OECMと企業との関係とは?

 TNFDの話題が多い昨今ですが、今年に入ってから「OECMに取り組んだ方がよいか?そのためには、どうすればよいのか?」そんな質問を耳にする機会が増えています。まだ設計中の制度ですが、企業にとって利用価値のある制度になりそうに感じます。そんなOECMのポイントについて、今回は考えてみたいと思います。

 OECMは30by30と深く関係しています。30by30は「陸域と海域の30%ずつを2030年までに保護区にする」という国際目標です。日本は昨年のG7サミットで、この目標の達成を約束しました。目標とする30%に対し現状はどうかというと、日本の陸域の20.5%、海域の13.3%が保護地域となっています。陸域ではあと9.5%必要ですが、これは関東地方より若干広い面積に相当します。国立公園など公的な保護区の拡充をこれから進めるようですが、すでに指定しやすい場所は保護区になっていますので、これだけの面積の保護区を拡大することは、かなり難しいと思われます。

 ではどうするか。その解決策の一つとして期待されているのがOECMです。OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)とは、公的な保護地域以外で生物多様性保全に資する地域のことです。里地里山や社有林、社寺林など、企業や団体によって生物多様性の保全が図られている土地が対象となります。その土地は、必ずしも生物多様性の保全が主目的である必要はありません。例えば人工林は木材生産を主目的とした土地ですが、環境に配慮した森林管理を行うことにより、結果的に生物多様性も守られているのであれば、OECMの対象になりうるということです。他にも市街地や郊外にある企業の工場などでも、生物多様性に配慮した緑地管理が行われていれば対象となりえます。

 OECMに認定されると、世界の保護区データベースにその場所が登録されます。つまり企業にとっては自社の生物多様性活動が、30by30という国際目標に直接的に貢献するものである、というお墨付きを得られるわけです。わかりにくい指標が多い生物多様性の取組にあって、OECMは一つの明確な指標となります。4月に発足した30by30アライアンスにはすでに多くの企業が参加していることからも、その関心の高さがわかります。弊社もその一員として30by30の達成に向けて協力していく所存です。

 ではどうすればOECMとして認められるのでしょうか。じつは認定の基準やプロセスは設計中で、来年度から国による認定が開始される予定です。環境省の検討会資料によれば、4つの認定基準があり、大まかに言えば以下のような内容です。

  1. 境界(範囲が明確など)
  2. ガバナンス(管理の目的や体制などが明記されていること)
  3. 生物多様性の価値(保全に値する動植物や生態系サービスを対象地が保有していること、その価値が資料としてまとまっていることなど)
  4. 管理による保全効果(管理の目的や内容が生物多様性の価値の保全に貢献すること、生物多様性への脅威への対策が取られていること、モニタリングを実施していることなど)

 なお環境省では、OECMに認定された土地の生物多様性の価値を切り出し、市場ベースでやり取りするスキーム、いわば生物多様性版のJ-クレジット制度を検討するとしています。こうした経済的インセンティブなども含め、環境省ではOECMを民間参画の一つの柱として活用していこうと動いているようです。

 OECMに関心はあるけれど、まだ決まっていないから来年まで待っていればよいかと言えば、そうではありません。上記1や2は比較的簡単に準備ができそうですが、3はその土地の動植物や生態系サービスの価値を示すための資料がなければならず、そのための調査が必要となるでしょう。また4では、生物多様性にどのような脅威があるのかを調べる必要がありますし、専門的知識を持った人材を含めたモニタリング体制をつくる必要もあります。申請しようと思っても一朝一夕にはできない取り組みですので、こうした準備を早めに開始しておくことが大切です。

参考URL
https://www.env.go.jp/press/110887.html
https://www.env.go.jp/nature/oecm.html

(北澤哲弥)

日本版リジェネレーション ~里山の知恵とサステナビリティ~

近年、リジェネレーションという概念が欧米で注目を集めています。リジェレーションとは、現在の状態で地球環境を持続させるのではなく、生態系を現状よりも再生/復元させ、その恵みを高めることで様々な社会課題の解決に結びつけるという考え方です。「また新しい言葉が出てきた」と感じてしまいますが、日本では自然を活かすリジェネレーションの知恵が受け継がれてきました。里山の知恵です。今回は、里山を事例にリジェネレーションを考えます。

里山は、地域によってさまざまな異なる景観を見せますが、特徴はいずれも、畑や水田、屋敷地、鎮守の杜など、人の手が加わった自然がモザイクのように入り組んだ景観になっていることです。里山の農地で行われてきた伝統的農業は、化学肥料や農薬を使う慣行農業と異なり、土壌など自然の力を活かして土地の生産力を再生させ、農業を営んできました。
低地の里山として、江戸時代に作られた三富新田(さんとめしんでん)を取り上げましょう。この新田は、現在の埼玉県入間郡三芳町の上富(かみとめ)地区、所沢市の中富(なかとみ)・下富(しもとみ)地区に位置し、それぞれ共通する富の文字をとって三富(さんとめ)と呼ばれました。三富新田の開拓では、藪状になっていた荒地を、ヤマと呼ばれた農用林(平地林)、耕作地、屋敷地の三か所の合計面積が5町歩(約5ha)ずつ区分できるように均等に分与されました。今でいう環境設計のゾーニングです。そのうち、屋敷地は作業場や母屋として5反(約0.5ha)、畑は一軒あたり2町5反(約2.5ha)、痩せた土地を落ち葉の堆肥で補うために農用林も2町5反(約2.5ha)が確保されました。

三富新田では、貧栄養に強く、萌芽再生力が強いコナラやクヌギ、シデ類、エゴノキ、アオハダなどの落葉広葉樹が農用林として植栽され、管理されています。農家は、ケヤキやアカマツで構成される屋敷林で家屋の立て直し材料を、農用林の間伐材からは薪などの燃料やシイタケのほだ木を得ています。そして農用林から集められた落ち葉は、家畜や家禽の糞が混ぜられて堆肥とされ、そこに薪の灰も加えることで、土づくりが今でも行われています。その畑では、地域特産の富のイモ(サツマイモ)やサトイモ、ホウレンソウなどの野菜が生産されます。出荷した残りの野菜くずも廃棄物にはしません。家畜や家禽の餌としたり、畑の肥料として使われます。
このように三富新田の里山には、農家が自然の恵みを高めるために、自然資源を循環利用し、廃棄物を出さない知恵が見られます。これはサーキュラーエコノミーを実現したシステムであり、里山は循環型社会のロールモデルといえます。また有機物を利用した土づくりは土中の炭素貯留量を高めます。米国で盛んになりつつあるリジェネラティブ農業は、里山の伝統的農業では当たり前のように行われていたものです。

この三富新田には、農家の営みとかかわりを持つ特有の生態系が存在しています。毎年の下草刈りや落ち葉掃きにより、微生物が活発になった土壌では、春にはイチリンソウやスミレの花が咲き、秋にはリンドウや野ギクの花が咲きます。花に訪れるハナバチも多様な種がいて、野菜の受粉を担っています。農用林では、鳥類やタヌキ、野ネズミなどの小動物が生息し、樹林の果実を食べて種子を運び、木々の発芽の機会を生み出しています。露地栽培のサツマイモ畑では、昼間はヒバリやハクセキレイなどの鳥が畑の害虫を捕らえ、夜には、屋敷林にすむアブラコウモリの群れが畑地に飛来し、野菜害虫となる蛾類を捕らえ、天敵としての役割を果たしています。
在来種を利用した受粉媒介や統合的な害虫管理(IPM)といった、農業生物多様性を活用する持続的な農業システムが里山に見られます。

三富新田中富地区の雑木林

次は、山形県鶴岡市の温海(あつみ)地区を例に、山地の里山で行われる「焼き畑農法」を紹介します。温海地区は、江戸時代から杉の伐採地を利用して、焼き畑で赤かぶの栽培を行ってきた集落です。赤かぶの焼き畑では、山に火を入れることで地中の病害虫発生を抑制するとともに、杉を伐採した際に出た枝葉の灰が天然肥料になります。赤かぶ栽培で土の栄養が減った翌年には、やせ地でも育つ蕎麦や豆を育て、最後には若い杉を植林します。次に同じ場所で焼き畑をするのは、杉が樹齢約50年に育ってからで、材を収穫できるとともに、その頃には土の栄養も回復しています。
このように温海地区の焼き畑農業は、農業と林業を組み合わせ、自然の力を活かした土づくりを設計に組み込んだ、持続的な農林業システムといえます。

なお温海地区では、赤かぶ栽培のほかに、シナノキという樹木の樹皮をはぎ、灰汁で煮て乾燥させたものから糸を紡いだ「しな織り」、灰汁であく抜きして日持ち良くした「笹巻き」など、焼き畑により発生した灰を利用した農産物や加工品も販売されています。間伐材は日々の暮らしの薪としても利用されます。このように焼き畑農法に基づく生活の知恵は、地域の産業を支え、自然環境を維持し、そして文化的価値までも生み出しています。

日本各地の里山は、数十年ほど前から、管理が放棄されて藪になってしまうことが問題視されてきました。里山の荒廃は農林業の衰退だけでなく、土砂流出や洪水制御といった災害の発生にもつながることが危惧されています。このような、里山の自然が持つ国土保全の機能は「グリーンインフラ」と称され、新たな価値として注目されはじめています。水田を活用して地下水の涵養や雨水流の流出制御を促進する、森林管理によって生態系を健全に保ちCO2吸収や土砂崩壊防止機能を高めるなど、緑のインフラを活かした防災・減災の場として、里山の自然が見直されています。

これからの企業の生物多様性活動にはネイチャーポジティブの視点が求められます。里山の知恵にならい、たとえばサプライチェーンでの農業や林業といった生産システムをリジェネラティブに変革する事は、ポジティブを拡大するための重要な手法の一つです。自社事業をネイチャーポジティブに変革するために、温故知新の視点をもって里山の知恵に学び、日本版リジェネレーションを考えてみてはいかがでしょうか。

(永石文明)

見逃しやすい、事業と外来生物との関わり

 今月、外来生物法の改正案が閣議決定されました。「アメリカザリガニとアカミミガメが特定外来生物に!」といったニュースをご覧になった方も多いかもしれません。外来生物は生物多様性を減少させる直接要因の一つです。しかし土地利用や資源搾取といった他の直接要因と比べ、自社事業と外来生物との関係性を把握できている企業は少ないように思います。TNFD(β版)は、自社と自然との接点の発見・依存と影響の診断を求めています。外来生物と自社事業はどう関係するか?今回はこの視点から企業が取り組む生物多様性について考えます。

 「入れない、捨てない、拡げない」外来生物対策の三原則に沿って、整理したいと思います。まず「入れない」という原則ですが、そもそも外来種を国内に侵入させなければ、外来生物問題は発生しません。
 数年前、日本でも侵略的外来種であるヒアリの発見が大ニュースになりました。その後も主要港湾でヒアリ発見の報告が続き、中には1000匹を超える大型の巣も見つかっています。いままさに日本はヒアリが定着するかどうか瀬戸際の状態で、今回の法改正にもヒアリ対策を目的とした水際対策が盛り込まれました。
 こうした水際対策の強化は、企業活動にも関連します。南米原産のヒアリは、いまや米国や豪州、中国の浙江省以南などで定着しています。もし輸入した物資のコンテナにヒアリの疑いのある虫がみつかれば、特定されるまでの間、荷物を移動できなくなったり、通関後でも検査や消毒、廃棄の命令を受けたりする可能性があります。言い換えれば、ヒアリが定着している地域から物資を輸入する場合、サプライチェーンにおける外来生物リスクが高まる、ということです。とくに中国ではヒアリが急拡大しており、日本で確認されたヒアリの多くが中国から運ばれたものです。
 ヒアリのような侵略的外来生物の分布拡大は、海外であっても対岸の火事ではなく、サプライチェーンを通して日本企業にもリスクが及びます。TNFDは事業における生物多様性リスクの評価を求めていますが、ヒアリのような規制対象となる外来種は、考慮すべき1つのポイントかもしれません。

 次いで「捨てない」についてです。外来生物が日本に持ち込まれても、適正に管理していれば野外に拡がることはありません。しかし外来生物は、今も野外で増え続けています。たとえば空港や港湾を抱える千葉県では、2012年から2020年の8年で、93種の新しい外来種の定着が確認されています。
 では、外来生物はどういうルートで侵入・定着するのでしょうか。千葉県の場合、外来植物では、農林業や造園業に使われた種が野外に拡散する、あるいは土やタネに紛れて非意図的に侵入した種が拡散する、というルートが多いようです。また外来動物では、農林水産業に関わる飼育や放流、ペット・飼育動物の逃げ出し、さらには放流される魚貝類に紛れこんで広がる、などのケースが多いようです。
 すなわち、農林水産業や造園業、ペット産業など、外来生物を生物資源として利用している企業は、直接あるいは間接的に外来生物問題に加担してしまうリスクがあります。TNFDは自社の直接操業だけでなくバリューチェーン全体について、生物多様性に及ぼす影響を評価するよう求めています。特に侵略的な外来生物が関わる場合、その影響は大きいと言えます。自社で直接扱っていなくとも、バリューチェーンを通じた外来生物との関りを評価すること、さらにはその影響を低減させるために、野外へ「捨てない(拡げない)」ためのアクションを実施することが重要です。

 最後の「拡げない」は、野外に定着してしまった外来生物の更なる拡大を防ぐ取組です。会社が管理する拠点や農林地などがある企業は、土地管理を通して関わりがでてきます。
 もし自社工場の敷地内に侵略的な外来生物が定着していると、自社が発生源となり周辺に拡がり、被害を大きくしまう可能性があります。すでに外来生物の防除に取り組んでいる企業もいらっしゃいますが、自社が管理する土地に侵略的な外来生物をみかけたら、責任をもって駆除することが望まれます。
 ただ、一度蔓延してしまった外来生物を減らすには、大変な労力が必要です。外来生物による被害を抑えるためにも、また対策の労力を抑えるためにも、早期発見・早期対応の取組が重要です。たとえば自社の敷地では未確認ですが周辺地域では確認されている(侵入リスクの高い)侵略的な外来生物の写真リストをつくり、侵入したら従業員が気が付ける体制にする、といった取組です。こうした早期対策は、外来生物被害の発生が避けがたい場合に、被害を低く抑えるためのリスクヘッジとして有効です。

 このように、サプライチェーン、生物資源、土地の管理などを通して、事業活動と外来生物との間には関連があります。これまでは意識せず、見落としてきた点もあったのではないでしょうか。TNFDをはじめ、ネイチャーポジティブを目指すESGが主流化する直前だからこそ、外来生物という切り口で自社事業を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。

 ※最後に余談です。上述したアメリカザリガニとミシシッピアカミミガメは、特例措置のついた特定外来生物に指定される予定です。特定外来生物に指定されると、輸入、飼養・栽培、保管、運搬、譲渡、野外への放出が禁止されますが、この2種は特別に、輸入、野外への放出、そして営利目的の飼養や譲渡のみ規制される見通しです。
 つまり、ザリガニを釣って、それを持ち帰って家で飼育することは、規制対象にはなりません。ただし、一度野外から持ち帰ると、だれかに(非営利で)譲渡するか、あるいは死ぬまで飼い続けなければなりません。野外に放した時点で、外来生物法違反(個人で最大300万円の罰金!)になります。(詳しくは改正案をご覧ください)
 外来生物も在来生物も、どちらも等しく生命を持った存在です。いま動植物を飼育栽培している方は、嫌われ者の外来生物として命を奪われる生きものがこれ以上増えないよう、最後まで面倒を見てあげてください。

 

(北澤 哲弥)

いまなぜTNFDが求められるのか?

 今年は生物多様性条約で2030年に向けた国際目標が決まるなど、生物多様性に関連した大きな動きがあります。その中でも、生物多様性版のTCFDといわれるTNFDが注目を集めています。2023年公開に向けてまだ詳細は見えませんが、生物多様性に関する背景をもとに、いまなぜTNFDが求められるのかを考えてみます。

 世界経済フォーラムでは毎年グローバルリスクレポートを公表しています。2022年のレポートによると、生物多様性の損失は、気候対策の失敗及び異常気象に続き、今後10年間で最も深刻なリスクとなりうる3番目の項目に位置付けられています。なぜ生物多様性がこれほど深刻なリスクとして認識されるようになったのでしょうか。

 その背景には、ビジネスと生物多様性との関係がハッキリしてきたことがあります。SDGsのウェディングケーキモデルが示すように、経済・社会・環境の各分野は相互に結びつき、環境が社会を支え、社会が経済を支え、経済は環境に影響を及ぼします。世界の総GDPの半分以上(44兆ドル)が、自然とそのサービスに依存しているといわれ、私たちの暮らしや経済にとって生物多様性は欠かせないという認識が広がっています。

 しかし私たちの社会や経済を支える生物多様性は、いま、急速に失われています。生物多様性を減少させる直接的な要因は、土地利用や過剰採取といった人間活動です。そしてこれらの要因は、生産/消費パターンや人口増等といった経済社会システムのあり方が根本的な要因であることもわかってきました。このまま生物多様性が減り続ければ、今後数十年で100万種もの生物が絶滅の危機に瀕すると言われています。その影響は私たちの社会や経済に跳ね返り、このまま減少が続けば、2030年には年間2.7兆ドルもの経済損失を被ると試算されています。つまり、生物多様性の減少は単に自然がなくなるということではなく、社会経済の持続可能な発展を妨げる大きな社会課題であるわけです。企業にとっては、ビジネスリスク以外の何物でもありません。

 上述した生物多様性を減らす要因は、企業活動と深くかかわっています。世界で絶滅が危惧される種のうち、じつに79%が食料・土地利用・海洋利用、インフラ建設、そしてエネルギーと鉱業という3つの社会経済システムによって影響を受けているとされています。農林業に伴う土地利用変化や水へのインパクト、都市や工業地域の開発、ダム建設や資源採掘など、さまざまな経済活動が、生物多様性に影響を及ぼす要因となっているのです。

 一方、従来の経済社会システムから移行する動きも始まりつつあります。リジェネラティブ農業や植物性たんぱく質、森林再生、グリーンインフラ、サーキュラーエコノミーなど、様々な取り組みがあります。こうした流れは今後加速し、2030年までに3億9500万人の雇用、年間10兆ドル相当のビジネス機会を創出すると世界経済フォーラムは試算しています。

 これまでにも多くの企業が、環境負荷を減らしたり、絶滅危惧種をまもったりする活動などを行ってきました。これからの企業には、こうした保護や負荷低減に加え、生物多様性に関する変化がどう事業に影響を及ぼすかを理解してリスクを減らす取り組みを進め、さらには社会経済システムの移行をチャンスと捉えて自然再生型ビジネスを展開すること等が求められます。すなわち、生物多様性という物差しを使ってサステナブルな企業であるかどうかが判断される時代になる、だからこそTNFDというESG情報開示のフレームが求められていると言えます。

 社会貢献としての生物多様性の取組では、「地域のため、社会のために良いことをしているか」が分かっていれば十分でした。しかしESGの文脈においては「事業との結びつきの視点」が欠かせません。TNFDはその視点を与えてくれるツールになると思いますが、ハードルが高く、いきなりでは社内の理解が得られない企業もあるかもしれません。そのような場合には、個別に動いていた既存の生物多様性活動を事業と結びついた活動へと発展させていくことから始め、事業全体へと対象を広げていってはいかがでしょうか。

(北澤哲弥)

SDGs達成に向けて高まる統合的アプローチの重要性

 昨年11月の気候変動枠組条約COP26では、気温上昇を1.5℃までに抑える決意が示され、パリ協定の仕組みも成立しました。一方、2030年までに森林破壊を終わらせることや、森林破壊に関連する投資を停止するなど、生物多様性の分野で扱うようなテーマが気候変動とセットで語られる機会が多くありました。今回は、生物多様性と他分野の課題への対応とのつながりに注目し、両者の同時解決を図る統合的アプローチの重要性について考えます。

 COP26で森林がトピックとなった背景には、SDGs対応が進む中で、異分野間のトレードオフが顕在化してきたことがあります。例えば、バイオマスエネルギー利用が促進され気候変動対応が進む一方、バイオマス原料として木材チップを生産するために天然林が伐採され、生物多様性の減少が進むといったことです。環境問題は外部不経済により引き起こされてきた側面がありますが、経済との結びつきが強まった気候変動対策により、未だその価値が内部化されていない生物多様性の減少が進むという状況を見ると、これまでの歴史に何を学んできたのか、と残念な気持ちになります。こうしたことに多くの人達が気づき、統合的な視点を持って分野横断的に同時解決をはかる対策の重要性が認識されるようになってきました。世界的な認識を高めるきっかけとなったのが、2021年6月にIPCCとIPBESが協働で作成したレポート「Biodiversity and Climate Change」です。その中では「これまでの政策は、生物多様性の保全と気候変動対策を独立に扱うことが多かった」、「生物多様性と気候変動の両者を同時に考えることで、取り組みの効果を最大化し、グローバルな世界目標(SDGs、パリ協定、生物多様性目標)を達成しやすくなる」ことなどが、指摘されています。

出典:IGES 生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書:IGESによる翻訳と解説

 それぞれを独立に扱ってきたことで、どのような問題があったのでしょうか?レポートでは、それをわかりやすく図に整理しています。上図の左側には気候変動対策の取り組みが、そして右側には生物多様性対策の取り組みが並んでいます。ここで、左側の森林や海洋の炭素吸収源の保全や再生、持続的な農林業の推進やフードロス対策などからは、右側に向かって青い線が伸びています。この青い線は、気候対策を行うことで生物多様性保全にもプラスの影響があることを示しています。

 しかし中には、赤い線が伸びているケースもあります。こちらはトレードオフ、つまり気候変動対策にはプラスでも生物多様性にはマイナスになることを示しています。例えばバイオエネルギーの場合、燃料作物を大規模プランテーションで生産すれば、農地の開発圧を高め、生態系破壊につながります。他にも植林はCO2吸収という面ではプラスですが、もともと森林が成立するはずのない環境に植林をすれば本来の生態系の破壊につながりますし、CO2吸収の効率が良いからと外来樹種を植えれば、それは外来生物問題にもつながります。このようなトレードオフを生み出していてはSDGs達成は困難であり改善が必要、とこのレポートは指摘しています。

 トレードオフを生み出さないためには、統合的アプローチが重要です。生物多様性を減少させることなく、サステナブルに作られた燃料を用いたバイオマス発電ならば、トレードオフを生じることなく気候変動対策を進められます。また郷土の森の再生を目指した再植林であれば、気候変動対策だけでなく、生物多様性を改善させる対策としても有効で、コベネフィットを生み出します。対策に充てられる資源や労力は有限です。相乗効果によって取り組みの効率を上げるためにも、統合的アプローチが大切です。

 統合的な視点は、なにも生物多様性と気候変動の関係に限った話ではありません。社会インフラでは、防災・減災やいやし効果といった自然の持つ多面的機能を活かした「グリーンインフラ」が注目されています。健康保健の分野でも、コロナ禍からのグリーン復興において、未知のウイルスと人類との接触を減らしてパンデミックを予防し、健康的な食を確保するためにも森林などの自然生態系を保全・再生することに注目が集まっています。

 こうした統合的視点を持った取り組みには、資金の流れが集まりつつあります。例えば、カナダやイギリスでは、泥炭地や森林などの生態系を回復させることで、炭素を捕らえて貯留し、GHGガスの削減を狙う取り組みに資金を出すことを表明しています。ESG投資の拡大により、今後、資金面での後押しはさらに強まることが予想されます。

 企業がいま現在行っている取り組みについても、統合的視点を持ち、見直しを進めることで活動効果を改善できます。たとえば森づくり活動では、炭素吸収と林業の視点から、単一の樹種を植栽している事例もあります。しかし統合的な視点を持ち、多様な樹種を植え、郷土由来の株を植栽するといった工夫をすることで、炭素吸収だけでなく、生物多様性や水源涵養、保全・レクリエーションなど、森の多面的な価値をさらに高める活動に発展させることが期待できます。 今年は4月に生物多様性条約COP15が開催され、世界の生物多様性への注目はさらに高まります。これを機に、統合性を意識して、生物多様性の取り組みを再考してみてはいかがでしょうか。

(北澤哲弥)

ネイチャー・ポジティブとは?

最近、「ネイチャー・ポジティブ」という言葉を耳にする機会が多くなってきました。ネイチャー・ポジティブは気候変動の「カーボン・ニュートラル」に相当する、生物多様性の大方針です。TNFDやSBT-Nなども、ネイチャー・ポジティブの達成を最大の目標とし、その評価基準となるべく開発が進められています。今回は、これからの生物多様性の大方針となるであろう、ネイチャー・ポジティブについて取り上げます。

ネイチャー・ポジティブの考え方そのものは、新しいものではありません。愛知目標が採択された2010年に策定された日本の生物多様性国家戦略2010には、同じ道筋が「我が国の生物多様性の回復イメージ」として図示されています。しかし、愛知目標は十分に達成されず、残念ながら生物多様性の劣化は止まっていません。どこまでやれば十分な成果を得られるのか、その科学的根拠は何かといった、活動の拠り所となる情報を示せなかったことが、未達成に終わった原因の一つと言われます。

そうした反省を踏まえ、盛んになってきたのがネイチャー・ポジティブを軸としたさまざまな動きです。経済団体や環境NGOが合同で発表した「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」では、3つの測定可能な時限目標によって、ネイチャー・ポジティブを目指すと示しています。その3つとは、2020年をベースラインとし、① Zero Net Loss of Nature from 2020(事業によるマイナスの影響を保全活動などによって相殺し、プラスマイナスゼロを目指す活動を2020年から始める)、② Net Positive by 2030(2030年までにプラスの影響がマイナスを上回る状態にする)、③ Full Recovery by 2050(2050年までには持続可能な状態に自然を回復させる)です。

ここで気になるのは、どのような指標でプラスマイナスを評価するのかです。企業の生物多様性評価ツールでも指標が使われるわけですが、まだ標準化されたものはありません。これまで作られた評価ツールで、指標として用いられることの多い「平均生物種豊富度:MSA(Mean Species Abundance)」を事例に、プラスマイナスの評価イメージを見てみます。MSAは、ある土地の自然にもともと暮らしていた動植物について、人間の影響を受ける前のそれぞれの種の個体数(量)を100%とし、その何%が生き残っているかを種ごとに評価して、その平均を示したものです。土地本来の在来種が、より多く残っている場所ほど、この数値が高くなるわけです。こうした指標を利用するためには、自社有地で殺虫剤や除草剤の利用を減らし動植物への影響を減らす、ビオトープをつくり在来種の生息環境を増やすといった活動を進めるだけでなく、指標とする生物を特定し、モニタリングすることが不可欠となります。

今後、どのような指標がスタンダードになるかはわかりませんが、企業がそれぞれの現場においてやるべきことに変わりはありません。自社の活動と生物多様性の関係を明確にし、自社の拠点およびサプライチェーン全体を通して、環境負荷をなくし、自然の再生に地道に取り組み、そしてその評価のためのモニタリング調査に取り組むことが重要です。新型コロナの影響もあって国際的な枠組みがなかなか決まりませんが、基準が決まるまで待つのではなく、先んじて一歩一歩、生物多様性保全を進めていただければと思います。

世界目標に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントとは?

「工場内の緑地に生物の生息環境をつくっている」「生物多様性に配慮した社有林管理を進めている」「NPOとともに地域の自然を守る活動に取り組んでいる」
 自社有地や周辺地域で、希少な動植物や生態系の保全活動を行っている企業は多くあります。しかし同時に、こうした取り組みが評価されず困っている、という声も聞かれます。その状況改善のための方法はいくつかありますが、国や世界目標と関連づけることもその一つです。2030年に向けた生物多様性の国際目標(案)から保護区、特にOECMに注目し、世界に貢献する生物多様性保全活動にするためのポイントを考えてみます。

 今秋開催予定の生物多様性条約COP15では、2030年に向けた生物多様性の国際目標が検討されます。その中に、世界の陸と海の地域の少なくとも30%を保護区にするという目標(案)があります。愛知目標では陸域の17%、海域の10%だったので、かなり野心的です。しかし逆に言えば、陸域と海域の30%くらいの面積を守らなければ、生物多様性を効果的に保全することができないということです。

 この30%という数値をもう少し掘り下げてみましょう。地球上の陸域は29%が氷河や砂漠に覆われ、残りの71%に大半の生物が生息しています。ただ、半分はすでに農地などに開発されているため、現在も自然が残る地域は陸域の35%ほどです。30%という面積を達成するには残る自然地の大半を保護区にしなければならず、増加する食料や資源需要との間で「保全vs利用」の対立が起こりかねません。

 そんな対立をどう避ければよいのか、一つのヒントが新目標の中に書かれています。国立公園のような保護区以外の仕組みによって生物多様性を保全する手法で、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)と呼ばれています。保護区のように保全だけを目的として他の活動を排除するのではなく、利用されている場所であっても保全と両立できていれば生物多様性に貢献している場所とみなす、ということです。例えば、公的な保護区以外の場所で、保全を目的に管理が行われている場所(例:バードサンクチュアリ、工場敷地のビオトープなど)、主目的ではないが二次的な目的として生物多様性への配慮が行われている場所(例:自然豊かな都市公園、環境保全型の農地など)などが考えられます。
 今年6月に行われたG7サミットでG7・2030年「自然協約」が採択されましたが、ここでもOECMが保全目標達成の重要な手段として位置付けられており、関心の高さがうかがえます。

 このOECMとして企業の保全活動地が認められれば、自然資本としての価値が明確になるとともに、国や世界目標に貢献することになり、生物多様性を主流化するための追い風になります。そこで気になるのは、どんな場所がOECMの対象となるかという点です。基準はこれから検討される予定ですが、IUCNのガイドラインをもとに抑えるべきポイントを考えてみます。

1)対象地の長期的な統治および管理へのコミット: 生物多様性を保全するために、安定して持続的な土地の統治管理体制が求められます。社有地であれば、その土地を長期にわたり生物多様性の保全のために供し、土地改変などを行わないことの確約などが求められることになりそうです。

2)生物多様性保全を目的に含む土地利用の方針や計画、確実な実施: その土地で、効果的に生物多様性保全や生態系サービスの維持が実現しているかどうかは、不可欠な情報です。社有林や工場であれば、生物多様性保全の目的を明記した土地利用の方針、生物多様性への負荷を低減する取り組みや生息環境の保全に関する管理計画・実施記録など、エビデンス資料となる情報の整理が重要なポイントとなりそうです。

3)活動効果を検証するモニタリング: 生態系の再生・復元の際に、意味のある成果が出ているかが求められます。工場敷地でのビオトープ創出であれば、地域本来の動植物の再生が実現しているか、生物多様性の減少要因が低減されているか、長期的に維持する体制があるか、といった点がポイントになります。こうした情報を集めるため、モニタリング調査やデータを活用する保全管理の体制が不可欠です。

 上記のポイントを踏まえることは自社の土地管理の可視化につながり、OECMのみならず、第三者に自社の取り組みを伝えていくうえでの強みとなります。TNFDやCDPなど、企業による生物多様性へのインパクトや貢献を情報開示ししていくESGの流れは、今後ますます進んでいきます。その準備のためにも、OECMの考え方に倣い自社の土地の管理方法を見直してみてはいかがでしょうか。

◆参考文献
IUCN-WCPA Task Force on OECMs (2019) Recognising and reporting other effective area-based conservation measures. Gland, Switzerland: IUCN.

(北澤哲弥)

小さくはじめる生物多様性活動

 「生物多様性の取り組み、何から始めてよいのかわからない」「始めてみたものの、事業とのつながりがわからない」といった悩みをお持ちではありませんか。自然の姿は場所が変われば大きく異なり、事業との関わり方も企業ごとにまちまちです。そのため画一的な方法を当てはめにくく、何をすればよいかがわからない、なかなか始められないといった原因になっています。

 そんな悩みの糸口になりうるのが「スモールスタート」です。企業による生物多様性の取り組みは、サプライチェーンや事業全体で生物多様性との関連性の把握から始めること、とよく言われます。もちろん一理ありますが、最初から人員や予算を割いて大々的に行うことは難しいもの。そこで歩みが止まってしまっては、元も子もありません。まずは範囲を限定して一つの拠点で、規模は小さくともポイントを押さえた活動を始めてはいかがでしょうか。そんなスモールスタートのポイントについてご紹介します。

 なぜスモールスタートか。その利点は①開始までのハードルが低い、②失敗してもリスクが小さい、③トライ&エラーを通した改善が容易、という3点にあります。先の見えづらい活動に最初から大きな予算をつけにくいという運営上の理由に対し、まずは少ない予算・人数で始められることは大きなメリットです。また野外で自然を相手にするのですから、思ったような結果にならないことはよくあります。だからこそモニタリングで効果を測定し、結果が出ない場合はやり方を修正して再び試すトライ&エラーが、生物多様性の取り組みには適しています。

 ただ、小規模だからと言って、簡単にできることをやるだけでは効果的な活動にはなりません。たとえば、メダカを事例に考えてみましょう。身近な魚の代表だったメダカは、いまや国の絶滅危惧種です。その保護活動を行えば、生物多様性の保全につながる、これは間違いありません。しかし「メダカが減っているのは分かった。ただ、うちの会社がメダカを守る理由は何か?」と上司に問われたら、何と答えますか?
 「メダカは地域にとって大切だから」という回答では、その活動は企業にとって地域・社会貢献という位置づけ以上にはなりえません。言い換えれば、その企業の生物多様性保全活動がメダカでなければならない理由はないということです。他に優先的な課題が出てきたり、担当者が変わったりすれば、メダカの活動は打ち切りになるかもしれません。
 「排水先の河川でメダカが暮らすのは排水による悪影響が無いことの証し。だからメダカが暮らせる環境を守る」という回答であれば、その活動は環境負荷低減という事業との関わりが出てきます。排水基準を守ることは当然ですが、それ以外の部分で、自社の操業が周辺環境に対して本当に悪い影響を及ぼしていないか、ということを証明する生物指標として、メダカが暮らせる環境を維持しているわけです。
 他にも「環境保全型農業でつくられた農作物を扱っており、メダカがいる小川は自然と共生する作物のシンボル。だからメダカを保全する」という回答もあるかもしれません。その場合、商品の品質を裏づける存在として、また商品PRのシンボルとして、メダカは事業と深く関わる生物です。だからこそ社をあげてメダカを保全している、と言うストーリーが描けます。

 このように、スモールスタートであったとしても、事業や拠点と周辺の自然とのかかわりを押さえることは、生物多様性を踏まえた価値創造ストーリーを描くうえで重要です。一つの拠点だけで事業全体と生物多様性とのかかわりを把握できるわけではありませんが、考え方や視点を学ぶことができ、時間や労力も少なくて済みます。まずは一つの拠点で、規模は小さくとも効果の高いスモールスタートをきり、これをモデルとして他の拠点や全社的な取り組みにも展開できれば、生物多様性を社内で主流化する糸口になりえます。

 今秋は生物多様性条約のCOP15が開催され、2030年に向けた生物多様性の目標が設定されます。これにあわせ、国内でも様々な目標が更新される予定です。気候変動に関する取り組みがここ数年で大きく動いたように、生物多様性への世界的な潮流は次の数年で大きく動くことになるでしょう。生物多様性の取り組みをスタートしたい、あるいはリスタートを考えている方にとって、今年は絶好のタイミングとなりそうです。

 弊社ではこの5月より、拠点で始めるスモールスタート支援サービスを開始いたしました。工場など一つの拠点に絞り、事業とかかわりがある生物多様性の評価(スクリーニング)と保全活動の提案を、弊社のコンサルタントが支援するサービスです。ご関心ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

生物多様性保全のための将来シナリオとは?

 生物多様性条約のCOP15が今年10月に延期されましたが、そこでは2030年に向けた国際目標が議論されます。その前身である愛知目標は、昨年9月に公表された「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」で評価され、達成は不十分であり、2030年までに生物多様性の減少トレンドを逆転するためにはさまざまな分野を統合した社会変革が重要であることが指摘されました(詳しくはコチラ)。また社会変革に向けた統合的取組の重要性を、目標達成への道筋の根拠となる将来シナリオに基づいて描いています。気候変動分野でも主流となっている将来シナリオを用いた分析は、今後、生物多様性分野でも加速すると思われます。GBO5のデータをもとに、生物多様性保全につながるシナリオのポイントを考えます。

 その元となったデータは、オーストリアの研究者Leclèreを中心としたチームが2020年9月にNature誌に投稿した論文「Bending the curve of terrestrial biodiversity needs an integrated strategy」です。タイトルが示す通り、陸域の生物多様性の減少を止め回復するためには統合的戦略が必要、と述べています。SDGsでも異なるゴール間の関係を考慮しなければ効率的な取組は困難と指摘されていますが、そこにもつながる結論です。たとえば生物多様性の問題の多くが農業などによる土地利用から生じていますが、人間に必要な食料生産を確保したうえで生物多様性保全を実現することは、本当に可能なのでしょうか?どんなシナリオであれば実現可能なのでしょうか?この論文は、こうした問いに取り組み、目標達成の可能性を示すための科学的データを示しています。GBO5のFull Reportに引用された図を、ここで紹介します。

図 「成り行き」「保全取組のみ」「統合的な取組」シナリオに基づいた、4つの陸域生物多様性指標の過去および将来のトレンド
改変して引用: Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2020) Global Biodiversity Outlook 5. Montreal.

 この図は、生物多様性の状態を示す4つの指標について、気候変動分野でも利用された社会経済シナリオに基づいて、土地利用の変化と生物多様性との関係をモデル化し、生物多様性の減少傾向を逆転させるシナリオを評価しています。「成り行きシナリオ」では、いずれの指標でも過去の傾向と同じかそれ以上の速度で減少が続きます。一方、「保全取組のみのシナリオ(保護地域の拡大や自然再生、および景観レベルでの保全計画を強化)」では、2075年までには減少が止まり改善に転じる可能性が示されました。ただしこのシナリオは将来的に食料価格を上昇させ、食料供給との対立を生む可能性も指摘されました。

 では生物多様性の保全と食料供給の両立が不可能かというと、そうではありません。保全取組に加えて、農地の生産性向上や農産物貿易の拡大といった供給側の取組、および食料廃棄の削減や食生活の改善といった需要側の取組をあわせた「統合的な取組シナリオ」では、生物多様性の減少を抑えて2050年までに回復の道筋に乗せるとともに、食料生産と衝突することもないことが予想されました。すなわち、生物多様性に支えられるサステナブル社会を維持するためには、自然を保全/再生する取り組みだけでは不十分で、農業の持続性を高めるという生産側の取組みとともに、消費者側も肉食を減らすといった食生活の変革を含めた、統合的な取り組みが欠かせないことをこの図は示しています。言い換えれば、自然や生き物を守る活動はもちろん必要ですが、それだけではサステナブル社会の構築は不可能で、持続可能な生産消費といった社会変革の取り組みが欠かせないということです。

 昨年、EUが生物多様性戦略とFarm to Fork(食料システム)戦略を同時に採択したのも、欧州が掲げる持続可能な成長戦略「グリーン・ディール」の推進に、統合的視点が欠かせないからにほかなりません。日本でも農林水産省を中心にした「みどりの食料システム戦略」などの動きが見られます。

 企業にとって、こうした統合的な動きはどう関係してくるのでしょうか。一番のポイントは「事業の中での生物多様性配慮」が一層求められることだと言えます。統合的な取組の中で、いま最も焦点が当てられているのは土地(海洋)利用であり、農林水産業です。関連する企業は、土地や海洋利用の視点から生物多様性と事業との関係を明確にするとともに、新たな土地開発の抑制、有機農業や生物と共生できる農地整備、荒廃地の自然再生といった対応を始めることが急務と言えます。また直接的に自然資源を利用しなくとも、食料廃棄の抑制、食生活の転換(肉食の抑制)など消費者側の取り組みも統合的に進むことを考えると、無関係の企業は少数かもしれません。

 生物多様性のシナリオは、今後、土地利用だけでなく、外来生物や汚染といった観点へと拡大し、それらも包含した取り組みが求められることは必至です。10月開催予定のCOP15ではこうしたシナリオが再度注目されることになると思いますので、事業と生物多様性の関係性を踏まえ、自社の取り組みを再考する機会にしてみてはいかがでしょうか。

(北澤 哲弥)

ダボス・アジェンダに見る、生物多様性の潮流

 毎年1月に開催されるダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)では世界の様々な課題が議論されます。今年は延期が決まり、1月にはオンラインイベント「ダボス・アジェンダ」が開催されました。その場で世界のリーダーたちが口をそろえて指摘したのが、感染症リスクとともに、気候変動と生物多様性をはじめとする環境課題への具体的アクションの重要性でした。何名かのリーダーのスピーチをもとに、これからの生物多様性について考えてみたいと思います。

◆グテーレス国連事務総長
「気候変動と生物多様性の危機にも脆弱性がある。どちらも実在する脅威で、悪化が続いている。これらの損失に取り組むグリーンリカバリーが必要だ。」

出典:国連ウェブサイトより部分的に要約

◆フォン・デア・ライエンEU委員長
「自然が消え続けると、自然災害や人獣共通感染症が増える。私たちが自然を守るためにすぐ行動しなければ、次のパンデミックは間近に迫っている。また食品から観光まで、世界のGDPの半分以上が生物多様性と生態系に高度に依存している。森林の減少とは、緑地や自然の生息地を失うだけでなく、気候変動との戦いで重要なパートナーを失うことでもある。だからこそ、ヨーロッパは、健全な生態系を回復するための法的枠組みを示そうとしている。生物多様性について、パリ合意相当の枠組みが求められている。昆明での国連生物多様性サミットで、EUはグローバルレベルで同じ野心を仲介する準備がある。」

出典:EUウェブサイトより部分的に要約

◆マクロン・フランス大統領
「未来の経済はイノベーションと人類のことを考えた経済でなければならない。競争力とは、気候変動への挑戦や生物多様性アジェンダに私たちの社会を適応させるとともに、レジリエントな形でつくられる必要がある。今年は共通のルール作りの年。生物多様性にもパリ協定と同等の枠組みが必要」

出典:WEFウェブサイト動画より部分的に要約

◆ルッテ・オランダ首相
「持続可能な農業を追求することは温暖化対策や生物多様性の保護につながるだけでなく、新たな雇用を生み出す大きなチャンスだ」

出典:持続可能な農業を考える 世界経済フォーラム座談会|朝日新聞デジタルより引用

 このような世界のリーダーたちの発言を聞くと、生物多様性は単なる自然保護ではなく、人間社会の健康の問題であり、農業やその他の産業を支える問題であるということを強く認識し、急いで行動しなければならないという危機感を持っていることがわかります。そして欧州のリーダーたちは、経済の中に生物多様性の保全を組み込む世界共通の野心的なルールをつくることに積極的で、その場として本年5月に中国昆明で開催される予定の生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)を重要視しています。 昨年を振り返ると、夏にISOで生物多様性の規格作成が始まるというニュースがありましたが、これを主導しているのはフランスでした。そして同時期にEUでは「生物多様性戦略」と「農場から食卓まで(サステナブルな食料システムに関する戦略)」が策定されています。欧州は着実に生物多様性の社会実装を進めています。
 
 日本でもCBD-COP15で採択される国際目標を国内へと落とし込むために、「生物多様性国家戦略」の改訂が予定されています。また農業分野でも「生物多様性保全戦略」の改訂と「みどりの食料システム戦略」の策定に向けた準備などが進められています。

 生物多様性を各産業に組み込み、それをてこに経済を成長させていくという流れが世界中で主流化していく、2021年はそのターニングポイントになるかもしれません。

 なおダボス・アジェンダの開催とともに、世界経済フォーラムが毎年作成する「Global Risk Report 2021」が公表されています。ここでも、世界のリーダーたちが環境リスクに対する強い危機感を持っていることが感じられます。

(北澤 哲弥)