。2030年に向けた生物多様性の国際目標(案)から保護区、特にOECMに注目し、世界に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントを考えてみます。

 今秋開催予定の生物多様性条約COP15では、2030年に向けた生物多様性の国際目標が検討されます。その中に、世界の陸と海の地域の少なくとも30%を保護区にするという目標(案)があります。愛知目標では陸域の17%、海域の10%だったので、かなり野心的です。しかし逆に言えば、陸域と海域の30%くらいの面積を守らなければ、生物多様性を効果的に保全することができないということです。

 この30%という数値をもう少し掘り下げてみましょう。地球上の陸域は29%が氷河や砂漠に覆われ、残りの71%に大半の生物が生息しています。ただ、半分はすでに農地などに開発されているため、現在も自然が残る地域は陸域の35%ほどです。30%という面積を達成するには残る自然地の大半を保護区にしなければならず、増加する食料や資源需要との間で「保全vs利用」の対立が起こりかねません。

 そんな対立をどう避ければよいのか、一つのヒントが新目標の中に書かれています。国立公園のような保護区以外の仕組みによって生物多様性を保全する手法で、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)と呼ばれています。保護区のように保全だけを目的として他の活動を排除するのではなく、利用されている場所であっても保全と両立できていれば生物多様性に貢献している場所とみなす、ということです。例えば、公的な保護区以外の場所で、保全を目的に管理が行われている場所(例:バードサンクチュアリ、工場敷地のビオトープなど)、主目的ではないが二次的な目的として生物多様性への配慮が行われている場所(例:自然豊かな都市公園、環境保全型の農地など)などが考えられます。
 今年6月に行われたG7サミットでG7・2030年「自然協約」が採択されましたが、ここでもOECMが保全目標達成の重要な手段として位置付けられており、関心の高さがうかがえます。

 このOECMとして企業の保全活動地が認められれば、自然資本としての価値が明確になるとともに、国や世界目標に貢献することになり、生物多様性を主流化するための追い風になります。そこで気になるのは、どんな場所がOECMの対象となるかという点です。基準はこれから検討される予定ですが、IUCNのガイドラインをもとに抑えるべきポイントを考えてみます。

1)対象地の長期的な統治および管理へのコミット: 生物多様性を保全するために、安定して持続的な土地の統治管理体制が求められます。社有地であれば、その土地を長期にわたり生物多様性の保全のために供し、土地改変などを行わないことの確約などが求められることになりそうです。

2)生物多様性保全を目的に含む土地利用の方針や計画、確実な実施: その土地で、効果的に生物多様性保全や生態系サービスの維持が実現しているかどうかは、不可欠な情報です。社有林や工場であれば、生物多様性保全の目的を明記した土地利用の方針、生物多様性への負荷を低減する取り組みや生息環境の保全に関する管理計画・実施記録など、エビデンス資料となる情報の整理が重要なポイントとなりそうです。

3)活動効果を検証するモニタリング: 生態系の再生・復元の際に、意味のある成果が出ているかが求められます。工場敷地でのビオトープ創出であれば、地域本来の動植物の再生が実現しているか、生物多様性の減少要因が低減されているか、長期的に維持する体制があるか、といった点がポイントになります。こうした情報を集めるため、モニタリング調査やデータを活用する保全管理の体制が不可欠です。

 上記のポイントを踏まえることは自社の土地管理の可視化につながり、OECMのみならず、第三者に自社の取り組みを伝えていくうえでの強みとなります。TNFDやCDPなど、企業による生物多様性へのインパクトや貢献を情報開示ししていくESGの流れは、今後ますます進んでいきます。その準備のためにも、OECMの考え方に倣い自社の土地の管理方法を見直してみてはいかがでしょうか。

◆参考文献
IUCN-WCPA Task Force on OECMs (2019) Recognising and reporting other effective area-based conservation measures. Gland, Switzerland: IUCN.

(北澤哲弥)

小さくはじめる生物多様性活動

 「生物多様性の取り組み、何から始めてよいのかわからない」「始めてみたものの、事業とのつながりがわからない」といった悩みをお持ちではありませんか。自然の姿は場所が変われば大きく異なり、事業との関わり方も企業ごとにまちまちです。そのため画一的な方法を当てはめにくく、何をすればよいかがわからない、なかなか始められないといった原因になっています。

 そんな悩みの糸口になりうるのが「スモールスタート」です。企業による生物多様性の取り組みは、サプライチェーンや事業全体で生物多様性との関連性の把握から始めること、とよく言われます。もちろん一理ありますが、最初から人員や予算を割いて大々的に行うことは難しいもの。そこで歩みが止まってしまっては、元も子もありません。まずは範囲を限定して一つの拠点で、規模は小さくともポイントを押さえた活動を始めてはいかがでしょうか。そんなスモールスタートのポイントについてご紹介します。

 なぜスモールスタートか。その利点は①開始までのハードルが低い、②失敗してもリスクが小さい、③トライ&エラーを通した改善が容易、という3点にあります。先の見えづらい活動に最初から大きな予算をつけにくいという運営上の理由に対し、まずは少ない予算・人数で始められることは大きなメリットです。また野外で自然を相手にするのですから、思ったような結果にならないことはよくあります。だからこそモニタリングで効果を測定し、結果が出ない場合はやり方を修正して再び試すトライ&エラーが、生物多様性の取り組みには適しています。

 ただ、小規模だからと言って、簡単にできることをやるだけでは効果的な活動にはなりません。たとえば、メダカを事例に考えてみましょう。身近な魚の代表だったメダカは、いまや国の絶滅危惧種です。その保護活動を行えば、生物多様性の保全につながる、これは間違いありません。しかし「メダカが減っているのは分かった。ただ、うちの会社がメダカを守る理由は何か?」と上司に問われたら、何と答えますか?
 「メダカは地域にとって大切だから」という回答では、その活動は企業にとって地域・社会貢献という位置づけ以上にはなりえません。言い換えれば、その企業の生物多様性保全活動がメダカでなければならない理由はないということです。他に優先的な課題が出てきたり、担当者が変わったりすれば、メダカの活動は打ち切りになるかもしれません。
 「排水先の河川でメダカが暮らすのは排水による悪影響が無いことの証し。だからメダカが暮らせる環境を守る」という回答であれば、その活動は環境負荷低減という事業との関わりが出てきます。排水基準を守ることは当然ですが、それ以外の部分で、自社の操業が周辺環境に対して本当に悪い影響を及ぼしていないか、ということを証明する生物指標として、メダカが暮らせる環境を維持しているわけです。
 他にも「環境保全型農業でつくられた農作物を扱っており、メダカがいる小川は自然と共生する作物のシンボル。だからメダカを保全する」という回答もあるかもしれません。その場合、商品の品質を裏づける存在として、また商品PRのシンボルとして、メダカは事業と深く関わる生物です。だからこそ社をあげてメダカを保全している、と言うストーリーが描けます。

 このように、スモールスタートであったとしても、事業や拠点と周辺の自然とのかかわりを押さえることは、生物多様性を踏まえた価値創造ストーリーを描くうえで重要です。一つの拠点だけで事業全体と生物多様性とのかかわりを把握できるわけではありませんが、考え方や視点を学ぶことができ、時間や労力も少なくて済みます。まずは一つの拠点で、規模は小さくとも効果の高いスモールスタートをきり、これをモデルとして他の拠点や全社的な取り組みにも展開できれば、生物多様性を社内で主流化する糸口になりえます。

 今秋は生物多様性条約のCOP15が開催され、2030年に向けた生物多様性の目標が設定されます。これにあわせ、国内でも様々な目標が更新される予定です。気候変動に関する取り組みがここ数年で大きく動いたように、生物多様性への世界的な潮流は次の数年で大きく動くことになるでしょう。生物多様性の取り組みをスタートしたい、あるいはリスタートを考えている方にとって、今年は絶好のタイミングとなりそうです。

 弊社ではこの5月より、拠点で始めるスモールスタート支援サービスを開始いたしました。工場など一つの拠点に絞り、事業とかかわりがある生物多様性の評価(スクリーニング)と保全活動の提案を、弊社のコンサルタントが支援するサービスです。ご関心ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

拠点で始める生物多様性活動 スモールスタート支援サービス

生物多様性について、「何から始めてよいのかわからない」「いきなり本格始動ではなく、小さく始めたい」「始めてみたもののサステナビリティやESGの流れとつながらない」といった悩みをお持ちではありませんか。
自然の姿は地域によって大きく異なり、事業との関わりも拠点ごとに変わります。まずは小さく一つの拠点で活動をはじめ、生物多様性への取り組み方の理解を深めることで、他拠点への水平展開や社内での主流化に取り組みやすくなります。しかしその活動に事業とのかかわりがなければ、将来展開の可能性が狭まってしまいます。
未来を見据えたスモールスタート活動となるよう、弊社が活動の初期設計をサポートいたします。

◆概要
工場などの拠点1カ所を対象に、ヒアリングシートによる事前調査および訪問による現地調査、現地スタッフとの意見交換を通して、対象の拠点と関係の深い自然を敷地内外からスクリーニングし、優先度の高い自然の選定および保全活動案を作成、ご提案いたします。

◆対象
工場、オフィスビル、物流施設などの拠点1か所

◆費用
20万円(税別)および現地訪問にかかる実費。
訪問先が東京から遠方の場合は、移動拘束時間などを考慮し、別途お見積りいたしますので、お問い合わせください。
なお活動提案以降の関与につきましては、別途ご相談ください。

◆お問い合わせ・お申込み
こちらのフォームより、お気軽にお問い合わせください。

◆本サービスに関する詳細(当社ウェブサイトをご覧ください)

生物多様性保全に重要な統合的視点とは ~伝統芸能と生物多様性の事例に学ぶ~

生物多様性の減少を食い止めるには統合的な取り組みが不可欠、ということを先日のブログでご紹介しました。統合的アプローチには、トレードオフの回避やシナジー効果の創出など、複数分野の社会課題に対する横断的な貢献が期待されます。しかしその実現のためには、特定の課題を引き起こす要因を理解したうえで、その課題解決のための取り組みが他分野にどう影響するかを見極めることが重要です。SDGsで各ゴールが相互に関係すると指摘されているのがまさにこのことで、お互いのツボを押さえた対応方法をとることによって、一つの活動が大きな広がりを生むようになります。今回は、伝統芸能と生物多様性とのかかわりを事例に、統合的アプローチについて考えてみます。

日本の代表的な伝統芸能の一つ、歌舞伎。舞台の上では和傘やキセルなど、かつて日常生活の中で利用された様々な小道具が使われます。しかし近年、こうした小道具の入手が困難になっています。その理由は大きく分けて2つ「原材料調達」と「製作技術」だと、「伝統芸能の道具ラボ」主宰の田村民子さんは指摘します。

チガヤを用いて復元した百姓蓑

「原材料調達」に課題を抱える例を見てみましょう。歌舞伎の女形の髪を飾るために必要な道具であるかんざしには、タイマイというウミガメの甲羅(べっこう)が使われたものがあります。また三味線では、コウキというマメ科の樹木が棹の材に、ゾウのキバ(象牙)がバチに使われることがあります。これらの生物はいずれもワシントン条約で取引が規制される希少生物。その利用は年々規制が厳しくなる一方で、このままでは文化的な利用と生物多様性の保全との間のトレードオフが解消されません。その回避のために伝統芸能の道具ラボを中心に、代替素材によるかんざし保全プロジェクトが始まりました。アセテート樹脂を代替素材に使い、その加工に鯖江の眼鏡製作技術を取り入れて、新しいかんざしの製作についに成功しました。今ではこのかんざしが歌舞伎の舞台で活躍しています。素材開発は企業が生物多様性保全に本業のビジネスとして貢献できる一つの方法です。このかんざし保全プロジェクトは、伝統芸能の道具を保全しつつ、生物多様性へのインパクトをゼロにし、さらに新たな仕事を生み出すという、3分野の課題を統合した好事例と言えるでしょう。<詳しくは、伝統芸能の道具ラボ「プロジェクトk-2フェイク・ベッコウ」>

次に「製作技術」の課題ですが、歌舞伎の人気演目「仮名手本忠臣蔵」で使われる重要な小道具に、百姓蓑があります。しかし自然素材をそのまま利用する蓑は、いまや日常で利用する人はいなくなり、素材や製作技術が継承されず、入手困難になっていました。その復元プロジェクトに道具ラボが取り組み、弊社もそれをサポートしました。そもそも素材が何かというところからプロジェクトがスタートしましたが、これはチガヤというありふれた野草の葉の芯を取り除き、乾燥させてから、蓑として編みこんでいるということがわかりました。硬いチガヤの葉を使いやすく加工する里山の知恵が蓑には詰まっていたわけです。こうした地域の自然資源をうまく利活用する郷土の知識を「伝統知」といいます。蓑に関する伝統知を受け継いでいた博物館、チガヤを栽培する地域の方の協力を得て、蓑を再び作ることができました。伝統知は、自然が荒れて素材が入手できなくなることでも、またその道具が利用されなくなることでも失われてしまいます。蓑だけでなく、竹を使った和傘やキセルなど、伝統芸能は様々な伝統知で支えられています。小道具の保全は、伝統知を守り活かしていくこと。里山の自然、郷土の文化や歴史に横串をさし、つないでいく統合的なアプローチの活動に他なりません。<詳しくは、伝統芸能の道具ラボ「百姓蓑(復元)MINO」>

道具ラボの活動をSDGsの視点で見ると、郷土の文化や歴史の継承(目標4)、文化遺産である歌舞伎や能楽など伝統芸能の小道具再生の技術革新(目標8)、希少生物や里山の自然素材の保全(目標15)、多くのステークホルダーをつなぐパートナーシップ(目標17)など、多くのSDGsを有機的に結びつけた統合的アプローチの見本と言えます。

生物多様性と文化は相互に影響を与えあい、伝統知がお互いをつないでいる。こうした関係は「生物文化多様性」とも呼ばれ、保全のために統合的アプローチが必要な分野として国際的にも注目されています。その成功には、様々な分野の課題を広く理解すること、各分野における協力者を得ることが欠かせません。道具ラボが多くの人をつなげたように、他分野を理解している協力者のパートナーシップがポイントです。統合的アプローチを成功させるためにも、広い視野を育てるとともに、異分野との交流を進めていただければと思います。

(北澤 哲弥)